土星の日

宇津木健太郎

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五十嵐幹也の場合 その4

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 傷害事件数が劇的に増加したその一連の事件をピークに、土星の夢騒動は下火を迎えようとしていた。世間を流れる空気に敏感な、僕らの様なティーンエイジャーを中心に、肌で『流れ』が変わり始めている事を感じ取ったのかも知れない。事実、僕や堂守は「これ以上の加速はいけない」という強い危機意識を持って、そもそも話題にすら上げない事を暗黙の了解にしていた。
 学校でのいざこざも、幾らか収束を迎えている様子だった。刺された近藤と大桑の間では裁判の問題が進んでいるらしいが、二人とも学校に来なくなってしまったのでもう確かめようが無い。せめて大桑だけは戻ってきてくれると嬉しいのだが、現実は違うだろう。それだけが気がかりだ。
 逆を言えば、この二人に関する騒動以外の問題は落ち着きを取り戻し始めている。一週間もずれ込んだテスト期間が終わった直後に終業式が執り行われたが、ようやく重い腰を上げたらしい学校側が、夏休み期間中も全校生徒に向けて学校を解放する事を約束したのだ。生徒から希望があれば事前に学校に連絡を入れ、登校したい日時に学校に行き、不登校期間中の授業内容の補修をしてくれたり、個別にメンタルケアをしたりという対策を取るそうだ。加害者側に直接絡まれる事無く胸の内を吐露出来る環境を設けただけでも、今まで問題を静観していた学校側的には躍進と言えるだろう。
 テスト期間中に桐生さんはちゃんと来た。だが、僕は目を合わせる事も会話をする事も無かったし、寧ろなるべく距離を置こうとさえしていた。僕はもう、彼女に釣り合う人間になってはいけないと確信していた。
 対して、アニーは結局学校には来なかった。入院期間が長引いているらしい。見舞いに行こうにも、本人が面会を断っている。アンディから、入院先の病院と病室は聞いているが、しかし本人からの了解を得ていないのに押し掛けるのは宜しくないだろう。
 問題は、個人的にも社会的にもまだ沢山ある。だがそれでも僕は、安堵していた。
 一度自分が浅ましい人間だと認めてしまえば、不思議な事に僕は他人に優しくなれた。元より自己評価の低い、よく言えば謙遜している、悪く言えば卑下に過ぎる人間だったので、この変化自体はさして驚く事ではないかも知れない。
 自分と関わりを持ってくれる人間に感謝し、丁寧に接する。ただそれだけで、僕の周囲と僕の心は平静のまま、穏やかにつつがなく時間が過ぎるのだ。だが当然と言うべきか、『ただ優しいだけ』の人間は、恵まれない。人はそいつを「いい人だ」と肯定するが、愛情が人間としての魅力が優しいだけの人間に対して産まれないのは、今までの短い人生の中で付き合って来た人達の様子を見れば、なんとなく分かっていた。
 入院したあの日から一週間、二週間と経過して、僕の心は徐々に空っぽになっていった様だ。優しく接するその態度と言葉が、却って誰かとの間に壁を作っている。
 でも僕はこれ以上、誰かの心を傷付ける事が出来ない。
 例え些細な事でも、「悪口になるかも知れない」程度の事さえも、当人の心を考えると口に出来なかった。
 そうして『誰かの都合を考えて誰かに合わせて生きている奴』というのは、魅力を感じないものだろうか。もう、僕と頻繁に連絡を取ってくれる相手は、この半月で堂守一人だけになってしまった。元々他のクラスメイトと仲が良かった訳ではないが、それでも、僕は意図的に彼らから送られるメッセージへの積極的な返信やイベントへの参加を避けていたと思う。
 ただ、僕の十七年の人生が間違った生き方だった、という事を認めたが為に。
 そんな、諦観の念すら心に抱き始めた、夏祭りの日。

 桐生愛華が、僕の目の前に現れた。
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