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19 ベルカストロの悪魔(1)1/2
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エリオットが怯んだ一瞬の隙をついて、デイジーはエリオットの鳩尾を膝で蹴り上げ、エリオットの拘束から逃れた。精霊の炎に触れたくないのか、デイジーは炎の囲いからは出ず、距離を取れるぎりぎりの範囲でエリオットへ見下す。
エリオットは蹴られた鳩尾を抑え、前かがみになりながら目の前の悪魔を見やる。
『久しぶりね。お兄様。』
「…。」
憑依されているのはデイジーだ。しかし、今、目の前に居るのは幼い頃の記憶に残ったままのジャスミンの姿。
『あれ~?久しぶりの再会なのに、どうして何も言ってくれないの?嬉しくないの?お兄様。』
「………お前はジャスミンなんかじゃない…。」
『ひど~い!…そういえば、この前もそんなこと言ってたよね…。何年前だっけ…。……アレは本当にお前の妹だったのに…、お兄様。』
ニヤッと口角を上げた相手にエリオットはピストルの弾を放つ。しかし、ジャスミンは引き金が弾かれる前に間合いを詰めてピストルの銃口をいなし、エリオットの顔面に向かって強烈な飛び蹴りを浴びせた。いなされたピストルの弾丸は玄関ホールの窓を粉々に割り、外からの雨が屋敷内に直に入り込む。
左腕で蹴りを防いだエリオットだが、その蹴りは重い。骨が軋むような音が体内で響く。その痛みを無視して相手にめがけて二発目の弾を放とうとすると、一気に空気が重くなった。
(…っ!?)
呼吸がしづらい。
精霊の炎がベルゼブブの圧によって一瞬にして消され、ジャスミンはバク転をしながらエリオットから離れた。
『…酷い男になったのね。妹に向かって銃を放つなんて…。』
「…っはぁ…はぁ、…お前は、俺の妹じゃない…。」
『そんなことないわ。お兄様も見てたでしょ?――あの時、俺があいつの魂を喰ったのを。』
「…っ!?」
『あの時から俺はジャスミンで、ジャスミンは俺なんだよ。だから、お兄様がこの世から消そうとしているのは実の妹。妹を二回も殺すなんてお前は酷いお兄様だなぁ…。』
「…黙れっ!!!」
叫ぶと余計に息が苦しい。地面に押し付けられているように空気が重たい。息を吸っても、酸素が身体を回っていないような感覚だ。
二人の空間に雷鳴が轟いた。雨脚は嵐のようにどんどん増し、辺りは真っ暗だ。僅かな灯りしかないこの大階段のある玄関ホールは、天井から雨水が滴り、窓からは大雨が降り注ぐ。床は水の膜が張り、鏡のようになっていた。その鏡に雷の光が反射する。
雷鳴が鳴り響く。柱の陰から、ジャスミンがこちらの様子をうかがっている。もはや、ジャスミンと言えばいいのか、デイジーと言えばいいのか分からない。ジャスミンの容姿をしたデイジーが、エリオットを嘲笑うかのような表情で見つめていた。
エリオットは自身を見つめる妹の姿に、ピストルを握る力が強くなる。
(…悪魔の言葉に耳を傾けてはダメだ…。感情を乗っ取られるな…。)
冷静でいようと思えば思うほどジャスミンと過ごしたわずかな時間と、最後の瞬間が脳裏をよぎり心臓が悲鳴をあげた。
(…惑わされてはダメだ…。ジャスミンはもう居ない…。冷静になれ…。)
『それにしても、お兄様祓魔師になったのね。』
「…。」
『もしかして私のため?…あはっ、おっかしい!』
「…っ。」
距離があったはずのジャスミンが目の前に移動した。
『もう一度この身体と首、切り離してあげようか?』
笑顔を浮かべたジャスミンが、自分の左手を首へ突き刺そうとする。その爪は恐ろしいほど鋭利にとがっており、エリオットは咄嗟にジャスミンの左手を掴んだ。
「…っやめッ…!――」
ザシュッ
『…馬鹿ねぇ、お兄様。』
「…っ…、ごふっ…。」
脇腹がどくどくと脈打っている。ジンジン熱いのか、ズキズキ痛いのか分からない。暖かい何かが腹部を広がる。
『連れて行くのもいいけど、この身体には使い道があるの。だからまだ壊さないわ。』
「…っ…。」
『まぁ、おいしそうだから魂はすっごく食べたいんだけど、そんなことしたら私が彼に殺られちゃうし…。』
カランカラン…
エリオットの脇腹から引き抜かれた剣が玄関ホールの大理石の上に転がった。床に溜まった雨水に、剣に付着していた血が滲む。
『あーあ、もう少し楽しめると思ったのに…。』
「…くっ…、…はぁ…。」
『じゃあね。お兄様。』
エリオットはその場で崩れ落ちた。
倒れた途端に重かった空気が和らぐ。しかし、エリオットは立ち上がるどころか、指一本動かすことが出来ない。視界がぼやけだす。
割れた窓から降り注ぐ雨と、冷たい大理石が身体の体温を奪う。水の膜が張った床に、エリオットの血液が広がった。
エリオットは蹴られた鳩尾を抑え、前かがみになりながら目の前の悪魔を見やる。
『久しぶりね。お兄様。』
「…。」
憑依されているのはデイジーだ。しかし、今、目の前に居るのは幼い頃の記憶に残ったままのジャスミンの姿。
『あれ~?久しぶりの再会なのに、どうして何も言ってくれないの?嬉しくないの?お兄様。』
「………お前はジャスミンなんかじゃない…。」
『ひど~い!…そういえば、この前もそんなこと言ってたよね…。何年前だっけ…。……アレは本当にお前の妹だったのに…、お兄様。』
ニヤッと口角を上げた相手にエリオットはピストルの弾を放つ。しかし、ジャスミンは引き金が弾かれる前に間合いを詰めてピストルの銃口をいなし、エリオットの顔面に向かって強烈な飛び蹴りを浴びせた。いなされたピストルの弾丸は玄関ホールの窓を粉々に割り、外からの雨が屋敷内に直に入り込む。
左腕で蹴りを防いだエリオットだが、その蹴りは重い。骨が軋むような音が体内で響く。その痛みを無視して相手にめがけて二発目の弾を放とうとすると、一気に空気が重くなった。
(…っ!?)
