上 下
5 / 71
第零章 天女の始まり

4 照れくささと戸惑いと(2)

しおりを挟む
「それにしても、吉継様。だいぶ早く帰ってこられましたね。」
「あぁ。すでに越前には入っていたからな。皆を置いて帰ってきたわ。」

 時間も時間であったため、すぐに夕食を父と二人で摂ることとなった。配膳の準備をしてくれている千代と、胡坐をかきながらくつろいでいる父親の会話を他所に徳は考える。


(…これはいったい…。)
 
 徳の常識の中では「妖」などは存在していなかった。今の今までは。
 しかし、徳の周りに群がる可愛い物体らは明らかに存在している。

(それに…、この記憶って…――)

 間違いなく、私は普通に孤児として施設で過ごして学校に通ってた。うん。間違いない。
 でも、この城で過ごした記憶も間違いなく自分の記憶ものなのだ。――今の今まで忘れてたけど。
 湖で遊んでた記憶もある。それ以前のものも。目の前に居るのは間違いなく私の侍女の千代と、乳母の松、そして――


 チラッと目の前の男性へ視線を送る。

 うん。私の父だ。
 さらさらな黒い短髪ときりっとした目、そして娘がいるとは思えない若々しさ。幼い頃も自分の父親は世界一かっこいいと自負していたが、今見ても明らかに群を抜いたイケメンだ。このキラキラとした光を飛ばしているこのイケメンが私の父だった。なぜ忘れていたのか本当に分からない。
 



「しかし、徳。」
「っ!?(ビクッ)」
 吉継を静かに鑑賞していた徳は、急に視線が合い驚く。


――…じろじろ見過ぎた?

「その髪色になるとますます母親に似てくるな。」
「へ?」
 観察ではなく鑑賞し、もはや心の中で自身の父親の造形美に拍手喝采していた徳は、急に声をかけられ焦る。しかし、向けられた視線は穏やかで慈しみが混じったものだった。

「髪色…」
 言われた言葉を頭で反芻し、自身の髪の毛をつまみ今度はしっかりと観察する。


――確か母上様は私が3歳ぐらいの時にお月様になったって…


「母上様もこのような髪色だったのですか?」
「あぁ…。薄桜と蜂蜜色を混ぜた絹糸のような髪でな。本当にとてつもない美人だったよ。」
 吉継が柔らかい表情で母親のことを語る。その表情で吉継の気持ちはありありと分かった。再び徳は自身の髪に触れ、「へぇ」と答える。
 なんてことないような反応を示すも、父親の次は母親との繋がりを感じられ、徳は顔がにやけてしまうのを抑えるのが難しい。



「それとだな徳…――、」
「とくも美人!」
「とくの髪の毛もきれい!」
「あ、ありがとう…。」
「とくの髪さらさら!」
「とくは全部がきらきら!」
「うん。ありがとう。あの…、そろそろ静かに…。」
 徳を中心におしくらまんじゅうの如く群がる妖らは敦賀城主である吉継の発言など気にも留めず、ワイワイと騒ぐ。
 仕舞いには「ぼくもとくにくっつきたい」「次はわたしがとくの膝の上!」とけんかが始まる始末。配膳されていく食事がひっくり返らないかが心配なほどだ。

「ちょっと、暴れないで…。」
「だって!次ぼくのばん!」
「ちがうよ!私だもんっ!」


「………ちょっと!いい加減にしなさい!けんかするならみんな部屋から追い出すよ!」





 おとなしく引っ張られたり押されていた徳だったが、会話や行動がエスカレートしてきたため、思わず施設で子どもたちを叱るときのように妖たちを叱っててしまった。
 そしてハッと正面を向くと、ポカーンとした表情で徳を見つめている吉継と目があった。



(――…やってしまった…)



「はーい」「ごめんなさーい」
と、素直に聞き入る妖たちだが、徳はそんなこと聞こえるはずもなく一気に顔が青ざめる。
 まだしっかりとは現状を理解は出来ていないが、姫として過ごしたはずの幼少期と、それから施設で過ごしてきたであろう今までがあるのだ。そして、人生の半数以上を施設で大勢の子どもたちと割ととわんぱくに過ごしてきた。もはや姫的な性格など持ち合わせていない。
―――姫的な性格もどのような感じかは徳も良く分かっていないが…。
 とりあえず、徳の性格はお淑やかさとはかけ離れていた。


