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怪物達の秘話
英雄殺し
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いきなりに道場に上がり込んで来たのは、腰に剣を携えた軍服姿の女性だった。
短髪でやや鋭い目付き、そして長身。見た目からして生真面目な軍関係者を思わせる。
そんな彼女にニオンは厳しい視線を向ける。
「……すまないが、ここは土足禁止なんだ」
彼は穏やかに言うが、表情は不愉快そうだった。
女性が土足で道場に入ってきたからだ。
心血を注いで作ったものを汚されるのは誰でも不快になるだろう。
「……す、すまない」
女性は、みなが素足であることに気づくと素直に玄関でブーツを脱いで、再び上がり込む。
「まずは、いきなりの訪問と無礼を謝る」
そう言って、頭を下げる女性。
「私は王国親衛騎士隊隊長メリッサ・フェノス!」
と、胸を張って名乗るのは女性でありながら君主に仕える最強の精鋭達のトップ。つまり、国家直属の騎士達を率いる騎士の中の騎士であった。
そも親衛騎士になるための条件は極めて厳しいものである。
剣術は無論のこと、膨大な魔力を持ち、強力な魔術を扱えることが絶対。
それが国に仕える精鋭達である。
「……親衛騎士の隊長って」
「王国一の剣の使い手!」
驚愕の声をあげたのは、新米冒険者の少年と少女。
二人も聞いたことがあった。親衛騎士隊の現隊長は歴代最強の剣聖と称されるアルフォンス・シン・ジョーヴィアンの弟子であり、その中でも剣の腕前は随一であったと。
そのため、メリッサは王国最強の騎士とされている。
「……め、メリッサ隊長も、鍛練のために来たんですか?」
自分達を統括する女性に、おずおずと新米の青年は問う。
メリッサが厳しい人物であるのは重々理解しているため青年は緊張しているのだろう。
そんな彼を、キッと睨み付けるメリッサ。
「そんなことで来たわけではない! ここには一身上の都合で来たのだ。……仇討ちのためにな」
彼女は一睨で部下を萎縮させ、その鋭い視線をニオンにうつす。
それを見てニオンは静かに目をつむり、冒険者の少年と少女に顔を向けた。
「今日の稽古は、ここまで。二人とも、きをつけて帰りたまえ」
二人に稽古終了を告げると、ニオンはメリッサに向き直る。
彼女がなぜ自分のもとに訪れたのか、ニオンは大方理解していた。
道場の真ん中でニオンとメリッサは向き合っていた。
ニオンはいつも通りの穏やかな表情をしているが、メリッサはそんな彼を憎むかのように睨みつけている。
そんな緊迫した道場の隅で並んで座り込むのは青年とアサムであった。
「そう言えば、自己紹介がまだだったね。自分は親衛騎士隊のジーノ・メップだ」
「はい、よろしくお願いいたします」
「ぬふふ、近くで見るとほんと可愛いね」
「……え、はぁ」
座り込む青年二人の話し声が気になったのか、メリッサはキツイ視線を向けた。
「メップ、アサム静かにしなさい」
「……は、はい」
「すみません」
「それとメップ、それ以上アサムに変な発言をすると舌を引き抜く」
「……はい、もうしわけありません」
メップとアサムは彼女の一声で震え上がった。王国一の騎士の威圧感は凄まじいものである。
注意したメリッサは再び目の前で佇む美青年に目をむけた。
そんな彼女を見つめながらニオンはゆっくりと口を開いた。
「……あなたは剣聖の弟子の一人でしたね。それゆえに大方のことは分かります。なぜ、あなたが私のもとに来たのか」
「ほう、なら話は速い。その前に問う、お前が重ねてきた罪を言ってみなさい。……英雄殺しめ」
彼女の問いに、ニオンは瞑想でもするかのように目を閉じてゆっくりと語り出した。
「……正位剣士二〇八人を殺め。勇者一党を廃人にして……剣聖アルフォンス・シン・ジョーヴィアンの利き腕を奪いました……」
ニオンの返答を聞いてメップは首を傾げた。
