『ロザリオと花』~復讐を誓ったエクソシストは破滅の女神に恋をする~

海(カイ)

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20 ベルカストロの悪魔(1)2/2

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「…くそっ!」
 地面にたたきつけられたジャックは、真上から振り降ろされる重たいキッチンナイフを寸でで避け、馬乗りになっている執事服を着た老年の男の太ももにナイフを突き刺す。

「ジルフっ!!」

 ジャックの叫びに反応し、突き刺した左足の太ももが体内から光を帯び、一気に左下腿が吹き飛んだ。その隙に転がるように男から距離を取る。

「…はぁ、…はぁ…。」
(…どういうことだ…?)

 ジャックは先ほどから戦闘している相手の様子を見る。左下腿を吹き飛ばしたはずなのに、その吹き飛ばした場所からブクブクと身体が再生したのだ。これで何度目か…。

 死んだ魂が悪霊と化し、パワーを蓄え身体を具現化することはある。花嫁の悪霊がそうだ。しかしその場合、具現化すると言ってもそれは本来の肉体ではない。
 だが、目の前の悪霊は執事の身体に憑依しているのか、執事が悪霊となり身体を具現化しているのかが分からない。
 始めはあまりにも歩き方がおかしいし、身体の動きが不自然だったため、悪霊が無理をして人間の身体を動かしているのかと思ったが、何度身体を切り落としてもそこから切り落とした身体が生えてくるのだ。魔力で身体を生み出しているのか…?しかし、そんな話聞いたことがない。


『キケケケケケッ!』

 再び奇声をあげながら切りかかってきたキッチンナイフを自身のピストルで受け止める。――が、男の足が真横に動いたのを見逃した。もろに横からの蹴りが顔面に入り、ジャックの身体は勢いよく部屋の隅に飛ぶ。

「…ごほっ…、…っ!?」
 口の中が血の味がする。頭も揺れ、視界がぼやけるが、首が折れなかっただけましだ。目の前に男がいるのは気配で分かる。振り下ろされた刀をふさごうとピストルで構えるが、焦点が合わない―


「…くっ!」








 ぽたぽたと左腕から血が滴る。
 振り下ろされたキッチンナイフは右手のピストルでふさぐことが出来たが、左側から向かってきたナイフへの対応が遅れてしまった。頭蓋骨めがけて進んできたナイフを、咄嗟に左腕で受け止めたのだ。左腕をナイフが貫き、激痛が走る。
 ジャックは男の足をはらうと、男がよろめいた隙にピストルの弾を放った。見事に避けられてしまったが、相手との距離が出来る。

 左腕に刺さっているキッチンナイフを抜き取ると血液がぼたぼたと滴るが今は気にしてられない。出血や皮膚の損傷のことを考えれば抜かないのがベストだが、それだとナイフが邪魔で戦えない。
 ナイフを引き抜いた左前腕からは血液がどくどくと流れ、骨さえも切断したのだろうか、腕が不安定だ。

(…っチッ…)

「…本当、お前何なんだよ…。言葉が通じないし、見たところ悪魔でもないんだろう?お前みたいな悪霊知らないんだけど…。」
(俺の体力ももう長くは持たない…。ジルフの力も、こいつに勝るだけの力を出せるか分からん…。)

 目の前の男を観察する。力が強く、身体の動かし方のわりに素早い。そして、再生能力――


「…お前のことを是非ともじっくりと研究させてほしいよ…。」

 
 言葉の余韻もなく襲い掛かってくる男のナイフを、自身の腕から引き抜いたナイフで防ぐ。力が拮抗するが、先に悲鳴を上げたのはジャックが使っていたナイフだった。

「ジルフ…。」

 精霊の力をナイフに込める。しかし、ナイフのひびは止まらない。

「…チッ。」
 ジャックはナイフが崩れる前に目の前の男に詰め寄り、膝蹴りを入れピストルを放つ。しかし、蹴りも弾丸も避けられた。学習能力があるのか、どんどん避けられる比率が上がってきている気がする。

(…左腕が仕えない分、接近戦は厳しい。意味わかんないぐらい力が強いからな…。)

 未だ虚ろな瞳で口が裂けたような笑顔を浮かべ、首を一拍おきにガクガクと振っている男を観察する。見た目での変化は見当たらない。しかし、確実に相手も知能がある。この短時間で成長しているのだ。
 地面を蹴り、ナイフで襲ってくる男の足にピストルを放つ。しっかりと当たっているはずだ。普通なら一発当たっただけでも祓えるというのに、一瞬足を止めただけで何事もなかったかのように襲い掛かってくる。ジャックは振り下ろされるナイフを相手から視線をそらさずに、後ろへ飛ぶように避ける。
 しかし、いきなり相手の手法が変わった。ナイフを捨て、勢いよくジャックの間合いに詰め寄り、鳩尾を膝で蹴り上げた。

「…っごふっ」
(…こいつっ…、さっきの俺のやり方をっ…!)

 すぐさま首元に肘が落とされ、ジャックはその場に崩れ落とされる。


シャキン…

シャキン…


 男が新たなナイフを取り出し、互いの刃をこすり合わせる。嫌な音色が部屋に響く。





――パンッ!




「…はぁ…、はぁ…。」

 ジャックが放ったピストルの弾丸は執事に当たることなく、地面にめり込んだ。目の前の執事が一瞬だけ後ろを振り向いたが、相も変わらず虚ろな瞳で裂けたような笑顔を浮かべていた。

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