大怪獣異世界に現わる ~雇われ労働にテンプレはない~

轆轤百足

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超魔の目覚め

自分のやるべきこと

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 暑い暑い午後の日が照りつけるなか、石カブト本部の傍らでカッと木と木がぶつかり合う音が響き渡る。

「あうっ!」

 それと同時に木剣を弾かれて少女が地に転がった。
 そして立ち上がる隙も与えられず彼女の顔の前に黒い杖の先端が突きつけられ、勝負が決したことを知らしめる。

「……ふう。また、あなたの負けね。これで二十五戦、全敗」

 ミアナは呼吸を整えるように大きく息を吐き、大地に座りこむハンナの顔の前に向けた黒い杖を退かした。

「……く、くそう」

 ハンナは悔しげに立ち上がると、吹っ飛ばされた木剣を拾いあげ、すぐさま身構えて真剣な眼差しでミアナを見据えた。
 このままでは、まだ終われない。自分は姫の護衛を生業とする剣士ゆえに。
 訓練としての模擬戦闘、今だにハンナはミアナから一勝をあげることができていない。

「まだよミアナ! もう一回よ! 次は絶対に……」
「そうカッカッカッカッしない。少し休養を挟むわ、無理しすぎると暑さで倒れるよ。一流の戦士になりたいなら、体調の管理にも目を向けないと」

 悔しさで興奮するハンナの言葉をミアナは落ち着いた口調で制する。
 そして彼女は水筒を少女剣士へと手渡した。

「懸命に訓練に励むのはいいけど、水分もとらないと」

 そう言ってレッサーパンダ少女は黒い杖を置き、自分の水筒から冷水を口に含んだ。

「……うっ」

 ハンナも渋々しながらも納得したのか、水筒の水をゴクリと口にした。
 けしてミアナのことが不愉快なのではない、戦闘技術も精神面も未熟である自分にたいして腹を立てているだけである。
 初対面時は国家の関係上、互いに溝はあったが今では少しずつ打ち解け、一緒に稽古をする仲となっている。
 自分の最大の役目はウェルシ姫の身を命懸けで守ること、常に自己を向上させねばならない。
 アリシアはムラトとともに最重要の任務、そんな状況で自分は安全な場所で訓練。
 そんなことでいいのか、と内心落ち着いてはいられないが、今自分ができるのは己を鍛えること。それが今できる役目なのだ。
 ……しかしながら、結果はいまいちだ。

「……私って、弱すぎだよね? なかなか強くなれない」

 また冷水を含んでハンナは力なく肩を落とした。
 ミアナと稽古をして全敗。悲しくもなるだろう。

「そんな短期間で強くなれるわけないよ。私だって幼い時から厳しい訓練を受けて大魔導士の座に上り詰めたんだから。それにけしてハンナは弱くはない、並の剣士なんかよりは上よ。ただ単に、まだ技量や経験が少ないだけ。焦らずに腕を磨きましょう」

 励ますようにミアナはポンとハンナの肩に手を置いた。
 仕方ないのだ。ミアナは一流の精鋭部隊、しかしハンナは要人の警護。
 それを考えると戦闘技能や経験の差には、かなりの開きがある。
 少女剣士が精鋭の一員に負けてしまうのは、どう考えても仕方ないことなのだ。

「私にも才能があったらな……」

 そう言ってハンナは才ある者へと目を向ける。しかしその先はミアナではない。彼女も確かに優れた才能を持つが、本物の天才はここから離れた場所で素振りをしている美男子。
 ハンナは妬ましく、その姿を見つめる。

「確かに彼は天才……大天才ね。と、言うよりも人の領域いきを越えた存在」

 不動樫を素材とする巨大な木剣を、ゆっくりと振る姿をミアナも見つめた。
 言ってはなんだが、自分も才能には恵まれている方ではある。
 しかしニオンとではその格が違いすぎるのだ。
 だがミアナは今さら妬ましくは思わなかった。

「ニオンは間違いなく、人類最強よ。世界から与えられた才覚、常人では理解できない精神性、想像を絶する鍛練、過酷な環境。それらが合わさったことで生まれた、最強の剣士」

 仮にもしもニオン並に自分が強くなれたら何と思うだろうか?
 おそらく、あまり何も変わらないだろう。
 文武を極めた人類最強のニオン、しかしその遥か上には世界の理から逸脱した存在オボロと言う超人が君臨しているのだから。
 もはや妬みなどあるはずもなく。

「……でもね、上には上がいるものよ。まあ、そんな領域は知らない方がいいかもしれないけど」
「どう言うこと?」

 ミアナの言葉の意味が理解できずハンナは首を傾げた。



 そんな稽古に励む少女達から離れた場所。
 大きな日傘が設置された、その下でも努力する少女がいた。

「うぐぅ……計算難しいよぉ」

 そう言ってウェルシは頭を抱えた。
 ミアナ、ハンナは戦士だ。そんな彼女達の今やるべきことは主君の警護と訓練であることは言うまでもない。
 では姫であるアリシアは何をするべきか?
 国を納めるためには頭脳や統率力や道徳が必要だ。
 ならやることは勉強である。

