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超魔の目覚め

新たな避難者?

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 空腹ではない。
 そもそも今の俺には食事などは必要ないのだ。
 空気中の元素から体組織などと言った肉体に必要の物質を自力で合成できるようになったのだから。
 ゆえに栄養の経口摂取をしなくても生命維持ができる。
 ……だがしかしだ。

「うむ、やはりアサムが焼いてくれた肉が一番旨いな。焼き加減でこうも違うとは」

 石カブト本部のとなりに用意されていた、肉汁が滴る、こんがり熱々のガーボの丸焼きに食らいつく。
 食事による栄養補給が必要ないとは言え、俺のために折角用意してくれた食事に手をつけないなど、調理してくれた人にあまりにも失礼だろう。
 それに食という行為は、養分を得るためだけのことではない。
 自然の恵みを肉体に取り込むことで、自身も自然の中の一部だと再認識できるというもの。
 そして旨しもんを食うという快楽。
 まあその、怪獣のような不自然な輩がそんなことを言うのもなんだがな……。

「……チャベックさん、そんなに俺をジロジロ見てどうしたんです」

 足元付近でやたら見上げてくるチャベックさんに気づき、口ん中の肉をゴクリと腹の中におさめ問いかけた。
 だが、おおかた理由は分かる。

「いかなる味なのか気になりましてな……」
「チャベックさん、この丸焼きは鍛練から帰ってきた俺のためにアサムが用意してくれた昼飯です。あなたは、もう食べ終えたはずですよ」

 そう言うと、蛸と海月を合わせたような容姿の異星人はトホホと言わんばかりに頭を垂れさせた。
 やはり少し分けてもらおうと思ってたんだな。
 この異星人ヒトゲン・ドラゴンに派遣されてからというもの異常なまでに食に対して興味や関心を持つようになったらしい。

「……そんなに食べたいのであれば今度アサムに頼んでみては。きっと快く焼いてくれますよ」
「それもそうですな! いやはや、ここに来てからというもの食という行為に対して興味がつきませんゆえに。これも新たな研究の題材になるでしょう」

 落ち込んだと思ったら、急激に元気になった。
 ……チャベックさんこと、チブラスは医学やら各分野の研究のために好奇心が旺盛な種族らしい。
 だがこの様子だと、たぶん栄養学などといった学問目的で食事に関心を持ってるのではなく、ただたんに旨いものをたらふく食べたいという、一種の食道楽に目覚めて食べることに関心を持っているのだろう。

「とか言って、ただたんに美味しいものが食べたいだけでしょ」

 と、俺が口にせず思っていたことをミアナがやや呆れたようにキッパリと言い放つ。

「わたしのリハビリが終わったら、また何か食べに行くつもりだったんじゃないの?」
「まあ……それはそうですが。とは言え、どうせなら楽しみながら研究をと思いましてな」

 とはチャベックさんは言うが、完全に美食が主目的で研究が副目的だろうな。
 てかミアナの言葉から察するに、この異星人たえず食べ歩きしてるんだろうか?
 別に悪いことではないから、口だしは特にする気はないが。
 ……ん?
 丸焼き全てを食べ終えると同時、突如として頭部触覚が何かを察知した。

「北方から生体反応を感じる。そう遠くはないな、この反応パターンは人のものだ。数は四人、こっちに向かって来ているのか?」

 北から人がやって来る。それを考慮すると……。

「まさか、バイナル王国からの避難者?」

 ミアナの言うとおりその可能性は高いだろう。
 旅人とかともあり得るが、確認しなければ何ともだ……。
 ふと不穏な気配を感じる。その気配がなんなのか集中した瞬間、それが明白に感知できた。

「……いや人だけじゃない。魔物が多数! それに救援を求めている!」
「何ですって!」

 国民が危険にさらされてるかもしれないゆえに、慌ただしくミアナも声をあげた。

「すぐに助けに向かうぞ! ミアナ来てくれ」

 俺一人だけで助けに向かっても、この姿と巨体だ。
 救助しなければならない人達を脅えさせるだけでなく、悲しいかな化け物扱いされて信用してくれない可能性とてある。
 となれば、の随伴者が必要になるのだ。


× × ×


 広い広い平野にキィーキィーと高い鳴き声が幾つも響き渡る。
 それは生き物の鳴き声、しかしそれは魔物だ。
 メガロバット。
 前肢の翼で飛行し、その翼長は人の平均身長に達する。昼夜構わず、腹が減れば活動する魔物。一匹二匹ならたいしたことはないが。
 数がそろえば……。

「よるな! よるな! 魔物ども」

 軽装の少女は群がろうとする巨大蝙蝠を遠ざけようとガムシャラに手にする剣を振り回す。
 しかし雑な斬撃でやられる程魔物とて無能ではない。
 ブンブン振り回される刃をヒラリヒラリと避ける。

