『ロザリオと花』~復讐を誓ったエクソシストは破滅の女神に恋をする~

海(カイ)

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11 ベルカストロの館(1)※

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「…ん…、」
 デイジーは寒さで目を覚ます。いつの間にか眠っていたようだ。しかし、自身が思い描いていた場所と違うことに戸惑う。確か、教会の前でエリオ神父と会話していたはずだと、デイジーはぼんやりとした記憶を思い出す。
 辺りを見渡すととても暗い。わずかに窓の外から見える光でなんとなく部屋の中の家具などの位置は分かるが、初めて見る場所だ。




――ピチョン…



 どこからか水滴の落ちる音が聞こえる。窓にはボロボロで薄い布切れが掛かっている。それはカーテンの様で、年季の入った蜘蛛の巣のようにも見える。窓は埃で擦りガラスのようになっており、外の風景は分からない。埃とカビ臭く、水滴の音だけが響くこの空間はとにかく不気味だ。
 デイジーは起き上がり、唯一カーテンだか蜘蛛の巣だか分からないが、それに隠されていない窓に近づく。カギを開け、窓を開こうとするも、錆付いているのか、びくともしない。










―――ダンッ!!!!






「…きゃっ!」
 その時、部屋の外で大きな音が鳴った。デイジーは咄嗟に出てしまった声に、口元を抑え、薄暗い部屋のドアを見つめる。
 
 ドキドキと心臓が早鐘を打ち始める。デイジーは今になって記憶が鮮明に蘇った。

 ――あの時、急に目の前には現れたのだ。教会前の広場の奥、店と店の間の小道からこちらを見ているローブを被った男。その男を認識した瞬間、一気に目の前にその男が移動した。しかし、それは明らかに人ではない。羽音とノイズが頭の奥を衝き、息をすることさえもままならなくなる。そこでデイジーの意識が途切れたのだ。
 あれから自身がどうなったのかはデイジーには分からない。しかし、明らかにこのような場所に居るのはおかしい。頭の中で警報音が響く。

 






 しばらくドアを見つめていても、何も変化は起こらななかった。デイジーは緊張が少し和らぐ。

「…エリオ神父…。」
 ここが何処なのかは分からないが、とりあえず、この屋敷から出なければと窓から数歩離れる。
――すると、今まで見つめていたドアが静かな音を立てて開いた。
「…っ!?」
 デイジーは驚き、ロザリオを握ろうと首元を触るが、いつもそこにかかっているチェーンがない。
(…えっ!?…嘘…!?)





――右目の視界の端で何かひらひらしたものが動いた。


 和らいだ緊張の糸が一気に張り詰める。恐怖で視線を動かすことが出来ない。

 もともと寒かった空間で、どこからか冷たい風が吹く。

 背後の窓から差し込んでいた僅かな光が遮られた。
 
 鎮まった心臓の音が盛大に鳴り、冷や汗が頬を伝う。


 デイジーは恐る恐ると背後を振り返った…――





「…っ!?キャーーーー!!」
 を確認すると、咄嗟にデイジーは部屋の外へ走った。しかし、部屋の外の廊下も薄暗く、しかも家具が散乱しており、つまずいてしまう。背後を振り返ると、先ほど出た部屋からも廊下へゆっくりと顔を出す。

 は3mはありそうな細長い背。黄ばんで薄汚れたウエディングドレスを身に着けた、顔が。天井に着いた頭部を横に倒し、頬を天井に擦りながらひらひらとどこから吹いているのか分からない風でドレスをなびかせながら、ゆっくりとした動作で追ってくる。

