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潜みし脅威
バイナル王国、陥落す
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ミアナは涙を流しながら燃える城下街を駆けていた。
彼女の左腕には赤ん坊が抱えられている。しかし、その白獅子の子は大泣きしていた。周囲が騒がしいうえに、ミアナが走っているため揺れている、それらの影響で泣いているのだ。
両腕で抱えてやれば少しは振動を緩和することはできるだろうが、ミアナには右腕がないためどうすることもできなかった。
「はぁ……はぁ……もうしわけありません、レオ様。どうか今しばらく耐えてください」
ミアナは息を荒げながら白獅子の子に言った。
本当なら赤ん坊を刺激したくないが、そうも言っていられない状況なのだ。
「え゙ぇぇあっ!」
「ぬぐぅぐぐぐ!」
それは不気味な呻きのような声を発する武装した人間達であった。
その目は左右ともあらぬ方向を向いており、顔色は生気がなく青黒い色をしている。
ミアナは、その人間達に追われていたのだ。
「……どうして、こんなことに……なんでゲーダー兵が!」
ミアナは振り返らずに走り続ける。何としてもレオを守るためにも。
……それは突然の出来事であった。
サンダウロでの騎士達壊滅から数ヵ月、バイナルは徐々に落ち着きを見せていた。
ミアナを今だに疑っている者達も多かったが、国王の擁護と計らいにより彼女は学院の魔術指導者として働いていた。
片腕を失ったとは言え、優秀な魔導士であることには変わりはない。
そのため幼い子供達から尊敬の眼差しを向けられていた。
だが逆に腕を失ったこととサンダウロでの戦闘を放棄した疑惑で軽んじられることも度々あった。
しかし彼女は自分を不評する言葉や視線にめげずに魔術の指導に懸命であった。
そうなれたのも、国王とともに騎士隊を再結成することを決意したからだろう。
騎士隊を再結成することに尽力する、それが今の彼女の生き甲斐だったのだ。
しかし、その日々は突如として終わりを迎えた。
それは平穏な夜の王都で起きた。
いきなり都内の複数の位置で空間が歪むような現象が発生し、その捻れから重武装した集団があらわれたのだ。
彼等の身に付けた鎧にはゲーダー帝国の紋章があった。
帝国軍が転移魔術を用いて、バイナルに奇襲を仕掛けてきたのだと思われた。
しかし、おかしなことであった。転移の際には出現場所に魔法陣が発生するはずだが、それがなかったのだ。
魔法陣が発生するため転移魔術を用いた強襲戦術は、完全にはいかずともある程度対処はできる。
だが、それがなかったがために完全に奇襲を許してしまう形となった。
そして、いきなり現れた帝国軍は見境なく都の人々に襲いかかったのだ。
その光景は戦いではなかった。
戦争とは資源や労働力を得るために行われるものだが、帝国軍がやっているのはまったく逆のことである。建物を破壊し、人々を殺戮しているのだ。
戦争ではなく、無差別の大量殺人としか言いようがない。
さらに、その兵達のありさまは明らかにまともではなかった。
全員が魔物のように呻くだけで一切言葉と言う言葉を発せず、皮膚の色も人間とは程遠い色に変色しており、ただ手にした武器を振り回すだけだったのだ。
すぐに城の兵達が駆けつけ防衛戦が始まったが、帝国軍の異様な戦闘能力の前に苦しい戦いを強いられるはめになった。
帝国軍の兵達の動きは人間のそれではなかったのだ、重武装にも関わらず身軽に建物から建物へと跳躍し、毛玉人に劣らぬ筋力を持ち、軟体生物のように体をくねらせ近距離から放たれた魔術を避け、手から鋭い爪を生やし、負傷した部位が再生してしまう、など明らかに常軌を逸脱したものであった。
と言うよりも、人間の皮を被った化け物としか表現できなかった。
そして防衛戦は壊滅し、都は落とされたのだ。
なぜ、また失わなければならないのか?