「あ…、ちが…、父上様…―」




「ぷッ…ははは!そういうところも母親そっくりだ。」
「…え?」
 急に破顔した父親に、今度は徳がポカーンとした顔を隠せない。例えるのであれば豆鉄砲をくらった鳩だ。
 
「…確かに、奥方様は結構お転婆といいますか、溌剌はつらつとした愛嬌のあるお方でしたね。」
 部屋の入り口で話を聞いていた松が微笑みながら会話に加わった。
「おう。徳は記憶にないと思うが、まだまだ乳飲み子だった徳に群がる妖たちを『うるさい!皆部屋から追い出すぞ!』って今の徳のように蹴散らしていたな。」
「へー。徳様は容姿も内面も奥方様似なのですね。」


「あ…、……そ、それで、父上様、何の話ですか?」
 失望されなかったことに安堵はするが、流石にお転婆具合が似てるというのはやや恥ずかしい。徳は赤らむ頬を見られないように顔を俯かせ、父親に先ほどの話の続きを促した。

「あぁ、そうだ。…徳の持っている力の話だ。」
「…力?」
「……あの、…会話の途中申し訳ございません。…しかし吉継様、徳様の力はどちらのほうなのでしょうか…?」
 心配そうに松が吉継へ尋ねる。





「―――それが、どちらかは今の私たちには分からないのだ。」



…ん?…今度は何の話?
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】いてもいなくてもいい妻のようですので 妻の座を返上いたします!

ユユ
恋愛
夫とは卒業と同時に婚姻、 1年以内に妊娠そして出産。 跡継ぎを産んで女主人以上の 役割を果たしていたし、 円満だと思っていた。 夫の本音を聞くまでは。 そして息子が他人に思えた。 いてもいなくてもいい存在?萎んだ花? 分かりました。どうぞ若い妻をお迎えください。 * 作り話です * 完結保証付き * 暇つぶしにどうぞ

【完結】もうやめましょう。あなたが愛しているのはその人です

堀 和三盆
恋愛
「それじゃあ、ちょっと番に会いに行ってくるから。ええと帰りは……7日後、かな…」  申し訳なさそうに眉を下げながら。  でも、どこかいそいそと浮足立った様子でそう言ってくる夫に対し、 「行ってらっしゃい、気を付けて。番さんによろしくね!」  別にどうってことがないような顔をして。そんな夫を元気に送り出すアナリーズ。  獣人であるアナリーズの夫――ジョイが魂の伴侶とも言える番に出会ってしまった以上、この先もアナリーズと夫婦関係を続けるためには、彼がある程度の時間を番の女性と共に過ごす必要があるのだ。 『別に性的な接触は必要ないし、獣人としての本能を抑えるために、番と二人で一定時間楽しく過ごすだけ』 『だから浮気とは違うし、この先も夫婦としてやっていくためにはどうしても必要なこと』  ――そんな説明を受けてからもうずいぶんと経つ。  だから夫のジョイは一カ月に一度、仕事ついでに番の女性と会うために出かけるのだ……妻であるアナリーズをこの家に残して。  夫であるジョイを愛しているから。  必ず自分の元へと帰ってきて欲しいから。  アナリーズはそれを受け入れて、今日も番の元へと向かう夫を送り出す。  顔には飛び切りの笑顔を張り付けて。  夫の背中を見送る度に、自分の内側がズタズタに引き裂かれていく痛みには気付かぬふりをして――――――。 

【完結】あなただけが特別ではない

仲村 嘉高
恋愛
お飾りの王妃が自室の窓から飛び降りた。 目覚めたら、死を選んだ原因の王子と初めて会ったお茶会の日だった。 王子との婚約を回避しようと頑張るが、なぜか周りの様子が前回と違い……?

今さら、私に構わないでください

ましゅぺちーの
恋愛
愛する夫が恋をした。 彼を愛していたから、彼女を側妃に迎えるように進言した。 愛し合う二人の前では私は悪役。 幸せそうに微笑み合う二人を見て、私は彼への愛を捨てた。 しかし、夫からの愛を完全に諦めるようになると、彼の態度が少しずつ変化していって……? タイトル変更しました。

【完結】婚約者の義妹と恋に落ちたので婚約破棄した処、「妃教育の修了」を条件に結婚が許されたが結果が芳しくない。何故だ?同じ高位貴族だろう?