「確かになれないうちは困惑するでしょうが、解き方さえ理解できればそう難しくはありませんよ。立派な姫様になるためにも必要な項目です、もう少し頑張りましょう。……レオ様、暑くはないですか?」

 そんな彼女の教師役を勤めるアサムは教科書片手に悪戦苦闘するウェルシを励ましながら、乳母車の白獅子の赤ん坊をあやす。
 御世話から教師役までできるとは、やはりアサムの能力の高さがうかがえる。
 そしてそんな状態でもレオ王子の面倒を見ているのだから教育にかんして万能と言えよう。

「ウェルシ様、頑張ってくださいまし。私も応援しております」

 専属メイドであるスティアも主人が暑くないように扇を振りながら声をかける。

「うーん、これも立派な女王になるため」

 ウェルシは嫌々ながらも自分に言い聞かせた。
 愛する国や住民のためにも必要なことだからと。
 そしてそんな彼女の思いやりの強い心を知ってか、アサムはご褒美をあげるかのように笑みを見せる。

「もう少ししたら、お茶の時間にしましょう。美味しいお菓子を作っておきましたから」
「「本当っ!」」

 アサムの手作りの茶菓子は絶品。それこそ王族や貴族に献上してもおかしくはないほどに。
 なら姫とは言え女の子が目を輝かせるのは当然のこと。
 しかしあがった声は二つだった。

「……も、もうしわけありません。はしたないことを」

 目を輝かせたのはスティアもであった。
 自分は王族に従えるメイド、それが卑しくも子供の如く甘味にはしゃぐとは失態である。
 メイド少女は羞恥で顔を真っ赤にさせた。

「大丈夫ですよ、みなさんの分も作ってありますから。ハンナさんやミアナさん、それからニオンさんもお誘いしましょう」
「……えへへ」

 アサムの気にした風もない言葉にスティアは苦笑いで応じた。



 そしてしばらくして約束通り、ティータイムの準備が進められた。
 外は暑いが、日傘の下なら問題なく楽しめるだろう。
 アサム、スティア、それに後から来たベーンやチャベックも加わり三人(?)と一頭が大きいテーブルを準備し、その上に焼き菓子やケーキやプリンなど様々な菓子が並べられ、お茶を注ぐポッドは二つ、その内の一つには氷が入っておりアイスティーを作ることができる。

「うわあぁ美味しそう」
「アサムの手作りお菓子は格別だからね」

 準備をしている様子を見てか、お茶会をやることを理解しヨダレを垂らすハンナと一息つこうとするミアナがやって来た。

「さあ、二人もイスにかけて。準備できるのを待ちましょう」

 先に腰掛けるウェルシは上品を装い言うが、待ちきれないように鼻息は荒かった。
 


 みながお茶会を楽しそうに準備してるなか、ニオンはやや険しい表情で素振りを続ける。
 不動樫で拵えた櫂のごとき木刀。かなりの高重量で並の人間では振るどころか挙げることさえ無理だ。
 ニオンはこれを一挙動を勢いはつけず数秒かけて行う、これによって体力と筋力を養うのである。

「ニオンさん、お茶の準備ができましたよ。一息つかれてはどうですか?」

 そしてなかなかやってこないニオンに見かねたのかアサムがトコトコと近づいてきた。

「相変わらず、すごい肉体からだですね」

 思わずアサムが囁く。
 ニオンの肉体は、そこら辺の力自慢でも逃げ出しそうなほどに筋肉が発達し、さらにそれを覆う皮膚には無数の傷。
 その甘い美男子の顔には余りにも不似合いだろう。

「うむ、いただこう」

 そう言ってニオンは木刀をズシリと地に置き、アサムへと振り返る。
 しかしその目付きは、やや鋭い。いつもはもっと優しげのはずだが。
 そしてアサムはそれに気づいたのだろう。

「何か焦っているのですか?」
「……ふっ、恥ずかしながらそのとおりだろう」

 アサムに見抜かれニオンは鼻で笑った。
 人類最強の剣士。しかし、それがどれ程のものか。

「隊長殿は自己変異を遂げて更に進化している、ムラト殿も経験を得ることで自身を強化していってる。……しかしそんな中、私はどうも向上が乏しいと思えてね」

 オボロは自己変異によって更なる超生命体へと進化した、ムラトは外敵に合わせて効率的な生体武装を構築した。
 そんななか自分は強くなれているだろうか。
 これから現れるだろう銀河系最悪の超獣。
 そしていずれ訪れるだろう試練、バベル・マシンとの闘い。
 ……はたしてこのままでよいのか?
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