今度は、唯一の支えとなっていた国王を失った。
国王は自分と息子を逃がすための時間稼ぎとして、一人で城に残ったのだ。
あれだけのゲーダー兵を相手するなど不可能だ。多勢に無勢、もう国王は亡き者にされているだろう。
王を失い、国も落ちた。……自分の最後の支えがことごとく奪われた。
そう思い、ミアナは止めどなく涙を流した。
しかし脚を止めるわけにはいかない。
もうすぐそこまでに狂乱したゲーダー兵の魔の手が迫っているのだから。
もし捕まれば間違いなく自分は殺され、レオ様も……。
「そんなこと、絶対させない! このお方が生きているうちは、わたし達はまだ終わらない!」
ミアナは涙を拭うと、自分に言い聞かせるように叫んだ。
王族の最後の血である、レオ様を何としてでも守らなければならない。
国王が命と引き換えに残した、希望なのだから。
「ぐっ!」
いきなり左肩に激痛が走った。
痛みで、レオを落としそうになるが歯を食い縛りこらえた。
おそらく、追撃してきているゲーダー兵が放った矢が突き刺さったのだろう。
ミアナの脚が一気に遅くなる。
「あぐっ!」
動きが鈍ったミアナに、さらに二本の矢が突き立った。右脚の太股と左脇腹に受けた。
転倒しそうになったが、ミアナはどうにか堪えた。
しかし脚の負傷と激痛で、もう走れそうにない。
そして、無情にも背後からは帝国軍の兵達が猛烈な勢いで迫って来ている。
「……こうなったら」
それは、最後の手段であった。
……転移魔術の使用である。
しかし転移魔術の使用は複雑であった。
世界中に漂う魔粒子を用いて、転移する座標は正確に特定しなければならないのだ。それを怠ると、どこに送られるか分からないのだ。
しかし座標特定には時間が必要になる、だがそんな悠長なことはしていられない。
転移しなければ、間違いなく二人の命はない。一か八かであった。
正確に座標の特定などはせず、とにかく南方に向かうことを思考した。
国の人々も南下しているため、運が良ければ合流できるかもしれない。
「……ピンポイント・ゲート!」
ミアナが叫ぶと、二人の中央にして光輝く魔方陣が形成される。
そして、ミアナもレオも光の中へ消えていった。
彼女の左腕には赤ん坊が抱えられている。しかし、その白獅子の子は大泣きしていた。周囲が騒がしいうえに、ミアナが走っているため揺れている、それらの影響で泣いているのだ。
両腕で抱えてやれば少しは振動を緩和することはできるだろうが、ミアナには右腕がないためどうすることもできなかった。
「はぁ……はぁ……もうしわけありません、レオ様。どうか今しばらく耐えてください」
ミアナは息を荒げながら白獅子の子に言った。
本当なら赤ん坊を刺激したくないが、そうも言っていられない状況なのだ。
「え゙ぇぇあっ!」
「ぬぐぅぐぐぐ!」
それは不気味な呻きのような声を発する武装した人間達であった。
その目は左右ともあらぬ方向を向いており、顔色は生気がなく青黒い色をしている。
ミアナは、その人間達に追われていたのだ。
「……どうして、こんなことに……なんでゲーダー兵が!」
ミアナは振り返らずに走り続ける。何としてもレオを守るためにも。
……それは突然の出来事であった。
サンダウロでの騎士達壊滅から数ヵ月、バイナルは徐々に落ち着きを見せていた。
ミアナを今だに疑っている者達も多かったが、国王の擁護と計らいにより彼女は学院の魔術指導者として働いていた。
片腕を失ったとは言え、優秀な魔導士であることには変わりはない。
そのため幼い子供達から尊敬の眼差しを向けられていた。
だが逆に腕を失ったこととサンダウロでの戦闘を放棄した疑惑で軽んじられることも度々あった。
しかし彼女は自分を不評する言葉や視線にめげずに魔術の指導に懸命であった。
そうなれたのも、国王とともに騎士隊を再結成することを決意したからだろう。
騎士隊を再結成することに尽力する、それが今の彼女の生き甲斐だったのだ。
しかし、その日々は突如として終わりを迎えた。
