大怪獣異世界に現わる ~雇われ労働にテンプレはない~

轆轤百足

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最終魔戦

並の武器は通用しない

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 二人の目線の先に立つ異形のゴブリンが、ズシリズシリと重々しく歩み寄ってきた。足音で相当な質量を誇る魔物であることが理解できる。

石鬼せっき? 初めて見る魔物ですね」

 そう言ったのはニオンであった。
 頑丈そうな外殻に覆われたゴブリンが存在するなど思いもしなかったのだ。
 彼は大抵の魔物の種類は知っている。しかし、今目の前にいるゴブリンは異形中の異形であった。

「変異性魔物」

 黒い外殻を纏いし男が呟くように言った。

「放射線や化学物質などの変異原の影響により、突然変異を遂げた魔物だ。こいつは通常の魔物ではないぞ、気を付けろ」
「異能性魔物? 変異?」
「……今だまともに科学技術に接触したことがない奴等には分からんか」

 聞き慣れない言葉ゆえかニオンは首を捻る、そんな彼を見て男は頭を掻くような仕草をした。

「通常のゴブリンが外的な要因で変貌し、新たな生体機能を得たと考えてもいい」
「新たな機能? あの石のような殻のことですか」

 男の説明を聞いて、ニオンはこちらに向かってくる巨躯に再び視線を向けた。
 そのゴブリンはホブ並に大きいだけでなく、なにより目につくのが全身を覆うその強固そうな殻である。
 新たな機能を得たと言うなら、その外殻こそが新たな能力に違いないだろうと、ニオンは考えた。
 正解だ、と言わんばかりに男は頷いた。

「石鬼のあの外殻は大気中に舞う砂塵や粉塵を表皮上に凝結させたものだ。並の武器は通用しない程の強固な防御壁と言えるな」
「ゴブリンが、それほどの能力を?」

 ニオンは息を飲む。
 ……刀剣が通用しない?
 はたして、そんな存在を弱小魔物と言えるだろうか。
 ゴブリンは数が揃えばこそ厄介だが、単独の戦闘能力は低く脅威となるには程遠い魔物だ。
 しかし、並の攻撃が通じない防御力を持った存在となれば、その脅威度は並の魔物と比較にならないだろう。

「ゴアァァァ!!」

 突如、その強固な殻に包まれゴブリンが雄叫びを響かせながら二人に向かって突撃してきた。重そうな見た目のわりに、その機動力は凄まじいものであった。
 ニオン達は横に跳躍して、ゴブリンの突進を回避した。
 猪突猛進をかわされたにも拘わらず、石鬼は止まることなく、いきおいに任せて肩から前方の樹木に激突した。
 森に轟音が響き渡り、周囲の木々の上にとまっていた鳥達が一斉に飛び立つ。
 巨躯が誇る質量をまともに受けた木はメキメキと音をたてながら倒れてしまった。
 もはや並クラスの魔物が発揮できるような破壊力ではなかった。

「くっ! もうゴブリンどころの攻撃力じゃない」

 石鬼の突進の威力を目の当たりにしたニオンは驚愕の表情を見せる。
 しかし、それを見ても少年は逃げるようなことはしない。そんな考えなど持っていないのだ。
 ニオンは木剣を握り直し身構えた。
 全身から無駄な力を抜き、いつでも瞬発的に動けるように整える。

「ふふ、あの化け物相手にどう戦うか見物だな」

 外殻を纏いし男は、いつの間にか高い木の上に移動していた。そして高所から一人と一匹が向かい合う様を見下ろし小さな笑い声をあげた。

「グゴア!」

 樹木をへし折った石鬼は姿勢を起こし、ニオンを睨み付けた。
 頭部も頑丈そうな殻に覆われており、唯一目元と口元だけが露になっている。そこからギラつく眼光と臭い息を放出していた。
 その凶悪な巨体に向かってニオンは駆け出した。

「グガァ!」

 高速で迫る銀髪の少年を叩き潰そうと、石鬼は殻に包まれた右の拳骨を降り下ろした。
 しかし見切られていたのか、すんでのところで避けられた。
 拳は少年ではなく地面にメリ込み大地を振動せしめた。
 そしてニオンは、攻撃後のその隙を見逃さない。
 地に食い込んだ石鬼の剛腕をかけ登り、巨大な頭を木剣で殴打した。

「くっ……!」

 ニオンの手に痺れが走った。棒切れで岩山を叩いたような手応えであった。
 そして、ボキリと心を込めて拵えたばかりの木剣が半分に折れてしまったのだ。
 あの男が言ったとおり、並の武器は通じないようだ。

