大怪獣異世界に現わる ~雇われ労働にテンプレはない~

轆轤百足

文字の大きさ
上 下
130 / 357
最終魔戦

不屈の者

しおりを挟む
 ロランに残された武器は自分の五体だけであった。
 もともと魔力はないため魔術は扱えない。服も装備もさっきの魔術で失った。
 もう、すがるものはない。
 しかし、その過酷な状況ゆえか闘志がたぎってくる。自分に与えられた苛酷な試練こそ、かえって精神に揺さぶりをかけてくる。

「うおぉぉぉ!!」

 気合いを入れるように雄叫びをあげるロラン。
 全身の血液が煮えたぎるかのような感覚だった。もはや魔王軍の幹部が相手でも恐怖や動揺も感じない。
 正気の状態ではなくなった。

「やっちまえ、ロラン! その女をぶち殺すことができれば、お前はもっと強くなれる」

 オボロのその一言が、さらに闘志の燃料になった。

「やってやるぅ!」

 叫び走り出すロラン。
 もはや恐怖も苦痛も克服した戦士だった。敵の攻撃など恐るるにたらず。

「……ええい、近寄るな! ストーン・ブリット」

 狼狽えたナツミは、ロランを近づけまいと魔術を行使した。
 魔粒子が凝縮され生み出されたのは無数の石の弾丸。それが高初速で放たれた。

「……くっ!」

 ロランに高速で一直線に向かってくる円錐状の石。
 ロランは、それを避けるためギリギリまで引き寄せてから横に飛んだ。だが数が多いためか何発かは体に被弾した。
 しかし、そんなダメージなど気にせずロランは駆けた。

「こんな攻撃じゃ、ボクは倒れない!」 
「言ってくれるわね……。なら次はどうかしら」

 ナツミは再び魔粒子を圧縮する。生み出されたのは細長い氷の針、しかし今度はたったの二発である。

「アイス・スピア!」

 さきほどの石の弾丸と同様に、鋭い氷の針が高速で放たれた。
 さっきの石の弾丸とは違い数が少ない。ロランは難なく避けられると思い、速度を落とさずそのまま走る。
 そして、二つの刺突をすれ違うように避けた。
 そのままナツミに一気に接近しようと、した時だった。

「ぐぅ!」

 いきなり痛みに襲われ、ロランは転倒した。
 そして激痛のする部位に目を向ける。
 左脇腹と右大腿部に、氷の針が深々と突き刺さっさていた。

「……避けたはず、なのに」

 そして、気がついた。氷の針は背面側から突き刺さっている。
 となると考えられるのは一つだった。
 避けた氷の針が向きを変えて、後ろから突き刺さっさてきたとしか言いようがない。
 しかし魔術は多少なり軌道の制御はできるが、そんな急な方向転換をするなど無理な話である。
 ではなぜ、このようなことが可能なのか?

「まさか冒険者相手に魔王様から頂いた力を使用するはめになるとは思わなかったわ。この超常の力により、わたくしは魔術の向きを自由に操作できるのよ。こんな風にね、ストーン・ブリット!」

 再度放たれた制御されし弾丸は迷うことなくロランの体に食い込む。

「がはっ!」

 今度は左大腿部と右肩を抉った。ポタポタと彼の足下に血だまりができる。

「ふふふ、魔力切れを狙っても無駄よ。わたくしには魔王様の力があるから。それにより魔力を無限に供給できるのよ」

 笑い声をあげながら、うずくまるロランを見据えるナツミ。
 彼の負傷や出血のぐあいを見ると、とてもではないが挽回できるようには見えない。

「両脚の負傷、それにその流血。もうあなたは、走れそうにないようね……」

 ナツミがロランを嘲笑う。
 しかしロランは傷や出血など気にかけた様子もなく立ち上がり、また走り出したのだ。
 もちろんナツミに向かって。

「バカな! なぜ? ……ごはぁ!!」

 呆気にとられ対処が遅れた、ナツミは顔面に強烈なパンチをもらうはめになった。
 少年とは言え、強靭な肉体を持つ毛玉人の拳。彼女は地面をゴロゴロと転げた。

「……ぐぬぅ、冒険者ごときに幹部がなんと言う醜態。……はっ!」

 気づいた時には、またロランの接近を許していた。起き上がりきれていないナツミの腹部に爪先が食い込んだ。
 その蹴りも強烈であった。彼女は、また地を転げた。

「……ぐぼぉえっ! がはっ! ごほっ! ……なんで」

 胃液を撒き散らしながら倒れた彼女は、咳き込んだあと悲痛の声を漏らしながら顔をあげた。

「……なぜだ? わたくしは魔王軍幹部。……それなのに、なぜ冒険者ごときに……後れをとっていると、でも言うの?」

 ナツミの目から涙が溢れる。これ程の屈辱など、味わったことがない。
 勇者一党を圧倒した魔王軍の幹部が、冒険者の少年にここまで追い詰められるとは。
 一瞬、と言う考えが頭の中をよぎる。
 冒険者ごときに負けなど許されない。
 そして、その少年がまた拳を振り上げて向かってくるのが分かった。

