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最終魔戦

傷を負いし者達

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 薄暗い部屋の中央で椅子にかけた女性が、困り果てたように頭を抱えていた。
 その原因は、勇者からの報告の内容にあった。
 念話の魔術により、勇者の言葉が頭の中に入ってくる。

(申し訳ありません、我々は何の役にもたてませんでした。勇者失格です)
(もうよい。……あとの事は、こちらでどうにかする)

 勇者の悲痛な言葉に、女性は返答の思念を発した。

(あとの事とは、どう言うことです?)
(余計な事は考えなくてよい。よいか、あとは私に任せるのだ)
(……しかし)
(くどいぞ。……それと頼みがある。今宵、戦いに勝利したことを祝って、城で宴を執り行う。その時に、奴等の代表の者と話がしたいのだ。その者をつれてきてほしい。すぐに迎えの者をよこす)

 そう言って、女性は一方的に念話を断ち切るのであった。




 ドワーフの集落にある大きめの建物、そこでは負傷者達が看護されていた。ちょっとした治療所と言えるだろうか。
 包帯だらけの者もいれば、添え木をされている者まで様々。戦死者達の亡骸は別の建物に集められている。
 そんな空間で、一人の少年が呻くような声をあげた。

「……うぅ……うぐっ」
「ロラン、痛むの?」
「……だ、大丈夫だよ、心配ないさルナ」

 ミイラのように全身に包帯を巻かれたロランがベッドで横になっていた。
 彼は生身で魔王軍幹部の強力な魔術を受け続けたのだ。この治療所内では最も重傷者である。
 火傷、裂傷、骨折、その数は多くて数えられない。

「まったくもう、とんでもない無茶するから。あなたはオボロ師匠と違って頑丈な体じゃないんだから、正面から魔術を受け止めるようなことしちゃダメでしょ」
「……ごめんよ、ルナ。……でも後悔はしていないよ」
「……なに言ってるのよ! 死んでも、おかしくないぐらいの傷だったんだから!」

 目に涙を溜めて、叱責するように語るルナ。
 それに、無理をしてるのはロランだけではない。
 ルナは作業にあたるアサムに目を向けた。
 アサムはダークエルフの女性の治療に勤めていた。彼は肩と脚の肉を抉られたのだ、傷は魔術で塞がったが本来ならまだ無理はできないはず。
 そんなアサムは平気そうにしながら、女性の腕に塗り薬を塗布する。

「これで、すぐ良くなると思います」
「……いったい、何を塗ったのだ」
凝膠体ジェル状のアミノ酸に、精密に計量した十数種類の薬草成分を混ぜ合わせた治療薬です。アミノ酸が細胞に変容するため、完治に数日かかる傷も数時間で塞がるはずです」
「すごいな、君が作った治療薬なのか?」
「いえ、僕一人で作った物じゃありません」

 その二人の様子をルナは眺めていた。

「……ほんと、男は無茶ばかりする生き物だわ。……でも、そこが良いのかもしれない」

 女である自分よりアサムは非力だろう。彼との身長差は二十センチ以上。
 それでもアサムは身を投げ出して、自分をゴブリンの矢から守った。愛らしい容姿に似合わず勇敢な姿だった。
 ルナは、あの時の光景を思い返した。

「……まだ修練が足りないわね。……守られているようじゃ」
「頼みがある」

 彼女はより強くなることを決心していると、アサムから治療を受けていたダークエルフの暴走が始まった。

「……その、なんだけど……母乳が出るようになったら……吸わせてくれないか?」
「えっ! ……あの少し落ち着いて……」
「マシュマロのごとき胸だな」

 ダークエルフはアサムの胸に手を伸ばそうとした。

「……ええ、まあ、はい。……僕、ちょっと太ってますから」
「……どうせなら、今でもかまわん。ありつけたら傷の痛みも忘れられるだろう」

 さすがにアサムの貞操の危機を感じたのか、ルナは形相を変えて駆け出していた。

「ちょっ! アサムから離れなさいよ!」
「何する気よ!」
「なにオッパイ掴もうとしてんのよ!」

 そして、その場にいた他のダークエルフ達も。




 治療所の玄関付近。
 ドワーフ達の建築作業を幽霊のごとく眺める三つの姿。
 そんな情けない姿を見せているのは、勇者、剣聖候補、賢者であった。しかし、ユウナだけは落ち着いた表情をしていた。
 彼女達も負傷者と同じく、包帯を巻かれ、添え木をされている。

「……女王様にどんな顔をして、会えばいいのかな?」

 呟くは剣聖候補のジュリである。魔王軍幹部と戦い、そして敗れた。しかも手も脚もでずに。
 そして、その内容を先程ユウナが魔術で女王に報告した。
 
「ねぇ、わたし達って英雄なんかじゃないのかな? ……強力な魔術がある。最高級の装備もある。今は使えないけど英力だってある。……歴代の英雄達は、それらを駆使して魔王軍と戦ってきた。そして、勝ってきたのに」

