『ロザリオと花』~復讐を誓ったエクソシストは破滅の女神に恋をする~

海(カイ)

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4 エリオ神父という男

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 女性を連れてくるような店などエリオットは知らない。

 いつものなじみの店のドアを開くと、食事とアルコールの香りが漂ってきた。いわゆるバルだ。


「キャー!エリオ神父様~!久しぶりじゃないですか~。」
「エリオ様、おもてなししますので、こちらへ。」
「ちょっと、アメリア!エリオ様に近寄り過ぎよ!」
「コレットもあっち行きなさいよ!」
 店内に入るや否や、店の客や店員までもがエリオットに群がる。エリオットは店に入って自身の失敗に気づいた。知らない店でももっとこじんまりとした、あわよくば女の居ない静かな店を選ぶべきだった。

「…はは。皆さんお久しぶりです。奥の席って空いてますか?」
「え~!奥の席に行くんですか?」
「カウンターが空いているのよ。ぜひそこに。」
「私の席も空いてます!一緒にどうですか?」
 エリオットの腕を引き身体を押し付けてくる女性らに、エリオットは笑顔で対応しつつも、どう答えようかと悩む。すると、女の一人がエリオットの後ろで様子をうかがっていたデイジーに気がついた。

「…あれ?エリオ様、この子は…。」
「あー、私の連れなので、奥の2人席案内できますか?」
「…え…。」
「なっ、エリオ様の…、連れ…?」
「…。」
 デイジーは空気を読んでいるのか、何も発さずに微笑んでいる。デイジーの纏っている、どこかお淑やかな空気は完全にバルの空間で浮いていた。


「私が案内しよう。」
「…お願いします。レオルドさん。」
 わらわらと女性に囲まれているエリオットを助けに来たのか、いつもカウンターで酒を作っている、中年でハードボイルドなレオルドが声をかけてきた。
 エリオットは助かったと思い、茫然と立ち尽くす女らに構わず、デイジーの背を促しレオルドの後に続いた。



「決まったらまた呼べ。」
「ありがとうございます。」
 レオルドが案内した場所は、人気が少なく、カウンターからも壁で見えない場所だった。しかし、女らが二人を遠巻きに観察している様子が分かる。

「…悪い。失敗した。」
「どうして謝るんですか?」
「あいつらに睨まれてただろう。」
「睨まれたことより、エリオ神父の愛想のよさにびっくりです。どっちが素なんですか?」
 メニュー表で壁を作り、周りからの視線を遮るようにコソコソと会話をし始めたデイジー。別にそこまでしなくても彼女らに会話までは聞こえないだろうと思いつつも、エリオットもメニューで隠れる位置までデイジーへ顔を近づけ会話をする。

「こっちの方が素に決まってるだろ。」
「なんで愛想よくしているんですか?」
「仕事上そうしなきゃいけないからだ。口の悪い神父なんていないだろ。」
「まぁ…そうですけど…。…どうして私には…?」
「お前が俺の自宅に押し掛けてくるからだろう。悪魔祓いの依頼は教会で受けるのが普通だ。ストーカーか何かかと思った。」
「へ…?そうなんですか?」
 こっちを見ていた女らがばらけたのを確認し、エリオットはデイジーから顔を離す。
「…なぜあんたの通知書は、俺の家が指定されていたんだろうな…。」
 デイジーもその意図に気づいたようで、持っていたメニュー表をテーブルの上に置き、同じように顔を離し背筋を伸ばした。
「…悪魔にいたずらされちゃいました…?」
「さぁな…。…早く料理を選べ。」
「あ、はい…。」
 申し訳なさそうな顔をしたデイジーの前へ、エリオットはメニュー表を差し出した。先ほどの眉を八の字にした表情から一変、メニュー表を楽しそうに眺めるデイジー。ころころと表情が変わり、表情筋が忙しい奴だなとエリオットは頭の中で独り言ちた。
 デイジーが料理を決め終えると、オーダーをするためにエリオットはレオルドを呼ぶ。しかし、来たのはレオルドではなく、いつものように胸元と背中ががっつり開いた大胆なドレスを着て給仕をしているアメリアだった。エリオットはアメリアへ笑顔を向けるも、心の中で舌を打った。

