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潜みし脅威

激闘の前兆

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 闇夜を明るくせんとばかりに猛火が家々を貪るように焼き尽くしていた。
 避難したらしく、この都市に住民はもういないようだ。あるのは燃え盛る建物だけであった。
 そして、その紅蓮の輝きの中を突き進む隊列をくんだ無数の兵士達。
 その者達は、強固そうな鎧を纏い、剣や槍を片手に一心不乱に燃え盛るなかを前進する。そして、その顔には生気がなく、まるで亡霊のようであった。




 その魔導大国は、神が死した地とされるサンダウロから北東部に存在している。
 毛玉人達が建国した国家で、非常に優れた毛玉人の魔導士達が集う国であった。
 その大国の魔導士達は膨大な魔力と多数の魔術を持っており、大陸最高の魔導騎士の組織を創設していた。
 その強大な戦力が抑止力となって、他国からの脅威にさらされない安定した国家が築かれていた。
 しかし、その大国が今まさに落とされようとしていた。

「……我々はどこで失敗してしまったのだろうな」

 城のバルコニーに佇む、ライオンの毛玉人が呟く。しかし、その体毛は普通のライオンとは違い美しい純白であった。
 白獅子の王は冷静な面持ちであるが、その目には悲しみが宿っている。
 彼が眺める先に広がるのは地獄絵図であった。
 真っ赤な炎に焼かれる都市。そして城に迫る数百もの軍勢。
 その兵達が都市崩壊させた、そして今度は王である自分の命を狙って進軍してきている。

「もはや、ここまでか」

 白獅子は諦めるように、うつむいて息を吐いた。
 状況から見るに間違いなく、この国は占領され、そして自分も助からないだろう。
 ……しかし希望は、まだある。
 そう思い、王は力強く顔をあげた。

「国王様! 都民の避難は終わっています、国王様も早く!」

 王が佇むバルコニーに悲鳴のような声が響き渡った。
 姿を見せたのは、ボロボロのフードを深く被ったものであった。声で少女であるのは分かるが、その素顔はフードで隠れて見えない。
 そんな彼女に国王は優しげな表情を見せた。

「お前達だけで逃げるのだ」

 白獅子はゆっくりとフードの少女に歩みより、彼女が抱えているものに目を向けた。
 それは自分と同じ純白の体毛に覆われた獅子の赤ん坊であった。

「レオ、お前がこの国最後の希望」

 王は寂しげな表情で言った。
 彼が見つめる赤ん坊は、周囲が悲惨な状況にも関わらず穏やかにスヤスヤと眠っている。

「あとのことは、たのむ」

 そして白獅子の王は視線をフードを被った少女に移した。
 彼女の顔は見えないが、おそらく今にも泣き出しそうな表情をしているだろう。

「さあ、行くのだ」
「……な、なにをおっしゃいます。ともに行きましょう」

 国王の言葉に耐えきれなかったのか、少女はついに震えた声をあげる。

「余は、この国の王。この国と運命をともにする、それが最後のつとめ」
「そ……そんな」
「それに誰かが奴等を足止めせねば、お前達二人はとても逃げきれまい。そして、あのような卑劣な者達に好き勝手はさせん、ただではこの命やらんぞ」

 もうこの城内に敵兵は侵入しているだろう。
 となれば誰かが敵の注意をそらさなければ、彼女達が脱出するのは困難なはず。
 ここに残っているのは王である自分と少女と白獅子の赤子だけ。
 ならばやることは一つである、国王は厳しい顔を少女に向けた。

「最後の命令だ、息子をつれてここを離れよ。余は命つきるまで戦い続ける」
「国王様! わたしも!」
「ならん! お前は、もう戦える体ではないんだぞ。それにレオは、どうなる? その子を守れるのは、お前しかいないのだ。……頼む」

