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怪物達の秘話

星外魔獣

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 ニオンの『星の外』という言葉を聞いたメリッサは、完全に理解不能といった状態である。

「えーと、どういうことだ?」
「ああ、申し訳ない。まだ、あなた方はこの惑星の大気圏外に広がる空間領域を知らないのでしたね」

 ニオンが言っている空間領域とは宇宙空間を意味している。
 そもそも宇宙空間を認識している者など大陸全土を探し回ってもいるかどうかである。
 今だに世界は水平にできていると思っている人々もいるぐらい。
 メリッサが理解できないのも仕方ないことだった。

星外魔獣コズミックビーストとは、まだあなた方が認知していない未知の領域からやって来た怪物と言えば分かるでしょうか」
「未知の領域?」

 ニオンは無言で頷き、再び空に目を向けた。 

「……なぜ、そんな未知の領域から怪物が?」

 空を見つめるニオンに問いかけるメリッサ。彼の顔は優しげに見えるが、その内には何かとんでもない秘密を抱えているのが分かる。

「その理由こそが、このペトロワ領に存在する機械文明です。機械の発展した場所にしか星外魔獣は現れていません。ゆえに今のところは安心していただきたい、他の地域に星外魔獣が姿を見せることはないと思います。あくまでも現状の話ですが」

 メリッサも、その理屈には多少納得したのか頷く。
 実際、星外魔獣たるマグネゴドムはここで見たのが初めて。他の領地に、あのような異常な怪物に類似した生物が現れたという情報もない。
 では、なぜ惑星外魔物は機械に引かれるのか?

「……なぜ、お前達が持つ機械とやらに寄せられる?」
「奴等は発達した文明を察知すると、そこを襲撃する習性をもっているものと思われます」
「……そ、そうか」

 やはりニオンの話を完全には理解できない。メリッサは、とりあえず説明を続けてもらうことにした。

「おそらく機械的に発生するエネルギーや電磁波などを感知しているのではないかと思われます。……つまり機械文明が発達するうえで絶対避けられない障害です」
「……どちらにせよ、人の敵であることに違いないな」

 メリッサは息をのむ。
 未知の領域から襲来してくる怪物も恐ろしいが、この男はいったいどこまで世界を知っているのか?
 ニオンが認識している世界と、自分が見ている世界とではどれだけの差があるのか。
 メリッサは、そんなことを思った。

「だがニオン、なぜそれほどの脅威に見舞われているのに女王様に報告せず、隠し通しているのだ? 王国と協力すれば……」
「もちろん、あなたが言いたいことは分かります」

 メリッサの発言を遮るニオン。
 なぜ、この土地だけでそれほどの問題を抱えているのか? 他の者達と協力すれば対処が楽になるだろうに。メリッサは、そう考えたのだ。

「もし、この話を国の全土に公表したら、どうなると思います? おそらく大混乱が起きるでしょう。……今だに国家同士がいがみ合ってるところもあります。そんな状況で、星の外から強大な脅威が飛来していると告白したら」

 だが、公表しない理由これだけではない。ニオンは話を続ける。

「……そもそも公表したところで信じてはくれないでしょう」

 その通りである。第一宇宙空間を知る者がいないので、その領域から怪物が飛来してきていると言っても、頭のおかしな連中と見られるのがオチである。
 メリッサも、それには納得していた。自分もマグネゴドムの存在を知らずに、この話を聞いていたら微塵も信じなかっただろう。

「それに奴等には、魔術では対抗できません」 
「どう言うことだ!」

 最後に耳を疑いたくなる言葉が出てきた。

「星外魔獣のほとんどの個体は魔術の使用を妨害する能力を持っているのです」
「……魔術が使えないだと。しかし、あの巨人と戦ったときは……」

 森でマグネゴドムと対峙したさい、魔術の一つである生体鎧は行使できていたが。
 それにたいし、ニオンは静かに返答した。

「あのマグネゴドムの幼体は偶然にも魔術を妨害する能力を持っていなかったのでしょう。むしろ持っていない個体のほうが珍しいくらいです。だからこそ、あなたは運がよかったのです」

 ニオンの運がよかった、という発言にメリッサは冷や汗をかいた。
 もしあのマグネゴドムが魔術を無効にする能力を持っていたら生体鎧を打ち消され、最後の鉄拳を撃ち出す攻撃で確実に命を絶たれていただろう。
 彼の言う通り、メリッサは本当に運がよかったのだ。
 そして、ニオンは説明を再開する。

「奴等は体内器官から特殊な波動を発することで、魔術の発動に必要な圧縮状態の魔粒子を拡散させてしまうのです」

 ここは魔術が拠り所の世界。
 魔術が使えなくなれば、一気に原始レベルの戦いを強いられてしまうだろう。
 そんな状態では、星外魔獣一体だけでも国が滅びかねない。
 メリッサは改めて、その脅威性と異常性が理解できた。