「アメリア、オーダー良いかな?」
「もちろんよ。久しぶりじゃない、エリオ神父。会えなくって私すごく寂しかったわ。」
 そう言いながらアメリアはエリオットに抱きつき、デイジーを睨みつけた。パルファムの様で安っぽい香水の匂いがぐっとエリオットの鼻腔を衝く。

「ねぇ、エリオ神父。最近私のこと拒否するのにこんな田舎臭い女と一緒に居るなんて、ひどいじゃない。趣味でも変わったのかしら。」
「…ごめんねアメリア。今は彼女と過ごしているんだ。そういう話はダメだよ。」
「…でも、絶対彼女よりも、私、満足させられる。そうでしょう?」
「はぁ…。…アメリア。彼女とはそういった関係じゃないよ。」
 明らかにデイジーを敵視している。エリオットの腕に胸を押し付けるように抱きついてくるアメリアをやんわりと押し返しながらエリオットは視線を上げた。

「…アメリア。僕が君を拒否する理由が分かる?君がルールを破っているからだよ。」
「っ…、でも、あなただって良かったでしょう?」
 アメリアが色気を含んだ声色でエリオットの耳元で囁いた。しかし、エリオットからしたらそんな色仕掛けも今は迷惑でしかない。再び距離が近づいたアメリアを押しのけ、エリオットは目の前に座っているデイジーへ視線を移した。
「…オーダーを。」
「あ…、はい…。」
「っ…、この子だってルール違反でしょ!?私だってあなたと食事を共にしたことは無いわ!」
「君の勘違いだよ。彼女は依頼者だ。」
「…何よ。じゃあ、私だって悪魔に呪われれば貴方を独り占めできるの?」
「アメリア。それは命をかけて悪魔と戦っている私達への冒涜だよ。」
「…っ!」

 淡々と、しかし少し強めの口調で伝えると、アメリアがたじろいだ。自分でも失言したことに気づいたのだろう。だが、アメリアは。眉間に皺を寄せ、屈辱なのか羞恥なのか、認めたくない意地なのか。顔を真っ赤にさせ地面を睨んでいる。
「…アメリア。オーダー良いかな?」
 エリオットは心の中でため息を吐いた。



 落ち着かない空気の中、アメリアがカウンターへ戻るのを二人で見送る。ある程度距離が離れると、デイジーが再びメニュー表で口元を隠しながら顔を近づけてきた。

「…エリオ神父、あなたもしかして、女性関係が結構いい加減なのですか…?」
 のほほんとしている割には勘が鋭く、はっきりと聞いてきた言葉がエリオットの心臓を抉る。デイジーに関係ないの話なのだが、なんとなくバツが悪く感い。いや、たった今迷惑をかけたのか…。
「…聖職者だからといって禁欲でなくてはならない訳ではない…。だが、だからといって特定の人物と恋愛する気もない…。だから、まぁ…、そういうことだ。…でも、ルールは作っているし、依頼者とは絶対に関係を持たないと決めている。」
 そう。自身の中でちゃんとルールがある。まず第一に、仕事に支障がきたさないよう、依頼者は絶対に抱かない。そもそも、仕事相手にそういった感情も湧かないし、流石に分別はある。第二に、一夜限りで関係をリセットすること。お互い執着せず、欲を発散するためだけの関係だ。そして第三にパートナーがいる場合は相手をしないこと。ドロドロな面倒臭い関係は御免だ。