それは平穏な夜の王都で起きた。
いきなり都内の複数の位置で空間が歪むような現象が発生し、その捻れから重武装した集団があらわれたのだ。
彼等の身に付けた鎧にはゲーダー帝国の紋章があった。
帝国軍が転移魔術を用いて、バイナルに奇襲を仕掛けてきたのだと思われた。
しかし、おかしなことであった。転移の際には出現場所に魔法陣が発生するはずだが、それがなかったのだ。
魔法陣が発生するため転移魔術を用いた強襲戦術は、完全にはいかずともある程度対処はできる。
だが、それがなかったがために完全に奇襲を許してしまう形となった。
そして、いきなり現れた帝国軍は見境なく都の人々に襲いかかったのだ。
その光景は戦いではなかった。
戦争とは資源や労働力を得るために行われるものだが、帝国軍がやっているのはまったく逆のことである。建物を破壊し、人々を殺戮しているのだ。
戦争ではなく、無差別の大量殺人としか言いようがない。
さらに、その兵達のありさまは明らかにまともではなかった。
全員が魔物のように呻くだけで一切言葉と言う言葉を発せず、皮膚の色も人間とは程遠い色に変色しており、ただ手にした武器を振り回すだけだったのだ。
すぐに城の兵達が駆けつけ防衛戦が始まったが、帝国軍の異様な戦闘能力の前に苦しい戦いを強いられるはめになった。
帝国軍の兵達の動きは人間のそれではなかったのだ、重武装にも関わらず身軽に建物から建物へと跳躍し、毛玉人に劣らぬ筋力を持ち、軟体生物のように体をくねらせ近距離から放たれた魔術を避け、手から鋭い爪を生やし、負傷した部位が再生してしまう、など明らかに常軌を逸脱したものであった。
と言うよりも、人間の皮を被った化け物としか表現できなかった。
そして防衛戦は壊滅し、都は落とされたのだ。
なぜ、また失わなければならないのか?
今度は、唯一の支えとなっていた国王を失った。
国王は自分と息子を逃がすための時間稼ぎとして、一人で城に残ったのだ。
あれだけのゲーダー兵を相手するなど不可能だ。多勢に無勢、もう国王は亡き者にされているだろう。
王を失い、国も落ちた。……自分の最後の支えがことごとく奪われた。
そう思い、ミアナは止めどなく涙を流した。
しかし脚を止めるわけにはいかない。
もうすぐそこまでに狂乱したゲーダー兵の魔の手が迫っているのだから。
もし捕まれば間違いなく自分は殺され、レオ様も……。
「そんなこと、絶対させない! このお方が生きているうちは、わたし達はまだ終わらない!」
ミアナは涙を拭うと、自分に言い聞かせるように叫んだ。
王族の最後の血である、レオ様を何としてでも守らなければならない。
国王が命と引き換えに残した、希望なのだから。
「ぐっ!」
いきなり左肩に激痛が走った。
痛みで、レオを落としそうになるが歯を食い縛りこらえた。
おそらく、追撃してきているゲーダー兵が放った矢が突き刺さったのだろう。
ミアナの脚が一気に遅くなる。
「あぐっ!」
動きが鈍ったミアナに、さらに二本の矢が突き立った。右脚の太股と左脇腹に受けた。
転倒しそうになったが、ミアナはどうにか堪えた。
しかし脚の負傷と激痛で、もう走れそうにない。
そして、無情にも背後からは帝国軍の兵達が猛烈な勢いで迫って来ている。
「……こうなったら」
それは、最後の手段であった。
……転移魔術の使用である。
しかし転移魔術の使用は複雑であった。
世界中に漂う魔粒子を用いて、転移する座標は正確に特定しなければならないのだ。それを怠ると、どこに送られるか分からないのだ。
しかし座標特定には時間が必要になる、だがそんな悠長なことはしていられない。
転移しなければ、間違いなく二人の命はない。一か八かであった。
正確に座標の特定などはせず、とにかく南方に向かうことを思考した。
国の人々も南下しているため、運が良ければ合流できるかもしれない。
「……ピンポイント・ゲート!」
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