 白獅子の国王は少女の懇願を突き放した。
 おそらく彼女は、王とともに戦い一緒に死ぬのが所望なのだろう。
 だがしかし、ここで二人が倒れれば最後の希望は断たれる。

「……うぅ……あぁあ」

 すると、少女は踵を返して嗚咽をあげながら駆け出すのであった。

「行くのだ、ミアナ! 振り返らずにゆけ! その子の生命いのちあるかぎり、我々に終わりなどない!!」

 国王は叫び声をあげた、フードの少女が背を向けて駆ける姿を見ながら。
 彼女の背には悲しみが感じられた。だが、けして終わりではない。
 白獅子は彼女の姿が見えなくなると、満足げに顔を緩めた。

「ミアナ、大魔導騎士隊マジカル・ナイツ唯一の生き残り。後は頼む。……騎士隊かれらがいれば、こうはならなかったのだろうな。しかし、まだ望みはある」





 草木が一本も存在しない領域。そこは以前まで魔族達が占領していた領域である。
 彼等が生きる上で放出した毒素の影響で、ここにはもう緑は戻らない。
 しかし、そんな草木が一本も生えない場所を歩く二人組がいた。
 その容姿は、色白で細身、整った顔立ちにとがった耳、金髪の青年達であった。彼等はエルフである、とある理由でここに来ているのだ。
 その二人の様子だが、一人は足早に歩くが、相方のエルフは片手に鐘をもち頻繁にカランカランと音を鳴らしていた。

「ところで、さっきから何をやってるんだ? そんな鐘なんかならして」

 足早に歩いていたエルフが相方に問いかけた、この枯れ果てた場所に踏み行ってから度々に鐘を鳴らしていたため気になっていたのだ。

「あぁ、これか。ドワーフ達から貰った魔除けの鐘だよ。魔族どもが二度と現れないようにと願いをこめて作った物なんだ」

 そう言って相方のエルフは、またカランカランと鐘を鳴らした。

「なんでも素材は、生け捕りにした魔族を溶鉱炉に沈めて作ったらしいぞ。こりゃあ魔除けには最適だな」
「……そ、そうか。取り合えず、調査をつづけるぞ」

 楽しげに語る相方に、足早に歩いていたエルフはひきつった顔で返答し任務へと戻った。
 彼等がなぜこんなところに調査をしに来たのか、それには理由があった
 事の始まりは異常な現象からだった。
 一週間程前から、この辺りで異様な地鳴りが続いているのである。
 使い物にならないこの不毛の大地を管理するためにも、多少なりこの領域への出入りはある。そんななかで継続的な異様な振動を感知したのだ。

「生き残りの魔族が何かを企んでいるのか、あるいは……」

 足早に歩いていたエルフがいきなり言葉を中断した。
 わずかながら大地が揺れだしたのだ。
 そして、それは一気にやって来た。ゴゴゴゴと唸るような音がなり、立っていられない程の震動が来たのだ。
 いきなりのことに思わず二人は地面に這いつくばる。
 数秒程で揺れはおさまったが、やはりこの振動は異常であった。 

「おい、魔術で増援を送るように伝えてくれ。私達だけでは手に余るかもしれない、増員してこの周囲を詳しく探るぞ」

 青年は起き上がると、鐘を持っていた相方のエルフにそう告げた。
 何かの災いの前触れか?
 とてつもない事が起きようとしているのか?
 エルフの若者は、ただならぬ不安を感じていた。

「……なあ、おい、魔粒子が集まらないんだ。これじゃあ魔術が使えん」
「……なんだと」

 連絡のために魔術を行使しようとしていた相方エルフの言葉を聞いて、顔を色を変えた。
 そして任務に出掛ける前に族長に言われた言葉を思い出した。「魔術が使用できないと言う、異常な現象がおきたら一目散に撤退するのだ」と言う、内容を。 

「……急いで、ここから離れるぞ」

 しかし気がつくのが遅かった。すると、また激しい揺れに襲われた。
 そして大地が大きく引き裂かれた。

「バオォォォォ!!」

 地獄のごとき雄叫びが響き渡り、二人のエルフは天高く吹き飛ばされたのだった。
 大地を引き裂き、土煙をまといながら巨体が姿を表した。
 体長四十五メートル、体重七万五千トン。
 現状の生物学の概念ではあり得ないサイズの四足歩行の怪物であった。
 しかし、それは生物と言うよりも黒き火山と言えそうな灼熱の猛獣だった。
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