上 下
6 / 71
第零章 天女の始まり

5 悪役令嬢的な私

しおりを挟む
 父の話によると、この世界には「チャクラ」「神力」「妖力」という力が存在するらしい。
 妖力は妖が持っている力だが、神力とは巫女にのみ発揮することができる力。刀などの武器に神力を注ぐことで神具を作り、とてつもないパワーを発揮する武器を作ることができるそうだ。
 そしてチャクラ。人が本来持っている力だが、人によって量が千差万別であり、チャクラ量が多く、それをうまくコントロールできる人が戦国武将として台頭しているようだ。身分関係なく弱肉強食の世界だと。ファンタジーだ。ファンタジーすぎる。

 先ほど父に聞いた話を思い出しながら、徳は現在源泉かけ流しの温泉に浸かっていた。城の敷地内に温泉が自噴しているのだ。ちょろちょろちょろと木筒から適温のお湯が出てきており、目まぐるしかった徳の心身を癒してくれる。「布海苔ふのり」というこの時代のいわばシャンプーを使用したが、若干磯の香りはするものの、キシんだりはせず、まぁまぁだ。

 それはさておき。妖や「力」などの摩訶不思議な説明を受け、徳はここが自身が8年間過ごした世界とは全く異なるようだ、ということだけは理解した。それだけは。


(…そんなことありえる?まるでゲームや漫画の話みたいな…――。)







…ん?

…まって、何か大事なことを見落としているような…




『はいこれ!この前言った。面白いラノベ。この小説に出てくる悪役令嬢な人が徳にそっくりなの!』

『舞台は戦国時代!真田幸村の婚約者があんたで、主人公は真田幸村と恋人関係になる平民の町娘って感じ。』

『そう!髪色黒くしたら全くあんた!しかも名前まで一緒なの!もしかして徳の親って歴史好きだったりしたのかな。あ、でも真田幸村の正妻って―――』




バシャッ



「…な、なに…、もしかして...!?」

 のんびり壁に背を預けて温泉に浸かっていた徳は思わず姿勢を正し、唯一の友人であった朱里に半ば押し付けられるように施設へ持ち帰ったラノベの表紙に描かれた人物を思い浮かべる。悪役令嬢的と朱里にポジション付けられた時代物には似つかわしくないクリームイエローの髪色の少女。そして今現在、金でもベージュでもない、何とも言えない色になってしまった自身の髪の毛を眺め見る。






「う、嘘…。もしかして…本当に私なの…?」







 
「湯はいかがでしたか?話によると徳様が生まれる数年前に急に温泉が湧きだしたらしく、それを風呂に使いたかった吉継様が神具を使ってうまく利用しているみたいなのです。よその城にはこんな贅沢な風呂ありません!むしろ、風呂さえない城だってあるのに!」
 風呂から上がり自室へ戻る道中、千代が横で城自慢をしているが、徳は先ほど思いだしたことで頭がいっぱいだった。



――一番考えられるのは、『夢』。やけにリアルなやつ。
 小説のこと考えながら寝ちゃった?…でも、そしたらどこからが夢…?あの眩しかった光はなんだったんだろう…。…もし、夢じゃなかったら……小説の中に入ってしまったってこと?…いや、ありえないか…。…でも、もともと私と同姓同名、姿かたちも似た人物がいたってことは、私自身がもともと小説の登場人物だったってこと…?いや、それもありえない…。……でも、この幼少期の記憶はなんなんだろう…。
 
