大怪獣異世界に現わる ~雇われ労働にテンプレはない~

轆轤百足

文字の大きさ
上 下
248 / 357
潜みし脅威

紅煙と血霧が舞う戦い

しおりを挟む
 ……速すぎる。
 強烈な斬撃を喰らって怯んだ俺の隙を突くようにディノギレイドが超音速、つまりジェット戦闘機の最高速並のスピードで間合いを詰めてきた。

「キィシャアァ!」

 高速接近してきたディノギレイドは甲高い咆哮を響かせると、何度もその鋭利な爪を俺に向けて振り回してきた。

「ぐぅおぉあぁぁ!!」

 熱を帯びたような激痛が身体中を駆け巡る。
 腕、肩、脇腹、大腿部、至るところの表皮が鮮やかに切り裂かれた。しかも傷はかなり深い。
 切創部から勢いよく鮮血が噴出し、辺りいったいに俺の流血が撒き散らされた。

「……くそぉ!」

 痛みと流血で数歩後退する。
 身体中に刻まれた傷は、あまりにも鮮やかで抉れたような様子はなかった。
 大怪獣おれ肉体からだは戦車砲、ロケット弾、対艦誘導弾すら耐えられるんだぞ。

 「なのに、どうなってやがる?」

 そんな怪獣の頑丈な表皮を紙のように斬るとは。
 それだけディノギレイドの爪が鋭く、なおかつ超硬質だってぇのか?
 だが、それならおかしい。
 ……なぜさっきまでの斬撃では、俺の表皮を上手く切り裂けなかったんだ?

「奴の爪に何か、特殊機能しかけでもあるのか?」

 ディノギレイドの鋭利な爪に注目する。
 その長さは三十メートル近くもあり、その形状は暗器の一つである手甲鈎を思わせる。
 そして、それは空気の揺れと言う形で探知できた。

「……爪が振動している」

 ディノギレイドの爪が振動していることを触覚で察知した俺は息を飲んだ。
 原理的には、超高速で刃を振動させ対象を切削すると言う、高周波切断器のようなものだろうか?

「その作用で俺の外皮を切り裂いた、と言うわけなのか?」
(いや、そんな単純なものではないようだ)

 言った直後、精神感応能力によってニオン副長の言葉が頭の中に響いた。

(奴の爪は攻撃対象に合わせて、振動の周波数を調節することができるようだ)
「……つまり切り裂く相手に合わせて、適応する刃ってわけですか?」
(そのとおり。おそらく初めの攻撃で、君の肉体を切り裂くのにもっとも最適な周波数を割り出したのだろう。だからこそ最初の攻撃は切断力が低かったのだ)

 気体化による物理的な攻撃の無効、尋常じゃない高速移動、対象に合わせて可変振動する爪。
 攻撃、機動、防御、総合的にかなり優れているし、とにかく厄介極まりない相手だ。

「キィシャアァァァ!!」

 再び瞬時にディノギレイドは間合いに入ってきた。
 そして、またもや鋭い斬撃が襲いかかってくる。

「……ぬぐぅ……ちくしょお」
 
 俺の血霧が飛び散り、周囲の空間を赤く染め上げる。
 体格や体重や筋力等の差で格闘戦なら俺の方が有利だ、と考えていたことを今になって愚かしく思う。
 ディノギレイドは両手に長大で鋭い刃物を持っているようなもの。
 ならば攻撃のリーチは奴の方が遥かに上、それに鋭利な刃ゆえに対象を切り裂くのに筋力パワーなど殆んどいらないのだ。
 しかし、だからと言って一方的に好き放題にさせるかよ。

「調子にのるなよ!」

 一旦後退し触覚を前に向ける。
 レーザー攻撃を試みようとしたが、次の瞬間には視界から奴の姿がなくなっていた。
 いや、消えたのではない。もう既に俺の後方に移動していたのだ。

「ぐがぁ!」

 それから脇腹に激痛が走る。
 すれ違い様に斬られたようであった。

「……速い。あんな大きさで、こんな動きできるものなのか?」

 俺はすかさず尻尾を振って奴を殴打しようとしたが、その一撃は虚しく空を切る。
 また高速移動で避けたか。
 そして、次にディノギレイドがいたのは俺の目の前。

「キィシャアァ!」

 俺の攻撃を回避したにも関わらず、さっきのお返しと言わんばかりに超高速の鞭とも言える尻尾で俺の頭を殴りつけてきた。

「でえぇぇ!」

 こんな強烈な一撃を食らうのはいついらいか。
 ……小学生の頃、不良中学生五人を重体に追いやるまで喧嘩した時だったか?
 気が動転した警察官に拳銃で撃たれた時か?
 それとも、親父おやじを……?
 
「……」

 くそぉ! 頭に一発いいのを貰って意識と記憶が混濁したぜ。
 情けねぇ! 戦いの感覚が鈍ってやがる。
 異世界ここに来て以来、強敵と呼べる程の奴と戦っていなかったせいか、今まで勝ちに勝ちまくっていたせいか、いずれにせよとんでもねぇ体たらくだ。
 ……調子にのっていたのは俺の方だ。
 今回の任務でもそうだ。どうにかなるだろうと、どこか楽観的な部分があったに違いない。

「考えが甘すぎた、相手は単独で惑星ほしを壊滅できる化け物なんだ。一筋縄でいけるわけねぇだろ!」

 自分にそう言い聞かせる。
 力んだせいか、身体中の切創部から血が飛び散った。
 痛みや出血を抑えるためにも体を再生したいところだが、今はそんなところにエネルギーを割り当ててる場合じゃない。
 戦いに集中しねぇと。

