大怪獣異世界に現わる ~雇われ労働にテンプレはない~

轆轤百足

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潜みし脅威

灼熱の超獣

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 美しい月が煙に覆われ、そして夜空が赤く輝いている。それは宇宙からやって来た大災厄の証明であった。
 広大な森林からモクモクと煙があがり、炎を噴き上げていた。それは大規模な森林火災である。
 しかし、その原因は火の不始末でもなければ雷でもない。
 燃え盛る森は縦に真っ二つにされたがごとく木々が倒れ、そしていくつもの穴があいていた。それは、巨大な何かが森を縦断したことを意味している。
 ……そして、この森の中にはエルフの里が存在していた。




 いくつもの木造の家屋が猛火に包まれ、鈍い音をたてながら倒壊していく。炎は建物だけでなく周囲の木々にも燃え移り、その灼熱の範囲を刻々と広めていた。

「くそっ! くそっ! 火災の規模がデカすぎる!」
「何故だ? 何で放水の魔術が使えないんだ!」
「……そんな、せっかく……魔族から里を取り返したのに」

 エルフ達は灼熱の地獄を眺めながら、オロオロとするしかできなかった。
 消火のためにも魔術で水を生成しようとしたがあたわず。火災の範囲も広すぎる。とても対処などできない。
 このままでは里どころか、この広大な森林もろとも焼失してしまうだろう。

「狼狽えるな!!」 

 その時、貫禄のある声が燃える音を掻き消すがごとく響き渡った。
 叫んだのはエルフの老人。髭はないが、顔には深い皺がいくつもある。
 彼の冷静な表情が炎に照らされる。

「今の私達では、どうもできん。避難するぞ」
「しかし長老、里を捨てるなんて!」

 長老の意見に若いエルフが反論した。
 ここは自分達が生まれ育った場所。見捨てたくはないのだろう。

「……私だって、同じ気持ちだ」

 エルフの長老は唸るような声をあげながら、両手を強く握りしめ悔しそうに震わせる。
 誰が好きで、この故郷を離れたいと思うか。
 そんなエルフは、一人もいない。
 これは苦渋の決断なのだ。

「この火災は並大抵のことではない。……桁外れの規模に加え、魔術の行使が不可能になる現象。もはや魔族の襲撃どころではない深刻な状況にある。今は生き延びることを考えよ」

 そう言って、険しい目付きで周りのエルフ達を一瞥する。
 すると、一人のエルフが族長に問いかけた。

「長老、あなたは何か知っているのですか。森を縦断したあの黒い怪物はなんです? あれが来たせいで、こうなったのでわ……」
「……すまん、今は言えぬのだ。だが、いずれ伝えよう」

 長老の返答にエルフは不満そうな表情を見せる。
 もちろん長老は理解している、今何が起きてるかなど。
 魔術が使用できなくなる異常現象がおきていると言うことは、あの怪物の襲来を意味している。
 その真実を知っているのは自分と一部のエルフだけである。
 しかし、今の彼等に宇宙だの星の外から来た生物など理解できないだろう。無用な混乱を避けるためにも秘め隠しておくしかないのだ。

「英雄達は英力ちからに慢心しているなどと思っていたが、私達も同じだった。……魔術に依存しすぎていた、その付けがこのようなかたちで返ってくるとはな。……おのれ、宇宙の怪物め」

 長老の溜め息をつくような小さな呟きは誰にも聞こえなかった。




 深夜の大平原。月光に照らされれば美しい光景が拝めたであろう。
 しかし草木が焼ける猛煙で月の光は遮られ、業火が闇夜を染め上げる。広がるは美しい場景ではなく焦熱地獄であった。
 そんな猛火が狂う場所を堂々と猛進する巨体がある。
 その巨大な怪物が通過した後には足跡とおぼしき穴がいくつもあった。
 そして怪物を起点に高熱が放射されていた、これが火炎地獄の要因であった。
 
「バオォォォォ!!」

 灼熱の怪物は咆哮し空気をビリビリと震わせる。
 火炎地獄をも震撼させそうな大音響。
 巨体の体温から放射される高熱波。
 そして、その質量から発生する地響き。
 それらの性質から、この惑星の既存の生き物でないことは確実。 
 その体長は四十五メートルにもなり、尻尾を含めた全長は九十メートルを軽々越えるだろう。
 その姿は黒煙を噴射するゴツゴツとした真っ黒な火山を背負った四足歩行の獣と言えよう。
 しかし、その体は有機物のような物ではなく無機物で構成されているようだ。
 背中の山以外の部分は凹凸のない滑らかなガラス質の黒い甲殻に覆われ、所々からマグマのごとき発光が漏れている。
 そして、その歩行する火山の数百メートル上空に金属の巨人が舞っていた。




「何なんだ、こりゃあ……」

 クサマの左手から身をのりだしたオボロは驚愕した。視界に写るのは燃え盛る大平原と動く黒い火山である。
 この火山のような怪物が宇宙生物であるのは確かだろう。しかし被害の規模と怪物の規格外のサイズから見るに、ただの星外魔獣コズミックビーストでないことが理解できる。

「隊長! 初めて見るやつだよ」

 そう言ったのは、クサマの右手から身をのりだすナルミ。彼女の傍らには、元英雄にして勇者であったユウナの姿もあった。

「まずい、このまま北上されればドワーフの集落にぶつかる」

 ユウナは宇宙生物の進行方向の先に視線を向ける。
 暗闇の中にポツポツとした光がうかがえた。
 ドワーフ達も、この火災に気づいて何か行動してるとは思うが、大地を駆ける灼熱の巨体の進行速度は約五十キロ毎時。
 しかも、その怪物が発しているであろう特殊な波動により魔術は使用不可能。つまり魔術を利用しての迅速な避難はできない。
 ドワーフ達が避難し終えるのは、かなり困難かもしれない。

(お前達、聞こえるな?)