 先ほどから何度も堂々巡りを繰り返す思考に、徳は痛み始めたこめかみを抑える。目敏くその行動に気づいた千代が徳に何か尋ねているが、その声は届いていないようだ。






「―――ねぇ、千代。」
「はい!なんでしょう。」
 沈黙を破った徳に、待ってましたと言わんばかりに千代がくりっとした猫目を輝かせる。

「私って、もしかして婚約者とか許嫁って、…いる?」
「…」
「…」
「…まっさか!あの吉継様が徳様を戦や政治に利用するわけないじゃないですか!」
「…ん?」
「確かに徳様はもう婚礼を挙げてもおかしくはないお歳。ですが、あの娘溺愛の吉継様ですよ?湖に落ちる前からですが、落ちてからも絶対に徳様をよそに出そうとはお考えにはなられていませんよ!」
「へぇ…。そ、そうなんだ……。…ちなみに、『真田幸村』って名前聞いたことある?」
「真田幸村…ですか?信濃国の真田家でしたら現在真田昌幸様が当主を務めてらっしゃるとお聞きしています。たしか、4人息男がいらっしゃって、長男が信幸様、次男が信繁様、三男が信勝様、四男が昌親様であったかと。幸村様という名前はお聞きしたことがないですね…。…お力になれず、申し訳ございません。しかし、いかがなされましたか?」
「いや、なんでもないの…。ありがとう。」
 結婚について徳の認識とは違った返答があったことに戸惑ったが、そんなこと今はどうでもいい。とりあえず、今のところ徳と『真田幸村』との接点はないみたいだ。






 千代と部屋の前で別れた徳は、畳の上に寝転がった体制でぼーっと天井の木目を眺めていた。


 優しい瞳で見つめてくる父親や、徳の存在を心から受け入れ、そこに居るだけで嬉しいという態度を取ってくれる城の人々。
 徳はぎゅっと胸を抑える様に自身の両手を抱え込む。大好きな父親のぬくもり。千代や松、妖たちの笑顔。


「……お父様…。」

 思い出すだけで徳は目頭が熱くなり、不思議と涙がぼろぼろとあふれた。


「ずっとここに居たい…。」
 思わず本音が零れる。
 徳が今居る世界が何なのか、徳自身分かっていない。今現在、夢を見ているのか。はたまた、湖に落ちた後から長い夢を見ていたのか。



――もし、どちらとも現実だとしたら…



(――今まで育ててくれた施設の皆は恩知らずだって怒るかなぁ。…結局ケーキ作ってないし、急にいなくなって心配してるかな…。…あ、朱里にももう会えないのかなぁ…。施設育ちで独りぼっちだった私に声をかけてくれて、友達になってくれたのは朱里だけだったなぁ…。…めぐさんと朱里に会えなくなるのは嫌だなぁ…。――…これから私ってどうなるんだろう…。)



(――これがもし夢だったとしても、父上様の温かい眼差しとか、ギュってしてくれたときの体温とか、安心感とかを肌で感じて…、皆を、思い出せてよかったな…。)


 徳は布団代わりの夜着を頭までかぶり、瞳を閉じた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】もうやめましょう。あなたが愛しているのはその人です

堀 和三盆
恋愛
「それじゃあ、ちょっと番に会いに行ってくるから。ええと帰りは……7日後、かな…」  申し訳なさそうに眉を下げながら。  でも、どこかいそいそと浮足立った様子でそう言ってくる夫に対し、 「行ってらっしゃい、気を付けて。番さんによろしくね!」  別にどうってことがないような顔をして。そんな夫を元気に送り出すアナリーズ。  獣人であるアナリーズの夫――ジョイが魂の伴侶とも言える番に出会ってしまった以上、この先もアナリーズと夫婦関係を続けるためには、彼がある程度の時間を番の女性と共に過ごす必要があるのだ。 『別に性的な接触は必要ないし、獣人としての本能を抑えるために、番と二人で一定時間楽しく過ごすだけ』 『だから浮気とは違うし、この先も夫婦としてやっていくためにはどうしても必要なこと』  ――そんな説明を受けてからもうずいぶんと経つ。  だから夫のジョイは一カ月に一度、仕事ついでに番の女性と会うために出かけるのだ……妻であるアナリーズをこの家に残して。  夫であるジョイを愛しているから。  必ず自分の元へと帰ってきて欲しいから。  アナリーズはそれを受け入れて、今日も番の元へと向かう夫を送り出す。  顔には飛び切りの笑顔を張り付けて。  夫の背中を見送る度に、自分の内側がズタズタに引き裂かれていく痛みには気付かぬふりをして――――――。 