「おらあぁ!」

 眼前のディノギレイドに貫手を繰り出した。
 しかし、その瞬間に辺りに紅いガスが勢いよく充満した。

「またか……」

 分子間の結合を弱めて肉体を気体化させる能力だ。この間、俺は手だしができない。
 苛立ちながら周囲に漂う紅煙を見渡す。
 ……どこで実体化する?
 そして紅い煙が一瞬にして消え去った瞬間、すぐに真横にディノギレイドの反応を察知した。
 と、同時にさっき切り裂かれた脇腹に強い衝撃が襲った。

「であぁぁ!」

 強烈な苦痛で思わず叫び声をあげた。
 負傷した部分を蹴り飛ばしてくるとは、なかなかえげつねぇことを……。
 脇腹から血を吹き出せながらよろめく。

「キシャアァァァ!」

 ディノギレイドは鳴き声を轟かせると、俺を円で囲むように高速移動を始めた。
 俺を包囲しようとしているんだろう。
 それはもはや瞬間移動としか言えないような動きだ。
 後方かと思いきや、次の瞬間には右に、視線を向けると今度は左に。

「く! 撹乱させよぉってわけか」

 いくら高速移動できるからと言って、こんな急激な動きなんてできるのか。

(おそらく慣性を処理する能力を有しているのだろう。それゆえに最高速から急停止や瞬時の方向転換ができる)

 またもや頭の中に副長の言葉が響き渡る。
 ……まったく、どうしろってんだ。とらえられない。
 俺だってけして鈍くはない、この超獣が速すぎるんだ。
 と、背中に衝撃が来た。

「ぐおっ!」

 どうやら蹴られたようだ。
 そして、ディノギレイドは再び俺を包囲するように高速で動き回る。
 高速移動しながら相手を円で囲むように動いて包囲して惑わせ、そこから攻撃を仕掛ける戦法をしかけているようだ。

「……どわぁ!」

 今度はすれ違い様に右腕を斬られた。
 ……落ち着け。
 痛みや流血で冷静さを失うな。
 思い出せ、戦いとは常に理不尽であり思い通りにいかないものなんだ。
 頭の中で、そう念じる。
 怪獣の肉体と能力を得て戦いに勝ち続けてきた俺は、その事を見失っていたのかもしれない。
 そう考えている間にも、今度は左脚を斬りつけられた。
 無論、激痛が走る。
 しかし、どうにか耐えた。
 ヨチヨチ歩きの頃から、親父おやじに虐待稽古を仕込まれてきたんだ。
 これしきの痛みや傷で怯むな。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

【第2部完結】勇者参上!!~究極奥義を取得した俺は来た技全部跳ね返す!究極術式?十字剣?最強魔王?全部まとめてかかってこいや!!~

Bonzaebon
ファンタジー
『ヤツは泥だらけになっても、傷だらけになろうとも立ち上がる。』  元居た流派の宗家に命を狙われ、激戦の末、究極奥義を完成させ、大武会を制した勇者ロア。彼は強敵達との戦いを経て名実ともに強くなった。  「今度は……みんなに恩返しをしていく番だ!」  仲間がいてくれたから成長できた。だからこそ、仲間のみんなの力になりたい。そう思った彼は旅を続ける。俺だけじゃない、みんなもそれぞれ問題を抱えている。勇者ならそれを手助けしなきゃいけない。 『それはいつか、あなたの勇気に火を灯す……。』

雷のサンダー ある銀級魔法使いの冒険

珈琲党
ファンタジー
突然異世界に飛ばされて5年が過ぎたころ、俺は「雷のサンダー」として名の通った魔法使いになっていた。 「サンダーの旦那。面白いものを見つけやしたぜ」 「な! USBメモリだと⁉」 なぜ異世界に元世界の品物が? 一体どういうことなのだろう。 俺は答えを求めて東へと旅立った。 途中、生活魔法の使い手カーシャと仲間になる。 そしてさらに仲間が増える。女戦士のアマンダ、くノ一のケイト、魔法使いのメルキア。皆わけありだが、頼りになる連中だ。 俺たち五人は、吸血鬼が治めていると噂されるワラキア大公国を目指すのだった。

日本VS異世界国家! ー政府が、自衛隊が、奮闘する。

スライム小説家
SF
令和5年3月6日、日本国は唐突に異世界へ転移してしまった。 地球の常識がなにもかも通用しない魔法と戦争だらけの異世界で日本国は生き延びていけるのか!? 異世界国家サバイバル、ここに爆誕!

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

異世界に転移す万国旗

あずき
ファンタジー
202X年、震度3ほどの地震と共に海底ケーブルが寸断された。 日本政府はアメリカ政府と協力し、情報収集を開始した。 ワシントンD.Cから出港した米艦隊が日本海に現れたことで、 アメリカ大陸が日本の西に移動していることが判明。 さらに横須賀から出発した護衛艦隊がグレートブリテン島を発見。 このことから、世界中の国々が位置や向きを変え、 違う惑星、もしくは世界に転移していることが判明した。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

日本帝国陸海軍 混成異世界根拠地隊

北鴨梨
ファンタジー
太平洋戦争も終盤に近付いた1944(昭和19)年末、日本海軍が特攻作戦のため終結させた南方の小規模な空母機動部隊、北方の輸送兼対潜掃討部隊、小笠原増援輸送部隊が突如として消失し、異世界へ転移した。米軍相手には苦戦続きの彼らが、航空戦力と火力、機動力を生かして他を圧倒し、図らずも異世界最強の軍隊となってしまい、その情勢に大きく関わって引っ掻き回すことになる。

未来から来た美女の俺

廣瀬純一
SF
未来から来た美女が未来の自分だった男の話

処理中です...