「……に、ニオンさん……いったい何をいっているんです?」
とても理解できる内容ではないのだ。
ニオンが口にした者達は、すべて英雄の国と呼ばれるメルガロスの者達。
なぜ英雄の国と呼ばれるかは、その国でしか歴史に名を残せる強者が生まれないからである。
メルガロスでのみ英力と言う超常の異能を持った者が生まれる。その中でも強い力を持つ者は魔王を倒す宿命を持つ勇者や、剣士の最高峰である剣聖などの英雄にいたるのだ。
「……言っていなかったね。私は英雄の国の出身でね、そこの三流剣士の家系に生まれた。そして、十六の時にメルガロスで問題を起こしてしまった。……その時に英雄達と剣を交えた」
「……何を言っているんです……あなたは」
ニオンの話を聞いても、メップは今だに納得が行かない様子だ。
内容は理解できているが、それを認めると、つまりニオンは英雄達を蹂躙したことを意味する。
しかし彼の思考は、おさまりがつかない。とても信じられたものではないのだ。
「……め、メリッサ隊長! ニオンさんが言っていることは冗談ですよね? なあアサム、なんかの作り話だよな?」
部下の質問に、押し黙るメリッサ。
アサムも目を伏せた。
「勇者や剣聖が敗れたなどと表沙汰には、できないからな。事実を知る者は、ごくわずかだ」
「……そ、そんな……人のなせる領域じゃ……」
黙っていたメリッサのいきなりの言葉に、メップは全てが真実であることを理解した。もはや戦慄するしかない。
メップは知っている。間違っても騎士達の長であるメリッサは冗談を言うような女性ではないと。
そして呟くようにニオンは過去の罪を口にする。それらの記憶が鮮明に呼び起こされる、とても忘れることなどできない。
「……正位剣士」
正位剣士とは剣術に優れ、多彩な魔術を行使でき、英力を持ち、英雄の国の君主に認められなければえられない地位である。
総勢三〇〇名いたが、その多くはニオンに敗士した。
ニオンは彼等との死闘を思い出す。胴体の分断、皮一枚残しての斬首、動脈を精密に斬りつけての失血死、剣避けの英力を持つものは素手で撲殺。
それは、まさしく惨状であった。
「……勇者一党」
十年前に魔王を倒した、男の勇者と女賢者と女武道家の三人組。
勇者の顔面の皮を剥ぎとり両足を切断し、賢者の目を潰し舌を引きぬき、武道家の両腕を砕いて顎を陥没させた。
そして三人は廃人に成り果てた。
「……剣聖アルフォンス」
歴代最強の剣聖で多数の英力を持っていた超人。
非常に過酷な戦いだったが最後は殴り倒し、彼が使っていた聖剣を奪い取り、利き腕を切り落とした。
「貴様が、なぜそんな凶行にいたったかはどうでも良い。……私が許せないのは……」
ニオンの口から剣聖の名が出るとメリッサの形相が変貌した。彼女はまるで、憎しみを大量に蓄えた獣のようであった。
「……分かっています。師の仇討ちのために来たのですね」
ニオンが穏やかにそう言った瞬間、メリッサはいきなり抜剣しその切っ先をニオンに向ける。
「逃がさない。我が師の腕を奪い、生き証人にした。そして剣聖のみが受け継ぐことができる聖剣を奪った。……許さん!」
彼女は激怒した。
愛した師に生き恥をかかせ、誇り高き剣聖のみが帯剣を許される聖剣を奪ったことにだ。
一触即発の状態である。
しかし、それにも関わらずニオンは眉一つ動かすことなく、後ろを向くと道場の奥に向かう。
そして、そこに置いてあった大きめの箱から何かを取り出した。
それは大きなガラス容器で中は液体で満たされ、長い白っぽいものが入っていた。
それが何なのか理解したとき、メリッサは怒号をあげた。
「……き、貴様あぁぁぁ!!」
ニオンが抱える容器に入っていたのは、ホルマリン漬けにされた人間の腕だった。
その腕の手の甲には剣聖であることを意味する、王冠の中をくぐる剣の刻印があった。
短髪でやや鋭い目付き、そして長身。見た目からして生真面目な軍関係者を思わせる。
そんな彼女にニオンは厳しい視線を向ける。
