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潜みし脅威

目覚める少女

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 ゆっくり瞼を開くと、そこには天井があった。
 窓から心地よい日の光が入り込んでいるのが分かる。
 どうやら、自分はベッドに寝かされているらしい。
 ……ここは、どこだろう?
 ミアナは記憶を遡る。帝国軍に追撃されて、追い詰められ、そしてやむなく転移魔術を使用しどこかに送られたはず。
 そこまでしか、思い出せない。

「……んん……っつ」

 ミアナはゆっくりとベットから上体を起こすが、体に痛みが走った。
 そして、その刺激により肩と脇腹と脚を負傷していたことを思い出す。

「……わたしは」

 ミアナは自分の体を確認するかのように目を向ける。
 帝国軍の攻撃で負傷した部位には、包帯が巻かれていた。誰かが処置してくれたのだろうか。
 そして、ミアナは周囲を見渡した。この部屋にあるのは、自分が寝ているベットと小さめのテーブルだけであった。
 その、テーブルの上には身に付けていた服とローブが綺麗に畳まれて置いてある。汚れはなく、破れている部分もない。洗濯と修繕をされたことが理解できる。
 すると、ガチャリと部屋の扉が開いた。

「気がつかれたようですね、ミアナ様」

 そう言いながら部屋に入ってきたのは、ニメートル近くありそうな大男であった。
 だが大男といっても、厳つさや荒々しさは皆無。
 その顔立ちは、人間の女性を虜にしてしまいそうな程に整っており、ちょっとした仕草だけで気品を感じさせる、欠点がない穏やかそうな美青年と言えそうだった。

「……あ、あなたは」

 しかし、その青年と目を合わせた瞬間にミアナの全身に緊張が走しり、それと同時に不気味さを感じた。
 彼女も戦士だから、分かるのだろう。
 部屋に入ってきた美青年が普通の人間でないことに。
 その男の腰には、初めて見る形状の刀剣が携えてあるため剣士であることは理解できる。
 しかし、ただの剣の使い手などではないようだ。温厚な雰囲気だが、その内側から次元が違いすぎる重圧を感じたのだ。
 人間の皮を被った怪物か、あるいは怪物以上と化した人間なのか……。
 いずれにせよ、この男が桁外れの実力者であることは分かる。

「私は、ニオン・アルガノス。この地を治められている領主エリンダ・ペトロワ様に従えている剣士です」 

 そう自己紹介しながらニオンは、ミアナのベットの脇で脚を止めた。

「……あ、あなたが……助けてくれたの?」

 ミアナは緊張で震え気味の声を発した。

「負傷して倒れているところを発見して、都まで搬送して治療を施しました。あと数日もすれば、歩けるまでには回復するでしょう」

 ニオンは彼女の包帯が巻かれている部位を一瞥し、穏やかにつげた。

「あ、ありがとう。……ところで、どうしてわたしの名を知っているの?」

 この男とは初対面のはず、なのになぜ自分の名前を知っているのか?
 それについて、ミアナは問いかけた。

「バイナル王国から避難してきた方々から、色々と事情をうかがいましたので。ゲーダー帝国軍の侵攻、戦禍から逃れてきた住民、そしてあなたが元大魔導騎士隊マジカル・ナイツが一人ミアナ・ワイズアル様であることも」

 ニオンは淡々と返した。声も顔も優しげな彼だが、どこか感情が読み取れない無機質さを感じさせる。
 しかし、その返答で自国の人々の一部がこの安全そうな地域に逃れることができたことをミアナは理解した。

「じゃあ、わたしの国の人達はここに!」
 
 つまり自分達は避難した人々と合流することができたと言うことであった。
 咄嗟の転移魔術でどこに飛ばされるか予想できなかったが、一応のこと安全かつ避難民達が集っている場所にたどり着くことができた。
 一か八かの転移は成功したと言える。こんなこと奇跡的であろう。
 いずれにせよ事は上手くいったため、ミアナは安堵して息を吐いた。

「はっ! ……レオ様」

 しかし、その安心感は一気に消え去る。重大な事を思い出したのだ。
 まだ精神が落ち着かない状況とは言え、王に託された最後の希望の存在を忘れるなど言語道断であった。
 第一にレオの事を考えないなど、とてつもない大失態である。

「レオ様は! わたしと一緒に赤ん坊がいたはず……あの方はどこに」

 気が動転したかのようにミアナはベッドから飛び起きると、フラフラとニオンに近づいて彼に寄りかかるように掴みかかった。
 まだ体力は回復しておらず、ミアナは今にも倒れそうであった。