「…それでも少し矛盾しているのでは?依頼者に惚れるなと言っておきながら、普段が来るもの拒まずだったら、依頼者の方も、私にチャンスがあるのではと勘違いしちゃいますよ。」
「…。」
 確かにデイジーの言っていることはもっともだった。――別に来るもの拒まずだったわけではないのだが。――エリオットは、自身を真正面から指摘してくるデイジーへと視線を送る。ガヤガヤとうるさい周囲の中で、アメジストのようなきれいな瞳がまっすぐとエリオットを見つめていた。
「お仕事上、愛想よく対応するのは素晴らしいと思いますが、もう少しプライベートを見つめなおすべきかと。」
「…………そうだな…。」
 確かに近頃は、関係を持った女に関して煩わしくなってきていたのも事実だ。アメリアに至っては、数回関係を持ってからは、自身が特別であると言わんばかりの態度を周りにしてることをエリオットは知っていた。それに、先ほどのデイジーへの態度を見ても、そろそろ注意しなくてはと思っていたのだ。そう考えていると、素直にデイジーの指摘を受け入れていた。
 伏せた目を再びデイジーへ送ると、ポカーンとした表情と目が合った。その間抜けな顔をよく見るな、とエリオットは心の中で思うと同時に、何だその反応はと、怪訝にも思う。

「…何をそんな間抜け面してんだ…。」
「いえ…、思ったよりも素直な方なんだなと思って…。」
「………うるさい。」
 なんだか気恥ずかしくなり、エリオットは顔を離す。丁度食事が運ばれてきた。気が利くタイミングで運んできたのはレオルドだ。
 なんてことないサラダとパスタと肉料理。しかし、デイジーは先ほどの会話などなかったかのように目をキラキラとさせながら運ばれてくる料理を眺めている。
「…お腹すいてたのか?」
「いえ…、実は言うと、外で食事することが初めてなんです…。」
「ごふっ…!」

 エリオットはデイジーの発言に飲んでいた水でむせ返った。
「ごほっごほっ…は?」
「だ、大丈夫ですか…?」
「いや、俺は大丈夫だが…、外食したことないって、一度もか?」
「はい…。…私が住んでいるアダゴ村にこの様な飲食店はないですし…、ルミテスに来た時も汽車の時間がありますから、食事をせず帰ってましたし…。そもそも祖父は、家での食事を好んでいましたから…。」
 通りできょろきょろと忙しなく店内を見ている訳だ。

「…初めての外食がこんなバルで悪かったな…。やっかみも受けたし…。」
 なんとなく申し訳なくなりエリオットは謝る。やはりもっと静かでおしゃれな店にすれば良かった。
「いえ、何を仰りますか。私、すっごく楽しんでるんですから!」
 そう言って再びきょろきょろと店内を見渡すデイジー。本人が楽しんでいるのであればよかったが…。
 エリオットは運ばれた料理を取り分け、デイジーの前へ置く。二人で食事を摂りながらも自然と会話は続く。

「そういえば君は歳はいくつなの?」
「今年で18歳です。」
「じゃあ、成人しているからお酒も大丈夫だね。」
 エリオットは近くに人が近づいてきたら口調を変えるのを忘れない。デイジーはそんなエリオットを気にする様子もなく会話を続けている。エリオットからしたらありがたい。
「ワインでもオーダーするか?…というか、飲んだことあるのか?」
「いえ、まだ無いです。祖父も飲まなかったので、あまり馴染みがないですね。」
「飲んでみるか?飲めなかったら俺が飲むけど。」
「エリオ神父はお酒お好きなんですか?」
「まぁまぁかな。別に無くても困らない。」
「じゃあ、今日は結構です。明日のこともありますし…。今度一緒にお付き合いお願いしても良いですか?」
「そうだな。じゃあ、次の機会にもう少し雰囲気のいい店を探しておこう。」
「まぁ。ありがとうございます。」
「………。」


 気づいたときにはもう遅い。デイジーの親しみやすい雰囲気のせいか、気づけば流れで次の食事の約束をしてしまっていた。焦ったエリオットは急いでデイジーの顔を見上げる。食事を食みながら嬉しそうに笑みを浮かべ、「美味しい」を連呼しているデイジー。
 今更やっぱり無しとも言いにくいし、社交辞令ということもある。
 いつものように周囲はガヤガヤと賑わっており、アルコールの香りが漂う。

(…まぁ、今は深く考えなくても良いか…)

 よく知っている馴染みの店だが、なぜだかいつもよりも落ち着き、心地のよさを感じた。



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