「……ぐぅ! ……剛障壁ハイ・ウォール!」

 なんとかロランの次の一撃を防ごうと、ナツミは自分の前面に防御壁を展開する。
 ロランは躊躇わず壁を殴り付けた。
 拳の皮膚が裂け、血が飛び散る。さすがにオボロのようには、いかないようだ。
 すると、ロランは大きく跳躍した。
 鍛えられた毛玉人の脚力によるジャンプは、十メートルを楽々越える。
 ロランは防御壁を飛び越え、右膝を突き出してナツミの体に向けて着地した。

「があぁぁぁぁぁ!!」

 絶叫するはナツミ。
 ロランは、倒れているナツミの背中、それも左腎臓に全体重を乗せたニー・ドロップ膝落としを叩き込んでいた。
 落下エネルギーと全体重が右膝の先端に集中した一撃は強烈であった。
 ナツミの体から何かが潰れたような嫌な音が鳴る。

「あう……ううあ……ああ」

 人体の代表的急所の一つである腎臓に強烈な打撃を受けたのだ。
 あまりの激痛に身動きが取れないナツミは、小さな悲鳴をあげるしかできなかった。

「魔族とは……共存不可能……この世から消さなければならない」

 ロランは小さく呟くように言う。
 オボロが告げていたことを、しっかりと頭の中に入れていた。
 魔族はいるだけで地を枯らし、世の自然を崩壊させる存在。
 ならば、やるべきことは、ただ一つ。
 ロランは、ナツミの長い髪の毛を握り無理矢理に頭部を上げさせた。
 そして彼女の頭を掴み、力を込めて地面に叩きつける。
 しかし相手は魔王軍の幹部、この程度で死ぬはずがない。また二度三度と叩きつけるが絶命しない。

「ロラン! 首だ! 首をやれ!」
「分かりました、師匠」

 オボロの言葉にロランは頷く。
 そして今度はナツミの髪と下顎を確りと握り、全力で捻った。
 ゴリッ、ベキッと頸椎が砕ける音とともに、感触が手に伝わってきた。

「……や、やった!」  

 安堵したように手を離すロラン。
 つかんでいたナツミの頭部が地面に落ちる。
 彼女の首は二七〇度まで捻れ、口から血泡をこぼしていた。
 そして、ついに限界が来たのかロランは倒れこむ。




 倒れたロランをオボロは抱きかかえた。

「ロラン、良くやったな。オレがいなくなった後も、けして怠けていなかったんだな。お前は、立派な奴だぜ」

 オボロも認めるほどの立派な戦いぶりであった。
 魔王軍の幹部の討伐など、普通なら英雄が成し遂げるもの。
 しかし一介の冒険者がそれほどのことを、事実たった一人でやってのけたのだ。紛れもない偉業である。
 その時、ベキベキと砕けるような音が聞こえた。
 それを発しているのは、ナツミの死体だった。

「……な、なんたることだ! 魔王軍の幹部が、たかが冒険者に殺された、だと! そんなことあってたまるか!」

 突如として死体が起き上がった。
 ブラブラ揺れていた頭も再生するがごとく正常な位置に戻っていく。

「わたくしは死なない。魔王様のから授かった力があるのだから。わたくしが死を望まなければ、何度でも蘇ることができるのよ」 
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

ビキニに恋した男

廣瀬純一
SF
ビキニを着たい男がビキニが似合う女性の体になる話

アンドロイドちゃんねる

kurobusi
SF
 文明が滅ぶよりはるか前。  ある一人の人物によって生み出された 金属とプラスチックそして人の願望から構築された存在。  アンドロイドさんの使命はただ一つ。  【マスターに寄り添い最大の利益をもたらすこと】  そんなアンドロイドさん達が互いの通信機能を用いてマスター由来の惚気話を取り留めなく話したり  未だにマスターが見つからない機体同士で愚痴を言い合ったり  機体の不調を相談し合ったりする そんなお話です  

身体検査

RIKUTO
BL
次世代優生保護法。この世界の日本は、最適な遺伝子を残し、日本民族の優秀さを維持するとの目的で、 選ばれた青少年たちの体を徹底的に検査する。厳正な検査だというが、異常なほどに性器と排泄器の検査をするのである。それに選ばれたとある少年の全記録。

処理中です...