「…い、いやっ…」
 急いで立ち上がり、屋敷の中を移動するが、初めて見る場所なのだ。デイジーには何処が出口か分からない。

「…っ!」
 廊下を走っていると、廊下の先に人影を見つけた。しかし、様子がおかしい。

 綺麗な執事服を身にまとった、目はうつろだが口が裂けたような笑顔を浮かべる老年の男。首を一拍おきにガクッ、ガクッと左右に振りながら、デイジーに近寄ってくる。しかし、その歩みもおかしい。腕は脱力しており、足は極端な内また歩行で、あやつり人形のように歩くたびに膝が床に着きそうなほど折れるのだ。

「…やだっ…、エリオ神父…、おじい様ぁっ…!」
 デイジーがつぶやいた瞬間、その紳士服の男が奇声を発しながら走り迫ってきた。


『キケケケケケケケッ』


「いやーーーーーっ!!!」
 デイジーは咄嗟に横にあったドアを開き、中に入り鍵を閉める。
 恐怖で涙が止まらない。
(神よ、私をお助けください…。おじい様、私に力をお貸しください…――)
 震える手を組んで祈る。ロザリオをなくしてしまったデイジーは不安しかない。









――ポーン…


「…っ!?」
 その時、部屋の中からピアノの音が聞こえた。





















◇◇◇◇

「ジャック、道案内しろ。」
「…お前…、やっぱりお坊ちゃんなんだな…。」
 エクソシストの中で唯一エリオットの家柄について知っているジャックが、若干引きながらぼそっと呟いた。
「うるさい。普段はこんなことしない。」
「普段からこんなことされてたら困るわ…。」
 ルミテス教会を出たエリオットは、辻馬車に乗るのではなく、あろうことか、目の前を走っていた自動車を止め、その自動車を破格の値段で無理やり買い取った。運転手に小切手を渡し、何か不都合があればロアン商会を訪ねろとだけ伝え、戸惑っている運転手を無理やり降ろして車に乗り込んだのだ。

「…後から俺ら、なんて言われるかな…。」
「緊急事態だ。少しは多めに見てくれるだろ。」
「いや、悪魔祓いの規則を破ったことじゃなくて、人の自動車を奪って置き去りにした方ね…。」
「……それも、多めに見てくれるだろう…。…そもそも、教会が専用の自動車を置いていないのが悪い。」
「フォルテミア教会ならまだしも、ルミテスみたいな小教会がそんなほいほい買えるわけないだろ、こんな高価なやつ。…っていうか、お前が自動車運転できることにも俺は驚いているよ。」
「…まぁ、嗜みだな…。」
「どんな嗜みだよ…。あ、次右ね。」
 ルミテス教会を出る前に、二人は近くにいた神父に急いで教会大司へ届けるようにと手紙を渡した。大司がその手紙を見ればすぐにフォルテミア教会まで話はいくだろう。しかし、そこからエクソシストを集めて作戦を立てるなどすると、旧ベルカストロ男爵邸に応援が来るのはいつになるか。

「…はぁ…。よりにもよってベルカストロの館ってのがなぁ…。」
「…悪魔的にはもってこいの場所なんだろ…。」
「あの館、俺この間悪霊祓いしたばっかりだぜ…?今度は悪魔かよ…。」
 旧ベルカストロ男爵邸、通称『ベルカストロの館』とは、今は亡きベルカストロ男爵の最後の館だ。
 ベルカストロ男爵の花嫁が結婚前夜、何者かによって焼殺され、それから相次いであの館で不審死が続いた。もともと没落寸前だったベルカストロ男爵家はそれがきっかけで滅んでしまったのだが、館を壊そうとするたびに事故や災害が訪れるため、男爵家が滅びたのはもう何十年も前の話なのだが、館がそのまま残っているのだ。そして、その館に悪霊や悪魔が住み着くことが多く、エクソシストがよく派遣される場所。

「…だから壊した方が良いって散々言ったのに…。」
「でも、この前取り壊すときは枢機卿のカーライト神父も同行したのに、事故を止めることが出来なかったって言う話だろ?」
「枢機卿もろくなもんじゃねぇな。」
「…お前、それ絶対他所で言うなよ…。…次の交差点左。」
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