「星外魔獣の存在を知る者は、この領地でも私達石カブトを含めてごく一部です。早期発見のため各地に探知機を設置して、私達は事にあたっています」
「……私達、親衛騎士隊ごときが安易に首を突っ込んでいいような案件ではないな。このことは誰にも口外しない」
「……しかし、いずれ表沙汰になるときが来るかもしれません。それまでには事態を沈静化させることに勤めます。そのために隊長殿は石カブトを結成したのです」

 それが石カブトが設立された理由なのだ。惑星の外から飛来してくる脅威に対抗する組織。
 表面上は領主の私兵にして雇われ屋だが、その本質は宇宙生物の襲来に対処するための集団なのである。




 メリッサはニオンの下で鍛練と稽古を積み、実力と技量をメキメキとつけていた。
 そしてニオンが悪徳領主エンゲラを拘束してから二日後のこと、メリッサに変異性魔物との戦闘許可がでるのであった。
 とある森の開けた場所、そこには三人の姿があった。
 中央で佇むメリッサの後では、ニオンとナルミが彼女を見守っている。
 ナルミは随伴で来ただけである。
 開けた場所ゆえ、メリッサの視界は良好である。
 しかし、相手は変異性魔物。油断は許されない、それが災いして大轆狼おおろくろうに負けたのだから。

「……近づいてるな」

 メリッサは目を閉じて聴覚を研ぎ澄ます。周囲に魔物の姿はないようだが、それは目標が視認性が低い状態であるからだ。
 しかし音で敵が接近していることは分かる。
 そして、バキバキと枝をへし折る音とともに、左の藪の中から巨大な熊が突進してきた。
 その体毛は濃緑、濃紺、茶色で乱れた迷彩色。
 迷彩大熊かもふるぐまという変異性魔物である。
 この魔物は体毛を変色させることで、周囲にとけ込むことができる。
 さらに、その眼球は熱源を可視できるサーモグラフィーのような性質を持つ。
 迷彩大熊はこれらの能力での奇襲を得意とするが音までは消せないため、聴覚で不意打ちを察知することができる。
 実際見切られてメリッサにかわされてしまう。そのまま熊は猛進して現れた反対側の藪の中に身をくらます。

「くっ、やはり視認は難しいか」

 藪の中に潜られると目で見つけるのは難しい、さらに熊から見れば体温で感知されるためメリッサの姿は丸見えである。
 メリッサは、また目を閉じて聴覚に集中し熊の位置を探る。
 ……正面か!
 察しのとおり、迷彩大熊は真っ向から牙を剥き出しにして襲ってきた。熊は鋭い爪が備わる両手をメリッサに向けて振り下ろす。
 しかし彼女は慌てた様子も見せず、大振りの攻撃を見極め、避けると同時に剣を熊の首に突き刺した。

「首を落とさずとも、動脈をやれば死か戦闘不能にすることができる」

 そう呟いて剣を抜き取ると、噴水のように鮮血が飛び散り草地に赤い池をつくりあげた。
 熊は少しジタバタしたあと、痙攣して動かなくなった。

「見事ですメリッサ殿」

 ニオンが彼女の勝利を誉め称えた。

「ふぅ、魔物相手にここまで緊張したことはない」

 一見呆気なさそうな戦いだったが、相手はただの魔物ではない。気を緩めれば鮮血をぶちまけていたのはこちらかもしれない。

「グゥ……ガァ……」

 微かな呻き声が聞こえた。
 メリッサが振り返ると、そこにはフラフラしながらも迷彩大熊が二足で立っていた。
 まだ完全には事切れていなかったようだ。

「さすがに普通の魔物ではない。なかなかの生命力しぶとさだ」

 一旦瀕死の熊から距離をとり、今度こそ息の根を止めるため再び剣を構えるメリッサ。首を落とそうと視線を熊の首筋に向ける。
 しかし、その時だった。
 瀕死の熊に青い輝きが降ってきたのだ。
 その猛烈な速度の青い光弾は熊の脳天に着弾すると、森全体に広がる爆音を伴いながら魔物の体を粉々に吹き飛ばした。
 四方八方に散らばった肉片は炎上していた。

「……な、なんだ? 今のは」

 メリッサは、いきなりの出来事に棒立ちすることしかできなかった。
 しかし、ナルミは閃光の正体が検討できたのか炎上する肉片を見ながら呟いた。

「……もしかして、プラズマ?」
「……まさか!」

 ナルミの傍らに立つニオンが目を見開きながら言う。日頃あまり感情を出さない彼には、珍しい慌ただしい様子。

「あれは電離体弾銃でんりだんづつ……まさか、先生が」
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