「グゴォ!!」

 すると石鬼は左手でニオンを掴みとり、力強く放り投げた。
 ニオンは宙を舞い、背中から近くの樹木に叩きつけられた。

「ぐはぁ!!」

 少年の口腔から血が吹き出る。

「がはっ! ……ごほっ!」

 横隔膜がせりあがり呼吸が苦しい。
 しかし、ニオンは咳き込みながら立ち上がる。彼の目からは、まだ戦意が消えていなかった。
 今だに倒れない敵を目にした石鬼は、少年にとどめをさそうと再びその頑強な拳骨を繰り出した。
 だが予備動作が大きいため、またもや避けられる……だけかに思われた。
 空を切り伸びきった石鬼の剛腕にニオンは絡み付いた。

「ふんっ!」

 ニオンは息苦しいなか全身に力を込めた。

 ――ゴキャッ!!

 周囲に何かが砕けるような音が拡散する。

「グギャアァァァァァ!!」

 そして間いれず怪物が絶叫を轟かせた。
 石鬼の肘周囲の肉が裂け、血塗られた骨が飛び出ていたのだ。右腕を破壊された激痛に呻きのたうち回る。
 その影響でニオンは放り出され地面に転がった。

「ごほっ! ……どんなに……頑丈な鎧を……まとっても……関節技は防げない」

 まだ正常な呼吸に戻らないニオンは、痛みで暴れまわるゴブリンを目でおう。
 彼は伸びきった石鬼の腕に飛び付き、腕挫十字固でその剛腕を破壊したのであった。
 生物の骨と骨の連結部位を破壊する技術、その前ではいかに強固な防具をもってしても無意味である。

「……グゴッ!!」

 痛みで足掻きながらも、石鬼は怒りに燃えて少年に鋭い目を向ける。しかし、いきなりその一つが潰された。
 突如、棒状の物が飛んできて石鬼の目を貫いたのだ。巨躯の右眼球に突き立ったのは折れた木剣であった。

「……グゴッア!」

 右腕に続き右視覚を失った石鬼は、またもやうずくまる。

「……技とは呼べないけど、目を狙うのも有効だ」

 石鬼の強固な殻により折れた木剣を投擲したニオンは、ゆっくりと立ち上がる。
 木に激突したダメージで脚がふらつくが、その強靭な精神力で体勢を立て直した。
 そんな彼の横に黒き装甲が降り立った。

「やるなぁ、変異性魔物を相手にしてここまでとは。代われニオン。こいつは通常の武装では、なかなか死なん」

 そう言って外殻の男は背中に装備されていた金砕棒を手にとると、それをうずくまる石鬼の方に向けた。
 その金棒は重そうな見た目のわりに、男は軽々と扱っている。
 金砕棒は丁寧に作られた物なのか、黒い金属の本体の所々に金の装飾がされ、持ち手には赤い帯状の糸が巻かれている。
 ……これも先生が作った物なのか?
 そう心で呟きニオンは芸術品のような武装に見とれた。

「ところでニオンどうだ? あのゴブリン、通常小鬼そこらへんのより美味うまいかもしれんぞ。食ってみるか?」
「先生、いかに滋養があっても常に食べるような物ではないと思います。あの時は、あくまでも食糧に困窮したからです」
「はは、違いねぇ」

 男は冗談混じりの会話を少年としたあと、金砕棒を手にしたまま跳躍した。

「大質量破砕武装『剛接大山ごうせつたいざん』!」

 高さ十メートル程までに到達した男は、そのまま落下しながら金砕棒を振りおろした。
 そして手にした重金属の塊が石鬼の頭に叩き込まれる。
 ゴブリンは粉微塵に成りはてた、だけではすまなかった。
 森全体に激震と大音量が拡がり、木々は倒れ、砂塵や土が吹雪のように巻き散ったのだ。
 石鬼がいた場所を中心に大きなクレーターが形成され小さな地割れも起きていた。
 男は先程、金砕棒を軽々と手にしていた。だがしかしその威力はまるで隕石の衝突。物凄い大質量の物体で大地を殴り付けたようであった。
 そしてクレーターの中央付近で外殻の男は立ち上がり、強大な破壊力を生み出した金砕棒を背中に戻した。

「大量の金属を圧縮して拵えた金棒に質量制御装置を組み込んだ武装だ。内蔵された精密圧力検知器に反応があった時のみ制御装置が停止する仕組みになっている。つまり常時は扱いやすい重量だが、一定の質量を持った対象に激突すると瞬間的に超重量に戻る。……ん? やっべぇ」

 男の目に入ったのは地に横たわるニオンであった。
 どうやら金砕棒の一撃から発生した余波の影響で吹き飛ばされたようだ。 
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