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超魔の目覚め

異世界の存在

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「そう、蛮竜がね」

 凄腕の職人が拵えたであろう豪奢なソファーに腰かけるエリンダは、読んでいた本をパタリと閉じて息を吐くようにそう言った。
 何故にギルゲスの姫君が逃げ込んで来たのか、そして何故にギルゲスが崩壊したのかの報告を聞いて。
 
「はい。ムラト殿、そう言っておりました」

 そして彼女が座るソファーを手掛けたであろう身の丈二メートル近い美青年が領主の正面で応じる。
 その部屋には、かなりの数の本が存在していた。
 領主屋敷の書斎は、まさに知識の宝庫だ。広い部屋に数多く並ぶ本棚には、あらゆる分野の本が納められている。
 領主の知識の源泉となる部屋、と言えるだろう。

「……蛮竜」

 そんな知識が並ぶ部屋に震えた声が響く。

「あら、ごめんなさいトウカちゃん。恐がらせちゃったわね」

 エリンダは傍らで脅える素振り見せる少女の頭を撫でて、落ち着かせようとした。
 蘇ったのだろう、あの恐怖が。両親を蛮竜に殺され、その化け物達から逃げ惑う日々の光景が。
 今や領主のメイドとして勤しんでいるトウカだが、記憶の中にはまだあのおぞましい暴食竜の恐怖が根付いている。
 その名を聞いて、脅えだすのも仕方あるまい。

「さあ、今日はもう自室に戻って休むといいわ。無理はよくないから」
「……もうしわけありません、エリンダ様。今だに恐怖が」

 脅えるトウカを部屋から後にさせると、エリンダは再びソファーに腰かけ正面に佇むニオンを見上げ話を続けた。

「それにしても、いったいどうやってそこまでの情報収集を? まだ姫様や従者の子達から事情なんて聞いてないのに」

 ウェルシ姫一同がここに来て、まだ時間も浅く、ましてや彼女達はまだ話せる状況ではないと言うのに、ニオン達は既に事態をまとめ把握していようとは驚きとしか言えまい。
 石カブトが有能なのは分かるが、いくら彼等でもここまでの情報収集は不自然すぎる。
 これには領主エリンダも首を傾げるしかなかった。

「……ムラト殿が情報を揃えたのです」

 そして少し間をおいてからニオンは返答する。

「ウェルシ様の思考や記憶を探り、さらには彼女達の衣服などに付着していた成分等を解析したそうです。そして、その結果情報を私の脳へと送信してくれました」
「……いくら何でも、生物にそこまでの能力が」

 エリンダは思わず考え込むように、顎下に指を当てた。
 確かにムラトは竜はおろか普通の生物でないことは分かっていたが。
 他者の思考すら見透かし、事象を観測して解析、あまつさえ対話せずに情報共有ができようとは。
 彼の生体機能が高性能装置や高度魔術を凌駕してるのは分かっていたが、もはや予測を遥かにこえるものだ。
 ムラトがこの地にやって来た当時はただの巨大で強い竜としか捉えていなかったが、今となっては得体が知れないものとしか思えない。
 
「私から見てもムラト殿の潜在能力は予測できません。少なくとも目的のために成長の途上であることは間違いありません」

 そう述べられたニオンのその言葉に、エリンダは一瞬硬直する。
 そして少しの沈黙の後、彼女は口を開いた。

「……目的。そんなことが言えるってことはニオンくん、君はムラトくんの正体を多少なり知っているのかな?」

 領主の口調に不満は見られない。
 そんな重要事項を何故に黙っていたのか、と言う理由で憤りなど感じていないからだ。
 ニオンとエリンダとでは知識に差がありすぎるからなのだ。
 辺境地の領主なんかが首を突っ込んではいけない、途方もない領域があるのだから。
 ゆえにニオンは控えるところは、しっかりと自制している。

