大怪獣異世界に現わる ~雇われ労働にテンプレはない~

轆轤百足

文字の大きさ
上 下
180 / 357
最終魔戦

ガスマスクは語る

しおりを挟む
 そこは魔王の都市。しかし、そこにはもう誰かが住んでいた痕跡などありはしない。
 周囲にあるのは黒い塊ばかり。超高熱で土壌と建物が融解し、それが冷えて固まったものだ。
 その冷え固まった大地を歩く姿が一つあった。

「……なんて火力だ。原型をとどめた物はなしか」

 そう言いながらガスマスクの男は冷え固まった地面に手を触れた。この周辺の灼熱がおさまったのは都が焼かれて二日後のことであった。
 辺り一帯が超高熱で焼かれたがため、その残留熱により誰も近づけないほどの灼熱地獄であったのだ。

「……あるじ様」

 地面を調査する男の背後に一人の女性が近づいて来た。しかし、その女は人ではない。それは青肌の美女。 

「ひとまず、ご苦労だったな。これで大方の魔族どもは片付いただろう。無論、生き残りがいないか調査は続ける」

 ガスマスクの男は女性に振り返らず返答した。

「……はい、これも仕方ないことなのですよね」

 青肌の女は黒く固まった地面を見つめながら、悲しげな表情をうかべた。この黒い固形物の中には建物だけでなく、元々は人間だった魔族達も含まれているに違いない。それを足で踏んでいると考えると、嫌悪感を抱かずにはいられなかった。
 そんな彼女の様子に気づいたのか、ガスマスクの男が振り返る。

「懸命に生きている魔族達の姿を見ていて、奴等に愛着でもわいたか?」
「いえ! ……そのようなこと」

 男のいきなりの問いに、女は慌てて否定をのべた。

「しかし、そうなっても仕方ないことだろう。実際のところ魔族達やつらは、けして腐った連中ではなかった。大多数の魔族は、ただ生きていたかっただけかもしれん……だが」
「……そのとおりです、あなたの言う通り」

 話してる途中に、男の背後から震えたような声が響いた。

「……みんな、けして悪い子達ではなかった。むしろ、今この世を生きている者達より清らかだったかもしれません……」

 青肌の美女は涙を溢していた。彼女の頬に伝わった涙が魔族を含んだ大地にポタポタと落ちた。

「そうだな、お前の考えも分かる。だが奴等は許されぬ命。もしこのまま石カブトのような魔族に対処できる奴等が現れなかったら、おれが魔族達を皆殺しにしていただろう。手遅れになる前にな。どうすることも、できなかったんだ」

 涙を溢す美女の頭を優しくなでながら男は言葉を発する。しかし、その声はマスクの影響で濁っていた。
 そして、しばらく涙を溢していた青肌の美女は感情を整えると真剣な表情を見せた。

「申し訳ありません、お見苦しいところを。ところで、そろそろ聞きたいのですが、あのニオンという剣士とは、いつごろから?」
「……おれの最初にして最強の弟子のことだな。そうだな、あいつと出会ったのは十年以上も前のことだ」




 そこは、とある森の中であった。木に吊るした麻袋を殴り付ける銀髪の子供の姿あった。まるで鬱憤を晴らすようにも、闘争心を養っているようにも見える。
 そして殴り付ける麻袋からは葡萄酒のような液体がボタボタと流れ落ちていた。

「はぁ、はぁ……ふんっ!」

 息を荒げ両拳を真っ赤に染めていたのは四、五才ぐらいの少年であった。その彼は最後のとどめと言わんばかりに麻袋に渾身の一撃を放った。
 その衝撃で袋が限界に達したのだろう、破れて中からゴブリンの死体がドサリと地面に落下する。
 ゴブリンの亡骸は至るところが陥没し、眼球が飛び出していた。

「ふぅ、またゴブリンを生け捕りにしないと……」

 その発言から、ゴブリンは生きたまま少年の当て身の道具にされていたことが分かる。
 少年は額の汗を拭うと次の稽古に移った。手にしたのは木剣であった。
 どれだけ振ってきたのか、木剣の持ち手の部分が大きくすり減り、さらにドス黒く変色している。かなりの血が滲んでいるのであろう。
 さっそく、それを振ろうと木剣を振り上げた瞬間であった少年はいきなり動きを止めた。異様な気配を感じたのだ。

「……どなたですか、私に何か御用ですか?」

 そう少年が言い放つと、近くの茂みからそれは現れた。ガスマスクを被った渡世人のような大男が。

「すまない、稽古を邪魔したくなかったんだ」

 その不気味な男は大胆に少年に歩み寄った。
 しかし銀髪の少年は、そんなズカズカ近づいてくる男に警戒するような素振りを見せなかった。おそらく分かっているのだろう、目の前の男に敵意がないことを。

「坊主、名は?」
「私は、ニオンと言います。あなたは?」

 男の問いに、ニオンは素直に返答した。
 まだ幼いながらも、ニオンの言葉使いは教養がなっているものだった。

「そうだな、名前は教えられんが、祖国じゃあ伝説の鍛冶師とか神君と呼ばれていたな」
「あなたも剣士なのですか?」

 名を言わぬ男の腰に携えてある刀を見てニオンは問いかけた。
 それは今まで見たことのない刀剣だった。やや反りがあるため刀であるのは一目で理解できる。しかし、各所に戦闘には不必要な装飾がされており美術品のような一品であった。

