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序章※
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デイジーは微かに聞こえる足音で目が覚めた。
月明かりが薄いカーテンを通り抜け、部屋を僅かに明るくしている。暗さに慣れた目は、寝起きでも部屋の景色をしっかりとデイジーに認識させた。
ひた…
ひた…
祖父が他界してから、この小さな家に住んでいるのは自分一人だ。それなのに、祖父の死後一度も開いていない花屋の方から、やはり小さな足音が聞こえてくる。
(やだ…、泥棒…?)
デイジーは怯える。この小さな『アダゴ村』には高齢者が多い。若者は『フォルテミア国』の首都である『ルミテス』という、一番大きな隣町へ出ていってしまうからだ。若者がいないからというのもなんだが、アダゴ村は保安官が不要だと言われるほど治安が良い。そんな村での予想にもしなかった侵入者。
(ど、どうしよう…。寝たふりしているほうが安全かな…。それとも…、物音をだして追い出す…?)
デイジーは近づいてくる音にパニックになり、得策が見つからずベッドの中で動けずにいた。
ひた…
ひた…
ひた…
ドンッ!!!!
「きゃっ!」
足音が部屋の前で止まり、ドアが大きな音を立てる。
思わずあげてしまった声に、デイジーは焦って口元を抑えた。
ドクン
ドクン
デイジーのこめかみに冷や汗が流れる。
自分の心臓が脈打つ音だけが、静寂の中で響き渡っているかのような感覚だ。
ドンッ
ドンドン
ドンドンドンドンドンッ
ドンドン
ドンドンドンドンドン
ドンドンドンッ
ドンドンドンドンドンドン
「…ャッ!」
一瞬の静寂の後、ドアを叩くけたたましい音が部屋中を占領した。
デイジーは異様な状況に急いで起き上がり、ドアから離れ壁に背をぴったりとつける。視線はドアから離せない。瞬きさえも忘れ、怯えた表情でドアを見つめる。
ガチャ…
ガチャガチャッ
ドンドンドンドンドンッ
ガチャガチャッ
ドンドンドンドンドンッ
ノックでドアが揺れ、ドアノブも上下に激しく動く。デイジーは恐怖で膝が崩れ、壁に背を預けた状態で床に崩れ落ちた。現実から逃れるよう目をぎゅっと閉じ、耳をふさぐ。
(やだ…っ…、怖いっ…。助けておじい様…!!!)
すると急にシーンと静まり返る室内。デイジーはハッとなり、胸にかけていたロザリオを両手で握りしめた。
デイジーは嫌でも気づく。――…これは人ではない。
「神よ、私をお助けください…。おじい様、私に力をお貸しください…。神よ…――。」
――ぽたっ――
恐怖で震える声をなんとか絞りだし祈っていると、室内にも関わらず頬や額に水滴が落ちた。
ねちょ…
――触るとすこし粘り気があって、色のついた液体
恐る恐るデイジーは頭上を見上げる…――。
「…っ!」
――口を大きく開いた子どもが。顔色の悪い子どもが。
天井から逆さづりになって宙を見つめている。
―――…見開いた白目がゆっくり動きだし、デイジーを捉える。
――――…その目から、再び黒い水滴が、デイジーの頬に落ちた。
…ぽた……
「っきゃーーー!!!!」
デイジーは震える足で這うように立ち上がり、走って部屋の外へ逃げだした。無意識にたどり着いたのは洗面所だ。
電気を点け、ドアの鍵を閉める。心臓がドキドキとして苦しい。胸を抑えながら、デイジーは洗面台の鏡を見てぎょっとした。
「…血…?」
先ほど顔に落ちた黒い水滴だ。デイジーの頬や額を不気味に赤く染めている。
チカッ
ブーン…
チカチカッ
デイジーが鏡を見ていると洗面所の奥、バスルームの白熱灯が急に音を出しながらチカチカと点滅しだす。触ってもいないのにシャワーの水音も響き始めた。
「…っ。」
ロザリオを胸の前で構える。
「どうして…?おじい様…。まだ3年も経ってない…。」
すると、次は急にブツンッと電気が消え、水の音も止まる。
この部屋には窓がない。月明かりさえも入らないこの部屋で、一気に視界が奪われたデイジーの恐怖はもはや限界を超えている。静けさの中でデイジーの歯がカチカチとなる音だけが響く。
ブーン…
ピカッ
意外にも光はすぐに戻った。シャワーの音は依然止んでおり、白熱灯のブーンと鳴る音だけが不気味に響く。ロザリオを握りながらきょろきょろと周りを見渡しても、特に変わった様子はない。未だ早鐘を打つ心臓を抑えながらデイジーはフッと鏡を振り返る。
「…ヒっ!!…イヤーーーーッ!!!!!」
鏡の中の自身の背後。
顔色の悪い子どもたちが、目と口を見開いた状態でデイジーを見ていた。
月明かりが薄いカーテンを通り抜け、部屋を僅かに明るくしている。暗さに慣れた目は、寝起きでも部屋の景色をしっかりとデイジーに認識させた。
ひた…
ひた…
祖父が他界してから、この小さな家に住んでいるのは自分一人だ。それなのに、祖父の死後一度も開いていない花屋の方から、やはり小さな足音が聞こえてくる。
(やだ…、泥棒…?)
