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超魔の目覚め

武芸に励む

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 その日の領主屋敷の夕食は、とても豪勢であった。
 焼きたてのパン、ポタージュ、グラタン、溶かしたチーズをかけたベーコンや腸詰め、新鮮な野菜や果物など、栄養満点の御馳走だ。

「すっごい、御馳走ですね!」
「こんなのいつ以来だろう」
「やはり、これは良き文化ですなぁ」

 スティアとウェルシは初めての料理の数々に感激しながら、チャベックは異星の文化の分析と偽りながら御馳走に舌鼓をうつ。
 だが、しかし……。

「……どうしたの、二人とも? 食べないの」

 そんな中で料理に手をつけようとしない二人の少女に、ウェルシは声をかけた。
 誰だって、こんな料理を前にしたら喜びそうなものだが、アリシアとハンナは気分が優れない様子であったのだ。

「……もうしわけありません、ウェルシ様。どうも食欲がないもので」
「私は先に部屋に戻ります……少し疲れていますので」
「それではお二人様の分は、わたしくがいただきます」

 そう言って二人はテーブルから立ち上がり食堂を後にし、彼女達が手をつけなかった分はチャベックの過剰な養分となった。
 アリシアとハンナは、ひと足早く休むべく部屋に向かうのであった。
 ……とてもじゃないが、食欲などわくはずもない。
 昼間に見せられたあの凄惨な戦場、いやもはや現実と言っていいほどの体験であった。
 超人の怪力で粉砕され、天才魔剣士に切り刻まれ、そして最後に巨大な怪物の地獄の業火で兵達が無惨に葬られた。
 彼女達の心に根強くそれが植え付けられたのだ。その精神的負担はとてつもないもの。

「……どうすれば、いいのかな?」

 部屋に入るなりハンナはベッドに腰をおき深く息を吐くようにして頭を抱える。
 自国の優秀な兵士達を皆殺しにした連中に匿われている。
 怒りや憎しみはあれど、彼等の援助なしでは生きてはいけないし、それに兵士達がああなったのも自業自得とも言える。
 とてもじゃないが責任は石カブトにあるなど言えはしない。それではあまりにも身勝手すぎるだろう。

「……分からない。でも今は正直にウェルシ様に、このことを言うしかないわ」

 そう言ってアリシアも自分のベッドに腰をおろす。

「でもそんなことをしたら、ウェルシ様は混乱するだけよ、ただでさえアサムのことは気に入ってるのに。……王族と言っても中身はまだ幼い子供。これ以上、精神的に不安にさせたら可愛そうだわ」

 とハンナは反論した。
 ウェルシはアサムとの関係がよく、それにこの場所にも安堵感を覚えている。
 そんな状況で真実を語るのは、はたしてどうだろうか。

「今すぐとは言わない。でもいずれわ言わないと」

 アリシアは思い悩むハンナを見つめ、疲れたように息を吐く。
 ……はたして今後はどうなるのやら、分かったものじゃない。
 蛮竜を殲滅して国を再建する、それが理想ではあるが、自分達にそれを実行できるほどの力はなく、王女であるウェルシはまだ幼い。
 どう考えても、もう国に戻ることはできない。そう考えないようにはしていたが、嫌でもそんな言葉が頭の中をよぎる。

「……ハンナ」

 すると緩やかな寝息が聞こえてきた。
 アリシアが重く思いふける間に、ハンナは寝てしまったようであった。
 昼間の買い物と、真実を知ったことへの負担ゆえに疲れていたのだろう。
 そして、彼女のその寝顔からは涙が落ちていた。
 ……そうウェルシだけでなく、自分達だってまだ弱く未熟な子供でしかないのだ。
 心の中の葛藤とやり場のない感情で泣くしかできない程に自分達はひ弱なのだ。




「てぇいっ!」

 朝早くからミアナは杖を振るい、眼前の巻藁と不動樫の丸太で作られたダミーの標的に一撃を加えた。
 彼女は魔導士であったが、もう拠り所の魔術は存在しない。なら他の戦闘手段を鍛え上げるのみであった。
 元騎士ゆえに魔術だけでなく、他の武芸も身に付けて入る。
 杖術、それが彼女の新たな武器であった。
 そして石カブト本部の傍らで稽古に励むミアナ同様に、少し離れた位置でその白銀の美剣士も修練に汗を流す。
 狙いをつけ、引き絞られた矢が放たれ巨岩に突き刺さる。
 今日もニオンは弓術を鍛えていた。