今さら、私に構わないでください

ましゅぺちーの
恋愛
愛する夫が恋をした。 彼を愛していたから、彼女を側妃に迎えるように進言した。 愛し合う二人の前では私は悪役。 幸せそうに微笑み合う二人を見て、私は彼への愛を捨てた。 しかし、夫からの愛を完全に諦めるようになると、彼の態度が少しずつ変化していって……? タイトル変更しました。

別れてくれない夫は、私を愛していない

abang
恋愛
「私と別れて下さい」 「嫌だ、君と別れる気はない」 誕生パーティー、結婚記念日、大切な約束の日まで…… 彼の大切な幼馴染の「セレン」はいつも彼を連れ去ってしまう。 「ごめん、セレンが怪我をしたらしい」 「セレンが熱が出たと……」 そんなに大切ならば、彼女を妻にすれば良かったのでは? ふと過ぎったその考えに私の妻としての限界に気付いた。 その日から始まる、私を愛さない夫と愛してるからこそ限界な妻の離婚攻防戦。 「あなた、お願いだから別れて頂戴」 「絶対に、別れない」

そんなにその方が気になるなら、どうぞずっと一緒にいて下さい。私は二度とあなたとは関わりませんので……。

しげむろ ゆうき
恋愛
 男爵令嬢と仲良くする婚約者に、何度注意しても聞いてくれない  そして、ある日、婚約者のある言葉を聞き、私はつい言ってしまうのだった 全五話 ※ホラー無し

十年目の離婚

杉本凪咲
恋愛
結婚十年目。 夫は離婚を切り出しました。 愛人と、その子供と、一緒に暮らしたいからと。

心の声が聞こえる私は、婚約者から嫌われていることを知っている。

木山楽斗
恋愛
人の心の声が聞こえるカルミアは、婚約者が自分のことを嫌っていることを知っていた。 そんな婚約者といつまでも一緒にいるつもりはない。そう思っていたカルミアは、彼といつか婚約破棄すると決めていた。 ある時、カルミアは婚約者が浮気していることを心の声によって知った。 そこで、カルミアは、友人のロウィードに協力してもらい、浮気の証拠を集めて、婚約者に突きつけたのである。 こうして、カルミアは婚約破棄して、自分を嫌っている婚約者から解放されるのだった。

【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。

五月ふう
恋愛
 リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。 「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」  今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。 「そう……。」  マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。    明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。  リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。 「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」  ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。 「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」 「ちっ……」  ポールは顔をしかめて舌打ちをした。   「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」  ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。 だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。 二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。 「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」

王子妃だった記憶はもう消えました。

cyaru
恋愛
記憶を失った第二王子妃シルヴェーヌ。シルヴェーヌに寄り添う騎士クロヴィス。 元々は王太子であるセレスタンの婚約者だったにも関わらず、嫁いだのは第二王子ディオンの元だった。 実家の公爵家にも疎まれ、夫となった第二王子ディオンには愛する人がいる。 記憶が戻っても自分に居場所はあるのだろうかと悩むシルヴェーヌだった。 記憶を取り戻そうと動き始めたシルヴェーヌを支えるものと、邪魔するものが居る。 記憶が戻った時、それは、それまでの日常が崩れる時だった。 ★1話目の文末に時間的流れの追記をしました(7月26日) ●ゆっくりめの更新です(ちょっと本業とダブルヘッダーなので) ●ルビ多め。鬱陶しく感じる方もいるかも知れませんがご了承ください。  敢えて常用漢字などの読み方を変えている部分もあります。 ●作中の通貨単位はケラ。1ケラ=1円くらいの感じです。 ♡注意事項~この話を読む前に~♡ ※異世界の創作話です。時代設定、史実に基づいた話ではありません。リアルな世界の常識と混同されないようお願いします。 ※心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。 ※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義です。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。登場人物、場所全て架空です。 ※価値観や言葉使いなど現実世界とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。

処理中です...