デイジーは怯える。この小さな『アダゴ村』には高齢者が多い。若者は『フォルテミア国』の首都である『ルミテス』という、一番大きな隣町へ出ていってしまうからだ。若者がいないからというのもなんだが、アダゴ村は保安官が不要だと言われるほど治安が良い。そんな村での予想にもしなかった侵入者。
(ど、どうしよう…。寝たふりしているほうが安全かな…。それとも…、物音をだして追い出す…?)
デイジーは近づいてくる音にパニックになり、得策が見つからずベッドの中で動けずにいた。
ひた…
ひた…
ひた…
ドンッ!!!!
「きゃっ!」
足音が部屋の前で止まり、ドアが大きな音を立てる。
思わずあげてしまった声に、デイジーは焦って口元を抑えた。
ドクン
ドクン
デイジーのこめかみに冷や汗が流れる。
自分の心臓が脈打つ音だけが、静寂の中で響き渡っているかのような感覚だ。
ドンッ
ドンドン
ドンドンドンドンドンッ
ドンドン
ドンドンドンドンドン
ドンドンドンッ
ドンドンドンドンドンドン
「…ャッ!」
一瞬の静寂の後、ドアを叩くけたたましい音が部屋中を占領した。
デイジーは異様な状況に急いで起き上がり、ドアから離れ壁に背をぴったりとつける。視線はドアから離せない。瞬きさえも忘れ、怯えた表情でドアを見つめる。
ガチャ…
ガチャガチャッ
ドンドンドンドンドンッ
ガチャガチャッ
ドンドンドンドンドンッ
ノックでドアが揺れ、ドアノブも上下に激しく動く。デイジーは恐怖で膝が崩れ、壁に背を預けた状態で床に崩れ落ちた。現実から逃れるよう目をぎゅっと閉じ、耳をふさぐ。
(やだ…っ…、怖いっ…。助けておじい様…!!!)
すると急にシーンと静まり返る室内。デイジーはハッとなり、胸にかけていたロザリオを両手で握りしめた。
デイジーは嫌でも気づく。――…これは人ではない。
「神よ、私をお助けください…。おじい様、私に力をお貸しください…。神よ…――。」
――ぽたっ――
恐怖で震える声をなんとか絞りだし祈っていると、室内にも関わらず頬や額に水滴が落ちた。
ねちょ…
――触るとすこし粘り気があって、色のついた液体
恐る恐るデイジーは頭上を見上げる…――。
「…っ!」
――口を大きく開いた子どもが。顔色の悪い子どもが。
天井から逆さづりになって宙を見つめている。
―――…見開いた白目がゆっくり動きだし、デイジーを捉える。
――――…その目から、再び黒い水滴が、デイジーの頬に落ちた。
…ぽた……
「っきゃーーー!!!!」
デイジーは震える足で這うように立ち上がり、走って部屋の外へ逃げだした。無意識にたどり着いたのは洗面所だ。
電気を点け、ドアの鍵を閉める。心臓がドキドキとして苦しい。胸を抑えながら、デイジーは洗面台の鏡を見てぎょっとした。
「…血…?」
先ほど顔に落ちた黒い水滴だ。デイジーの頬や額を不気味に赤く染めている。
チカッ
ブーン…
チカチカッ
デイジーが鏡を見ていると洗面所の奥、バスルームの白熱灯が急に音を出しながらチカチカと点滅しだす。触ってもいないのにシャワーの水音も響き始めた。
「…っ。」
ロザリオを胸の前で構える。
「どうして…?おじい様…。まだ3年も経ってない…。」
すると、次は急にブツンッと電気が消え、水の音も止まる。
この部屋には窓がない。月明かりさえも入らないこの部屋で、一気に視界が奪われたデイジーの恐怖はもはや限界を超えている。静けさの中でデイジーの歯がカチカチとなる音だけが響く。
ブーン…
ピカッ
意外にも光はすぐに戻った。シャワーの音は依然止んでおり、白熱灯のブーンと鳴る音だけが不気味に響く。ロザリオを握りながらきょろきょろと周りを見渡しても、特に変わった様子はない。未だ早鐘を打つ心臓を抑えながらデイジーはフッと鏡を振り返る。
「…ヒっ!!…イヤーーーーッ!!!!!」
鏡の中の自身の背後。
顔色の悪い子どもたちが、目と口を見開いた状態でデイジーを見ていた。
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