「精が出ますなぁ、ニオン様。本日も弓の訓練でございますかな?」

 一息つくニオンに、チャベックはピコピコと携帯端末を操作しながら問いかけた。

「戦いに生きるなら修得しておかなければならない武芸だ。決闘なら剣と肉体のみで事足りるが、戦場のような混沌の中では多用な用途が求められる。剣のみでは、なし得ないこともあるのだよ」

 本質的に、こと合戦ともなれば実のところ剣よりも弓の方が実戦では優位なのだ。
 やはり飛び道具の方が強いのは、古代も近代も変わらないもの。
 もちろんニオン程の技量があれば刀一つでその常識を覆せるが、それは彼の常人離れした身体能力があってこそだ。
 それにいくらニオンでも刀で遠距離の敵をしとめるのは不可能なこと。
 ならばあらゆる事に備え、多種の武芸を身に付けておくのは戦士として当然である。

「……おや! オボロ様に関する情報が届きました」

 と、チャベックの操作していた端末からデータが届いたことを報せる電子音が響いた。

「隊長殿のかね?」

 これにはニオンも好奇心を見せ手にしていた弓を置いた。
 人知を超越する生命の秘密、それを知りたいのは何もチブラス人だけではないのだ。

「ただいま、わたしくの同胞が傍らでオボロ様を分析しておりますので……おっ! 現地で小型とは言え星外魔獣との戦闘があったようですな」
「それで、どのような戦闘になったのかね?」

 ゴドルザーとの戦いのあと、オボロの変貌が始まり、そしてヴァナルガンが殲滅したあと変異が完了したのはもう報告されている。
 となれば今回もたらされた情報は、進化を遂げたオボロの初戦闘である。
 これにはニオンも確認すべくチャベックに歩み寄った。

「……これは、音速を越えている」

 チャベックの端末からホログラムで戦闘映像がながされ、ニオンは僅かながら唖然とする様子を見せる。
 そこに映るのは、瞬間移動でもしてるかのような動きで魔獣を殲滅するオボロの姿であった。

「細胞レベルから肉体が作り替えられたことで、根本的に生体機能が著しく向上したのでしょうなぁ。単純な運動速度だけでなく、知覚や思考速度が高速化したことで、このような動きが可能になったのでしょう」

 チャベックは事も無げに言うが、映像の内容は驚愕モノである。
 巨大化並びに質量の増幅、普通なら動きが鈍くなると思うが、逆に動きが高速化するなど。
 しかも音速を越える程とは、生物がなせることだろうか。
 オボロは超人だが、しかしこれは予測を遥かに上回る程の成長……いや進化としか言わざるえまい。
 人知を超越する超人が尚も自己進化を続ける、はたしていずれどのような存在になるのやらだ。

「それと、機密データファイルもありますな。アクセス権限がなければ閲覧はできませんが……」

 と、送信されてきたもう一つの情報を見てチャベックは甲高い声をならした。
 アクセス権が必要とは、オボロを分析した情報の中でも特にトップシークレットなデータなのだろう。

「閲覧できないのかね?」
「いえいえ、わたしくは連合軍内でも地位は上の方です。閲覧できますよ」

 ニオンの問いに、チャベックは得意気な様子で答えピコピコと端末を鳴らし機密情報を開示した。

「……これは、まさか」
「……はい、原理こそ解明されてはいませんが、これはオボロ様の自己進化能力のプロセスに関する情報ですな」

 二人はそのデータに息を飲む。
 オボロの細胞は『学習能力』『記憶力』の特性を持っており、ゆえに環境や状況の変化に応じて細胞構造が変換したり構成分子の振る舞いが変質と言う内容であった。
 ……この理屈なら、攻撃を受ければ受けるほど、戦えば戦うほど、オボロは際限なく強くなることを意味するが。
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