つくも茄子
恋愛
国王唯一の王子エドワード。 彼は婚約者の公爵令嬢であるキャサリンを公の場所で婚約破棄を宣言した。 次の婚約者は恋人であるアリス。 アリスはキャサリンの義妹。 愛するアリスと結婚するには「妃教育を修了させること」だった。 同じ高位貴族。 少し頑張ればアリスは直ぐに妃教育を終了させると踏んでいたが散々な結果で終わる。 八番目の教育係も辞めていく。 王妃腹でないエドワードは立太子が遠のく事に困ってしまう。 だが、エドワードは知らなかった事がある。 彼が事実を知るのは何時になるのか……それは誰も知らない。 他サイトにも公開中。

王子妃だった記憶はもう消えました。

cyaru
恋愛
記憶を失った第二王子妃シルヴェーヌ。シルヴェーヌに寄り添う騎士クロヴィス。 元々は王太子であるセレスタンの婚約者だったにも関わらず、嫁いだのは第二王子ディオンの元だった。 実家の公爵家にも疎まれ、夫となった第二王子ディオンには愛する人がいる。 記憶が戻っても自分に居場所はあるのだろうかと悩むシルヴェーヌだった。 記憶を取り戻そうと動き始めたシルヴェーヌを支えるものと、邪魔するものが居る。 記憶が戻った時、それは、それまでの日常が崩れる時だった。 ★1話目の文末に時間的流れの追記をしました(7月26日) ●ゆっくりめの更新です(ちょっと本業とダブルヘッダーなので) ●ルビ多め。鬱陶しく感じる方もいるかも知れませんがご了承ください。  敢えて常用漢字などの読み方を変えている部分もあります。 ●作中の通貨単位はケラ。1ケラ=1円くらいの感じです。 ♡注意事項~この話を読む前に~♡ ※異世界の創作話です。時代設定、史実に基づいた話ではありません。リアルな世界の常識と混同されないようお願いします。 ※心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。 ※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義です。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。登場人物、場所全て架空です。 ※価値観や言葉使いなど現実世界とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。

【完結160万pt】王太子妃に決定している公爵令嬢の婚約者はまだ決まっておりません。王位継承権放棄を狙う王子はついでに側近を叩き直したい

宇水涼麻
恋愛
 ピンク髪ピンク瞳の少女が王城の食堂で叫んだ。 「エーティル様っ! ラオルド様の自由にしてあげてくださいっ!」  呼び止められたエーティルは未来の王太子妃に決定している公爵令嬢である。  王太子と王太子妃となる令嬢の婚約は簡単に解消できるとは思えないが、エーティルはラオルドと婚姻しないことを軽く了承する。  その意味することとは?  慌てて現れたラオルド第一王子との関係は?  なぜこのような状況になったのだろうか?  ご指摘いただき一部変更いたしました。  みなさまのご指摘、誤字脱字修正で読みやすい小説になっていっております。 今後ともよろしくお願いします。 たくさんのお気に入り嬉しいです! 大変励みになります。 ありがとうございます。 おかげさまで160万pt達成! ↓これよりネタバレあらすじ 第一王子の婚約解消を高らかに願い出たピンクさんはムーガの部下であった。 親類から王太子になることを強要され辟易しているが非情になれないラオルドにエーティルとムーガが手を差し伸べて王太子権放棄をするために仕組んだのだ。 ただの作戦だと思っていたムーガであったがいつの間にかラオルドとピンクさんは心を通わせていた。

【完結】公爵令嬢は王太子殿下との婚約解消を望む

むとうみつき
恋愛
「お父様、どうかアラン王太子殿下との婚約を解消してください」 ローゼリアは、公爵である父にそう告げる。 「わたくしは王太子殿下に全く信頼されなくなってしまったのです」 その頃王太子のアランは、婚約者である公爵令嬢ローゼリアの悪事の証拠を見つけるため調査を始めた…。 初めての作品です。 どうぞよろしくお願いします。 本編12話、番外編3話、全15話で完結します。 カクヨムにも投稿しています。

処理中です...