「まあな、あらゆる世界に存在する剣客達を観察して剣術を磨いていたからな」

 男のその言葉に首を傾げるニオン。

「……あらゆる世界?」
「こっちの話だ。それより、お前なかなか筋があるな」

 男はニオンの稽古に利用していた道具を一瞥する。
 当て身の鍛練に利用されていたゴブリンの死体と、それをつめていた麻袋。綱登りのために、木から吊り下げられた太いロープ。そして今少年が握っている木剣。
 どれを見ても相当に使い込まれている。ゆえに、ニオンが今まで激しい稽古をしてきたことが理解できた。

「ふふ、膂力、胆力、残虐性、どれも見所がある。お前さんの剣の指南者は?」
「私には、そんなもの存在しません」

 尋ねる男に、ニオンは怒りや恨みがたまっているかのような顔を見せた。

「私は育児を受けていませんから。礼儀や言葉使いは乳母から、剣の握り方や振り方は指南書から学びました。私は魔術も英力も保有していない、その理由により父から放棄されたのです」

 ニオンは歯を食い縛りながら語る。力がないために見限られ、父からさんざんに侮られ邪魔者あつかいを受けてきた。その怒りと屈辱を厳しい稽古で晴らしてきたのだ。

「……ならば、やることは一つ。そんな神の祝福にも負けぬ、剣術と肉体を物にする。それが独自にだした答えです!」
「ほう、素晴らしい。純粋すぎる捉え方だ、それでいいんだ。お前、おれのところで鍛練をつまないか?」

 男は愉快そうに言うと、ニオンの肩にポンと手をおいた。 
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

バグった俺と、依存的な引きこもり少女。 ~幼馴染は俺以外のセカイを知りたがらない~

山須ぶじん
SF
 異性に関心はありながらも初恋がまだという高校二年生の少年、赤土正人(あかつちまさと)。  彼は毎日放課後に、一つ年下の引きこもりな幼馴染、伊武翠華(いぶすいか)という名の少女の家に通っていた。毎日訪れた正人のニオイを、密着し顔を埋めてくんくん嗅ぐという変わったクセのある女の子である。  そんな彼女は中学時代イジメを受けて引きこもりになり、さらには両親にも見捨てられて、今や正人だけが世界のすべて。彼に見捨てられないためなら、「なんでもする」と言ってしまうほどだった。  ある日、正人は来栖(くるす)という名のクラスメイトの女子に、愛の告白をされる。しかし告白するだけして彼女は逃げるように去ってしまい、正人は仕方なく返事を明日にしようと思うのだった。  だが翌日――。来栖は姿を消してしまう。しかも誰も彼女のことを覚えていないのだ。  それはまるで、最初から存在しなかったかのように――。 ※第18回講談社ラノベ文庫新人賞の第2次選考通過、最終選考落選作品。 ※『小説家になろう』『カクヨム』でも掲載しています。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。 だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった 何故なら、彼は『転生者』だから… 今度は違う切り口からのアプローチ。 追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。 こうご期待。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

平凡冒険者のスローライフ

上田なごむ
ファンタジー
26歳独身動物好きの主人公大和希は、神様によって魔物・魔法・獣人等ファンタジーな世界観の異世界に転移させられる。 平凡な能力値、野望など抱いていない彼は、冒険者としてスローライフを目標に日々を過ごしていく。 果たして、彼を待ち受ける出会いや試練は如何なるものか…… ファンタジー世界に向き合う、平凡な冒険者の物語。

異世界転移しましたが、面倒事に巻き込まれそうな予感しかしないので早めに逃げ出す事にします。

sou
ファンタジー
蕪木高等学校3年1組の生徒40名は突如眩い光に包まれた。 目が覚めた彼らは異世界転移し見知らぬ国、リスランダ王国へと転移していたのだ。 「勇者たちよ…この国を救ってくれ…えっ!一人いなくなった?どこに?」 これは、面倒事を予感した主人公がいち早く逃げ出し、平穏な暮らしを目指す物語。 なろう、カクヨムにも同作を投稿しています。

天日ノ艦隊 〜こちら大和型戦艦、異世界にて出陣ス!〜 

八風ゆず
ファンタジー
時は1950年。 第一次世界大戦にあった「もう一つの可能性」が実現した世界線。1950年4月7日、合同演習をする為航行中、大和型戦艦三隻が同時に左舷に転覆した。 大和型三隻は沈没した……、と思われた。 だが、目覚めた先には我々が居た世界とは違った。 大海原が広がり、見たことのない数多の国が支配者する世界だった。 祖国へ帰るため、大海原が広がる異世界を旅する大和型三隻と別世界の艦船達との異世界戦記。 ※異世界転移が何番煎じか分からないですが、書きたいのでかいています! 面白いと思ったらブックマーク、感想、評価お願いします!!※ ※戦艦など知らない人も楽しめるため、解説などを出し努力しております。是非是非「知識がなく、楽しんで読めるかな……」っと思ってる方も読んでみてください!※

処理中です...