「ハンナ、落ち着いて! そんな大振りじゃ当たらないよ。私達が誰を御守りしなければいけないのか考えて」

 そう声をあげたのは弓に矢をつがえる少女。ハンナと呼ばれた剣を持つ少女とは違い、彼女は苦しい状況とは言え冷静である。
 そして矢を放ち一匹しとめてみせた。
 だがしかし周囲を飛び交うメガロバットの数や三十近く。
 今この場には四人の少女がいるが、戦えるのはこの二人だけ。
 後の二人はハンナと弓を持つ少女に守られれように背後でうずくまっていた。
 その一人はメイド服を着た少女と、その彼女に抱きすがる小さくまだ幼い女の子。
 二人は、ただただ涙をため震えるしかできない状態であった。

「……姫様」

 震えあがる二人の少女に振り返ると、ハンナは深く息を吸い心を落ち着かせる。
 そして迂闊に接近してきた二匹のメガロバットの動きを見極め、剣の一閃を放つ。
 血飛沫をあげて二体の魔物は真っ二つとかした。

「そうよ、そうれで良いのよハンナ」
「ありがとう、アリシア。あなたのお加減よ」

 アリシアと呼ばれた弓を武器とする少女はハンナの無駄のない斬撃を賞賛し、そして彼女も気を落ち着かせる切っ掛けをくれたことを礼を言う。
 だがそれでも魔物数は、まだ多い。

「全部倒す必要はない! ある程度数を減らしたら一気に駆け抜ける」

 そう宣言してアリシアは、また正確な矢を放ち一匹絶命させる。
 多勢に無勢。逃げる手段に至るのが当然であろう。
 ……だが、それは突然だった。どこからともなく一匹の蝙蝠が飛来し彼女達の前に立ちはだかったのだ。

「いきなりなんなの、こいつ?」

 現れたその魔物を見てハンナは目を見開いた。
 それは見たこともない個体であった。
 その体長は二メートルを軽々と越え、翼長は七メートルにも達し、何より特徴的なのは人間のような胴体をしていることだろうか。
 まるでこのメガロバットどもを率いるような存在。

「……新種の魔物なの。喰らえ!」

 アリシアはその異様に戸惑いながらも、気を取り直しその異様な巨体へ矢を放った。
 だが放たれた矢は魔物に致命傷を与えるには余りにも非力であった。
 鏃が少し皮膚に食い込む程度のダメージである。

「……矢が通らない?」

 そんな強靭なのか、とアリシアが思った瞬間。
 異様な魔物は凄まじい速度で低空飛行し彼女に接近、その華奢な体を蹴り飛ばした。

「がはぁっ!」
「アリシア様ぁ!!」

 アリシアは血を吐き出しゴロゴロと転がった。
 それを見ていたメイド服の少女が悲鳴のような声を響かせる。

「アリシア! この化け物めっ!」

 ハンナは彼女を助けに行きたい衝動をどうにか堪えて駆け出し、優先して倒さなければならない異様な魔物に斬りかかった。
 だがしかし、どの斬撃も避けられる。
 ハンナの動きに無駄があるのではない、この化け物が俊敏すぎるのだ。

「その巨体で、こんなに素早いなんて反則でしょお!」

 あまりの理不尽にハンナは剣を振りながら、思わず嘆く声を漏らしてしまう。
 だが本当の恐ろしさを味わうのは、これからであった。
 異様な魔物が一旦距離をおくと、いきなり翼を大きく拡げたのだ。
 すると耳障りな高周波が響き渡る。

「……うっ」

 怪しげ音波に曝されたハンナは、力が抜けるようにその場にしゃがみこむ。
 彼女を襲ったのは、目眩と強烈な疲労感と吐き気であった。
 そして数秒間の音波照射を受けたハンナは、意識が朦朧とした状態となって倒れこんだ。

「ハンナ様ぁ!」

 昏倒したハンナを見て、メイド少女はまた叫び声をあげる。
 これでもう自分達を守ってくれる存在はない。確実な死がまっている。
 そして異様な魔物は、メイド少女と彼女に抱きつく幼い女の子へと顔を向けゆっくりとにじり寄る。
 ……だが。

(いいか、そこを絶対に動くなよ)

 これは幻聴だろうか? しかし声ではない。
 なぜか頭の中に言葉が走ったのだ。
 突如の言葉にメイドが呆気をとられた時、無数の細い閃光が上空を駆け巡る。
 それは、まるで光の糸。しかし、その美しさとは裏腹に上空のメガロバット達をことごとく切り裂き屍へと変えた。
 そして逃亡するかのように異様な魔物が舞い上がった瞬間、先程よりも太い光の糸が走り抜け、その巨大蝙蝠を跡形もなく蒸散させるのであった。
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