「……私もムラト殿の全てを理解してるわけではありません。それ以前に、彼自身も自分のことをほとんど把握しきれてないでしょう」

 そして冷静な面持ちでニオンは、部屋の壁や扉を意識するように目をむけた。
 近間に自分達以外に誰もいないことを確認するかのように。

「ムラト殿が何処から来たか、お聞きになりますか? おそらく驚愕の内容もございます、それでもよろしいですね」
「……ええ、お願い」

 まるで覚悟を迫るようなニオンの視線に、エリンダは息を飲み頷いた。

「ムラト殿は、異世界つまり別の宇宙からやって来たのです」
「……別の世界!」

 初っぱなから領主は美剣士の説明に絶句する。
 それは別の惑星とか別の恒星系どころではないだろう。
 宇宙や別の惑星を知っただけでも現人類は右往左往しかねないなか、別の世界とは行きすぎた話である。

「我々が生きるこの惑星の外たる恒星系。さらに視野を広げれば銀河系。それより、さらに拡大すれば一億光年以上の広がりにもなる超銀河団。そしていずれは全宇宙となっていくことでしょう」 
 
 しかしそれでもニオンは冷静な様子で話を続けた。

「私達が住むこの宇宙など泡の中の気泡一つでしかありません。無論、その泡とてどれ程の大きさなのか。ムラト殿はその数えきれないいずれかの気泡の中から、我々が存在する気泡の中へと転移してきたと考えていただけると分かりやすいでしょうか」
「……でも、どうやってこの世界に?」

 ニオンの度が過ぎる説明についていけないながらも、エリンダは問いかけた。

「私達が今だに至らない手段を利用することで次元航行を可能としているのでしょう。……たしか彼は三億年と言う悠久の時を生きているのでしたね?」
「……ええ、そうだけど」

 そして今度はニオンの問いにエリンダは頷いた。

「おそらく寿命や老衰というものを克服し永遠とも言える時間ときを手に入れ、その結果彼は自己内で進歩を重ねてそれほどの超存在へと極めることができたのでしょう」

 果たしてニオンの言葉を領主は理解できただろうか。

「ごめんなさいね、ニオンくん。説明してなんて言っておきながら、やっぱり今の私には早すぎたかもしれないわ」

 ニオンの説明を聞き終えて、エリンダはただただ愕然と困惑することしかできなかった。
 勿論、ある程度は理解できた。しかし今の自分の分際では、とても踏みいっていけない領域だったのだ。
 聞いたことに後悔はないが、しかし果てしなすぎるとしか。

「……ひとまずムラトくんについての話はここまでにしましょう。そう言えばニオンくん、お姫様達の様子はどうかしら?」

 エリンダは次元を超越した難解から、今後の主題となるであろう案件へと話を変えるのであった。

「従者であるアリシア殿とハンナ殿、それと専属メイドであるスティア殿は医務室で治療を受けております。ウェルシ様はアサム殿が対応しております、おそらく今は浴場におられるはずです」
「事情は大体分かったけど一応のこと彼女達の話も聞いてみないと、姫様達の回復を待ちましょう」




 領主の書斎を後にした、帰路の廊下は窓からさす夕焼けによって美しい紅色に変化している。
 上質な絨毯が引かれているために、体重二百キロを軽々とこえるニオンが歩いていても足音はほとんどしない。
 領主への報告を終え、自身も専用の機密図書室で読書でもしようと思っていたときだった。

「ぐがあっ! ……」

 強烈な頭痛に襲われたニオンは、その場に方膝をついた。
 頭の中に強制的に情報が送り込まれてきたのだ。

「……ムラト殿から? いや違う」

 それは怪獣の頭脳の最深部からの送信であることを悟り、ニオンは意識が飛びそうな中どうにか立ち上がる。

「怪獣の意思そのものからか……この情報はいったい? 三つの天達超機動兵バベル・マシンのいずれかを私が倒せと? さすれば生命の頂点とも言える力と単体で異世界を渡ることができる次元航行も可能とする能力を得ることができると言うのですか……」 
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