呼吸がしづらい。
精霊の炎がベルゼブブの圧によって一瞬にして消され、ジャスミンはバク転をしながらエリオットから離れた。
『…酷い男になったのね。妹に向かって銃を放つなんて…。』
「…っはぁ…はぁ、…お前は、俺の妹じゃない…。」
『そんなことないわ。お兄様も見てたでしょ?――あの時、俺があいつの魂を喰ったのを。』
「…っ!?」
『あの時から俺はジャスミンで、ジャスミンは俺なんだよ。だから、お兄様がこの世から消そうとしているのは実の妹。妹を二回も殺すなんてお前は酷いお兄様だなぁ…。』
「…黙れっ!!!」
叫ぶと余計に息が苦しい。地面に押し付けられているように空気が重たい。息を吸っても、酸素が身体を回っていないような感覚だ。
二人の空間に雷鳴が轟いた。雨脚は嵐のようにどんどん増し、辺りは真っ暗だ。僅かな灯りしかないこの大階段のある玄関ホールは、天井から雨水が滴り、窓からは大雨が降り注ぐ。床は水の膜が張り、鏡のようになっていた。その鏡に雷の光が反射する。
雷鳴が鳴り響く。柱の陰から、ジャスミンがこちらの様子をうかがっている。もはや、ジャスミンと言えばいいのか、デイジーと言えばいいのか分からない。ジャスミンの容姿をしたデイジーが、エリオットを嘲笑うかのような表情で見つめていた。
エリオットは自身を見つめる妹の姿に、ピストルを握る力が強くなる。
(…悪魔の言葉に耳を傾けてはダメだ…。感情を乗っ取られるな…。)
冷静でいようと思えば思うほどジャスミンと過ごしたわずかな時間と、最後の瞬間が脳裏をよぎり心臓が悲鳴をあげた。
(…惑わされてはダメだ…。ジャスミンはもう居ない…。冷静になれ…。)
『それにしても、お兄様祓魔師になったのね。』
「…。」
『もしかして私のため?…あはっ、おっかしい!』
「…っ。」
距離があったはずのジャスミンが目の前に移動した。
『もう一度この身体と首、切り離してあげようか?』
笑顔を浮かべたジャスミンが、自分の左手を首へ突き刺そうとする。その爪は恐ろしいほど鋭利にとがっており、エリオットは咄嗟にジャスミンの左手を掴んだ。
「…っやめッ…!――」
ザシュッ
『…馬鹿ねぇ、お兄様。』
「…っ…、ごふっ…。」
脇腹がどくどくと脈打っている。ジンジン熱いのか、ズキズキ痛いのか分からない。暖かい何かが腹部を広がる。
『連れて行くのもいいけど、この身体には使い道があるの。だからまだ壊さないわ。』
「…っ…。」
『まぁ、おいしそうだから魂はすっごく食べたいんだけど、そんなことしたら私が彼に殺られちゃうし…。』
カランカラン…
エリオットの脇腹から引き抜かれた剣が玄関ホールの大理石の上に転がった。床に溜まった雨水に、剣に付着していた血が滲む。
『あーあ、もう少し楽しめると思ったのに…。』
「…くっ…、…はぁ…。」
『じゃあね。お兄様。』
エリオットはその場で崩れ落ちた。
倒れた途端に重かった空気が和らぐ。しかし、エリオットは立ち上がるどころか、指一本動かすことが出来ない。視界がぼやけだす。
割れた窓から降り注ぐ雨と、冷たい大理石が身体の体温を奪う。水の膜が張った床に、エリオットの血液が広がった。
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