「ご安心ください、レオ殿下はご無事です。アサム殿、入ってきてくれたまえ」

 ニオンは倒れそうなミアナを支えると、部屋の出入り口に向かってそう言った。
 そして開きっぱなしの扉の裏から姿を見せたのは少女、いやっ少女のように愛くるしい顔立ちをした青年であった。
 容姿は黒い髪の毛に、褐色の肌。
 服装は胸と腰にだけ布のような衣服をまとっているだけで、露出度が高いものである。
 大人と呼ぶには背はとても低いが、体つきは貧相ではなく胸や腹部がタプタプとして、ふくよかな体型をしていた。
 そして、その可愛らしい青年の腕には白獅子の赤ん坊が抱かれていた。 

「……レ、レオ様……ご無事で」

 それは紛れもなく国王より託された希望。そして、唯一残された自分の存在意義。
 ミアナはニオンから手を離すと、おぼつかない足取りでゾンビのようにアサムに向かって歩みよる。

「お……お願い……返してよ……その方を!」

 まだ感情や思考が安定しないためか、ミアナはレオを奪われたものと勘違いしたらしく、アサムに掴みかかろうとした。

「うっ!」

 しかし、まだ歩くには無理があったらしくミアナはアサムに触れる前に転倒した。

「ミアナ様、落ち着きください。レオ殿下に害を与えるような事はしません。殿下はアサム殿にお任せして、あなたはお休みください」

 ニオンは転んだ彼女を軽々と抱き上げる。

「離して、離してよ! レオ様!」

 だがミアナに落ちついた様子はなく、ニオンに抱き上げられたまま喚くのであった。
 ニオンは騒ぎたてる声をよそに、彼女をベッドの上に戻す。

「……その方は、国の最後の希望なの。……お前達に、何がわかるの……」

 ベッドに強制的に戻されたミアナは顔を押さえ嗚咽をあげるのであった。
 さすがにこれには、ニオンも困惑して肩を竦めるしかなかった。
 しかし……。

「ニオンさん、ここは僕に任せてください」 

 そう言いながらアサムは、ニオンの脇に進み出た。

「この場をおさめられるのは、君が一番適任だろう。あとは任せたよ、アサム殿」

 ニオンは、この場をアサムに預け一人部屋を出ていくのであった。
 ニオンは分かっているのだ、この状況をどうにかできるのはアサムだけだと。
 いくら強靭な強さと強力な力を持っていても、無力な時もある。
 オボロ、ニオン、ムラト、強大である彼等も保有していない力がアサムにはあるのだ。
 アサムはベッドの上で泣くミアナに近寄ると、抱いていたレオの顔を見せるのであった。

「先程お休みになられたところです、今は静かに寝かせてあげましょう」

 アサムの言う通り、レオは彼の腕の中で気持ちよさげに寝息を立てていた。
 その寝姿を見たミアナは泣き止み、徐々に落ち着きを見せてくる。

「……ご、ごめんなさい……わたしとしたことが……レオ様をお守りすることを託されているのに」
「大丈夫ですよ」

 すると謝ってきたミアナの額に、アサムは自分の額を優しく密着させた。

「大丈夫です。レオ様は僕にお任せを、今はどうかお休みください。ここまでの道中、きっと大変なことがあったのでしょう。だから今は、お眠りください。レオ様をお守りできるのはミアナ様だけ、僕達ができるのは助力だけですから」

 アサムの優しげな声が、ミアナの心の中に浸透していく。彼の言葉は、けして裏表のない純粋に彼女を思いやるものであった。

「だからこそ、レオ様をお守りできるようになるまでお休みください。それまでは僕達がレオ様を守りしますから」

 本当に自分のことを思いやってくれる言葉を聞くのは久しぶりのことであった。
 一部の者から向けられる蔑む言葉や視線がつらかった。
 仲間達がいなくなり悲しかった。
 全てを見失い苦しかった。
 アサムの言葉を聞いたためだろうか、ミアナは心の底にあった苦痛が和らいだことに気づいた。

「くっ……ううう……」

 ミアナは耐えきれず涙をながすのであった。




「私達では、とてもアサム殿には敵わない」 

 部屋の外で待機している、ニオンは一人呟く。
 どれだけ強くなろと、どれだけ力を身に付けようと、どれだけ鍛え極めても、結局のところ自分達ができるのは殺人ころしのみ。
 屍の山と鮮血の大河しか作り出せない。
 しかし、アサムだけは違うのだ。彼だけは、苦しむ者や悲しむ者を助けることができる。
 だからこそ、彼には絶対に及ばないのだ。

「しかし不自然すぎる。こうも立て続けに私達の元に問題がおとずれるのは……やはり神でも制御しきれない世界のことわりの異常ゆえにか」
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