 すると、突如三人の脳内に言葉が飛び込んできた。

「えっ? 何これ」
「頭の中に声が?」
「……お前は、まさか」

 いきなりの出来事にナルミとユウナが驚くなか、オボロは慣れた様子で返答した。

(あの火山みてぇな化け物は、甲殻こうかくマグマじゅうグランドドス。……すでに一つの惑星ほしの環境を氷河に変えて滅ぼした存在。魔獣ビーストではなく、星外超獣せいがいちょうじゅうだ)

 惑星を滅ぼした、と言う言葉を聞いてオボロは表情を厳しくさせた。
 ……星外超獣。
 ニオンはその存在を、今までの星外魔獣とは比較にならない程の超生物と言っていたが……。

「つまり、あれは星外魔獣以上の化け物だってことか」
(……そうだ。奴の背中から噴射されているガスは、いずれ惑星全体を覆いつくし太陽光を遮断する。そうなれば分かるな)
「地表の気温が低下し、全てが氷に包まれる」

 オボロは苦々しく返答した。
 つまりグランドドスを倒さなければ、いずれこの惑星は氷河と化すると言うことであった。
 今起きてることは単純に怪物に立ち向かうというレベルではないのだ。全生命の存亡に関わることなのだ。
 それを改めて認識したオボロは息を飲む。これは、かつてない脅威だと。

(オボロと勇者のお嬢ちゃんはドワーフ達の避難の支援に向かえ。グランドドスは忍者のお嬢ちゃんとクサマに任せるんだ) 
「これテレパシー?」
「魔術なのか?」

 そう指示が三人の頭の中を駆け巡るが、ナルミとユウナは今だに何がどうなっているのか分からない様子であった。
 しかし、今はそんなことを気にしてる場合ではない。オボロは声を張り上げた。

「いいかよく聞けナルミ。お前はニオンの師匠の指示の通り、ここで奴を食い止めるんだ。オレとユウナは、ドワーフの集落で避難の手助けをしてくる」
「えっ! ……副長の師匠?」
「信用していいのか?」

 ナルミもユウナも不信そう言う。
 顔も分からないうえに、未知の力で頭の中に直接語りかけてくる相手だ。普通なら誰でも怪しく思うのが当然である。
 しかし事態が事態なだけに、大人しく聞き入れるしかなかった。

「ン゛マッ!」

 クサマは高速で飛翔し、グランドドスの進行方向に先回りした。
 そしてクサマが着陸すると三人は大地に降り立ち、すぐさま行動に移った。

「ドワーフの連中を逃がしたら、すぐ加勢に来るからな。それまで持ちこたえろよ、ナルミ!」

 そう言ってオボロは、ユウナをおんぶするかのように自分の背中にしがみつかせる。そして熊の大男は力強く地面を蹴った。
 巨大化したオボロの身体能力は以前と比較にならない。一跳躍で数百メートル移動できる程であった。

「いくよ、クサマ!」
「ン゛マッ!」

 二人を見送るとナルミとクサマは振り返った。
 少女と機械仕掛けの巨人の視線の先には体温で周囲を焼き払う火山のごとき怪物。そいつが地を揺らしながら迫って来ていた。

(すまないな、お嬢ちゃん。一人にさせちまって、なんとかオボロが来るまで持ちこたえるんだ)

 するとナルミの頭の中に、またあの男の声が聞こえてきた。

「……本当に副長の師匠なの?」
(そうだ。やっぱり信用できんか)
「何とも言えないけど……今は信じることにするよ」
(恩に着るぜ、お嬢ちゃん)
「お嬢ちゃんじゃなくて、ナルミだよ」
(分かった、ナルミ。出来る限りのサポートはする。おれも超獣を見るのは初めてでな。こちらでも分析して奴の弱点を探ってみる)

 二人が会話している合間にもグランドドスは接近してくる。巨大な火山はナルミに熱を感じさせるまでの距離に到達していた。
 グランドドスの体表面温度は一二〇〇度以上。その超体温で周囲を焼き払う灼熱の巨大生命体である。
 普通の生物なら触れるどころか接近も不可能だろう。
 しかし、今ここにはその高熱に耐えられる黒い装甲に覆われた巨人がいる。

「いっけえぇぇ! クサマ!」
「ン゛マッ!」
(ま、まてっ!)

 威勢よく指示をだすナルミ。そして、それに素直に従うクサマ。
 だが、そんな二人に男の言葉が届かなかった。
 クサマは駆け出すと、燃え盛る平原の中を突き進み、そのままの勢いにまかせグランドドスの背中の火山に鉄拳を叩き込んだ。
 グランドドスの漆黒の甲殻が砕け散った。
 しかしその途端、噴火のごとき爆音が響き、砕けた部位から爆風が吹き出した。
 降り下ろした鉄拳もろともクサマは弾き飛ばされ転倒し、その巨体を大地にうちつけた。

「ああ! クサマが!」

 見ていたナルミはたまらず声をあげた。

(グランドドスの体内は超高温高圧のマグマ状の物質て満たされている、ゆえに甲殻が砕けると爆発するんだ。奴はそれを、ある種の反応装甲リアクティブアーマーのように利用する)
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