 ジュリの心は押し潰されそうだった。歴代の勇者達は魔王の軍勢に勝ち続けてきた。
 しかし自分達は負けた。しかも、あまりにも不様な敗北。
 ジュリの精神もプライドもズタズタであった。わずかの間に二度も負けた。
 オボロに負けたのは仕方がないことだろう。
 あれは別格としか言いようがない、それこそ単身で魔王軍を壊滅させてもおかしくないような強さだった。あれは神や世界からの祝福や助力が不必要になった怪物中の怪物としか言いようがない、規格外すぎる存在。
 ……しかし重要なのは、自分達が魔王軍幹部に手も足もでなかったこと。
 魔王軍と戦うことが宿命の勇者達。それが圧倒され、地面に不様に倒れていた。
 魔王軍を実質的に倒したのは、名も知られていないような雇われ集団と冒険者。

「……わたし達は、この国に必要ないのかな? 魔王軍を倒せない英雄なんていらないよね?」

 大量の涙を溢し語るジュリ。
 日頃の強気な態度は、どこにもない。今やただの剣を持った小娘でしかない。
 すると勇者であるユウナは、泣くジュリの肩に優しく手をおいた。

「女王様には全て正直に伝えたよ。今の地位を全部返上してさ、一からやり直そうよ。きっとまだ強くないんだよ、私達」

 ジュリとは違いユウナは、どこか清々しげだった。まるで繋がれていた鎖が切れた様子。

「……ユウナさん」

 勇者の発言に賢者であるヨナも涙を流した。
 その時だった。彼女達の目の前の地面に転移の陣が発生した。
 それを見てユウナは一瞬驚く様子を見せたが、誰がやって来るかは分かりきっていた。

「きっと迎えの者だよ。女王様が、よこすって言っていたから」

 そして光輝く陣から鎧を纏った男が現れた。

「勇者様がた、大事はございませんか?」

 魔法陣から姿を見せたのは城の騎士であった。
 英力を持つ英雄ではないが、国に従事する騎士団の一人である。並の冒険者なんかよりは、はるかに強い。

「騎士団の者だな」

 男に声をかけたのはジュリであった。
 すると騎士は包帯まみれの彼女達を見て、大げさに声をあげる。

「おお! なんとお痛ましい姿に。……女王様や国のために、そのような姿になるまで! 我々は感激です」

 そして騎士は周囲にいる人間でない作業中の多種族達に鋭い視線を送る。

「ちっ! ……いまわしい亜人風情が。勇者様がたが必死に戦ってボロボロだと言うのに……自分達の巣窟直しを優先するとは」

 それを聞いて、訝しげにユウナが口を開いた。

「まって、まって、何か勘違いしてない? 彼らは……」
「あっ! そうそう! ご存じかと思われますが、今宵は城で宴がございます。もちろん主役は勇者様がたです、女王様は大喜びですぞ」

 ユウナの発言を遮り話を続ける騎士。
 その言葉にユウナは不審をつのらせた。

「……いったい、どう言うこと?」

 女王には、自分達勇者は魔王軍幹部を相手にして力がまったく及ばず敗北したと告げたはず。
 そして魔王軍を実質倒したの石カブトであることも伝えた。
 なのに、なぜ自分達が主役なのか?
 すると騎士の男が、自身の後ろから迫ってきた巨大な影に覆い尽くされた。 

「おい、お前は城のもんか?」
「なんだ? 亜人風情が気安く人間に……」

 不愉快そうに騎士は振り返るが、自分の背後に佇む者を見て言葉をつまらせた。
 目の前にいるのは熊の毛玉人。熊の毛玉人自体は珍しくない、しかし視界にいるそれは山のごとき存在であった。

「女王に会わせろ。あいつは約束を果たさなかった」

 オボロは騎士の男に詰め寄る。その威圧感はすさまじいものであった。

「……な、なにを! 亜人ごときが女王様に謁見するなど、身の程をわきまえよ! だいたい城に入れるのは人間だけ、亜人が城の門をくぐるなど許されるわけなかろう!」
「なんだと!」

 オボロは声を濁らせて、騎士を片手で軽々と持ち上げた。

「だあぁぁ! はなせ! 我はメルガロスの騎士だぞ! 亜人が気安く触るな!」
「たった一人の剣士に蹂躙された連中が、よく言うぜ」

 オボロのその言葉を聞いて、ジュリが首を傾げる。

「一人の剣士に……蹂躙?」

 彼女が考え込んでいると、オボロと騎士の間にユウナが入った。

「落ち着いて。女王様からの指示で、今夜の宴にあなた達の代表をつれて来てほしいとの事だったわ。話がしたいそうなの」
「ほう、それは話が早いな」

 オボロはニッと口角をあげると、手から騎士を離した。

「あてっ!」

 落下して尻餅をつく騎士。そして憤慨して、喚きたてはじめた。

「貴様! 亜人の分際で、この無礼は許されんぞ! 極刑に……」
「ああん?」
「ひいぃぃ!」

 オボロの一睨みで騎士はうずくまってしまった。そして小動物のように震え上がる。
 すると、その場に身長ニメートル近くはあろう美青年がやってきた。

「隊長殿、女王様との謁見は私に任せていただけないでしょうか」
「……ニオン?」
「この国は人間至上ゆえに、あなたが出向くと色々と問題がおこるかもしれませんので」
「そうだな。これは、お前に一任するか」
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