「……すまないが、ここは土足禁止なんだ」
彼は穏やかに言うが、表情は不愉快そうだった。
女性が土足で道場に入ってきたからだ。
心血を注いで作ったものを汚されるのは誰でも不快になるだろう。
「……す、すまない」
女性は、みなが素足であることに気づくと素直に玄関でブーツを脱いで、再び上がり込む。
「まずは、いきなりの訪問と無礼を謝る」
そう言って、頭を下げる女性。
「私は王国親衛騎士隊隊長メリッサ・フェノス!」
と、胸を張って名乗るのは女性でありながら君主に仕える最強の精鋭達のトップ。つまり、国家直属の騎士達を率いる騎士の中の騎士であった。
そも親衛騎士になるための条件は極めて厳しいものである。
剣術は無論のこと、膨大な魔力を持ち、強力な魔術を扱えることが絶対。
それが国に仕える精鋭達である。
「……親衛騎士の隊長って」
「王国一の剣の使い手!」
驚愕の声をあげたのは、新米冒険者の少年と少女。
二人も聞いたことがあった。親衛騎士隊の現隊長は歴代最強の剣聖と称されるアルフォンス・シン・ジョーヴィアンの弟子であり、その中でも剣の腕前は随一であったと。
そのため、メリッサは王国最強の騎士とされている。
「……め、メリッサ隊長も、鍛練のために来たんですか?」
自分達を統括する女性に、おずおずと新米の青年は問う。
メリッサが厳しい人物であるのは重々理解しているため青年は緊張しているのだろう。
そんな彼を、キッと睨み付けるメリッサ。
「そんなことで来たわけではない! ここには一身上の都合で来たのだ。……仇討ちのためにな」
彼女は一睨で部下を萎縮させ、その鋭い視線をニオンにうつす。
それを見てニオンは静かに目をつむり、冒険者の少年と少女に顔を向けた。
「今日の稽古は、ここまで。二人とも、きをつけて帰りたまえ」
二人に稽古終了を告げると、ニオンはメリッサに向き直る。
彼女がなぜ自分のもとに訪れたのか、ニオンは大方理解していた。
道場の真ん中でニオンとメリッサは向き合っていた。
ニオンはいつも通りの穏やかな表情をしているが、メリッサはそんな彼を憎むかのように睨みつけている。
そんな緊迫した道場の隅で並んで座り込むのは青年とアサムであった。
「そう言えば、自己紹介がまだだったね。自分は親衛騎士隊のジーノ・メップだ」
「はい、よろしくお願いいたします」
「ぬふふ、近くで見るとほんと可愛いね」
「……え、はぁ」
座り込む青年二人の話し声が気になったのか、メリッサはキツイ視線を向けた。
「メップ、アサム静かにしなさい」
「……は、はい」
「すみません」
「それとメップ、それ以上アサムに変な発言をすると舌を引き抜く」
「……はい、もうしわけありません」
メップとアサムは彼女の一声で震え上がった。王国一の騎士の威圧感は凄まじいものである。
注意したメリッサは再び目の前で佇む美青年に目をむけた。
そんな彼女を見つめながらニオンはゆっくりと口を開いた。
「……あなたは剣聖の弟子の一人でしたね。それゆえに大方のことは分かります。なぜ、あなたが私のもとに来たのか」
「ほう、なら話は速い。その前に問う、お前が重ねてきた罪を言ってみなさい。……英雄殺しめ」
彼女の問いに、ニオンは瞑想でもするかのように目を閉じてゆっくりと語り出した。
「……正位剣士二〇八人を殺め。勇者一党を廃人にして……剣聖アルフォンス・シン・ジョーヴィアンの利き腕を奪いました……」
ニオンの返答を聞いてメップは首を傾げた。
「……に、ニオンさん……いったい何をいっているんです?」
とても理解できる内容ではないのだ。
ニオンが口にした者達は、すべて英雄の国と呼ばれるメルガロスの者達。
なぜ英雄の国と呼ばれるかは、その国でしか歴史に名を残せる強者が生まれないからである。
メルガロスでのみ英力と言う超常の異能を持った者が生まれる。その中でも強い力を持つ者は魔王を倒す宿命を持つ勇者や、剣士の最高峰である剣聖などの英雄にいたるのだ。
「……言っていなかったね。私は英雄の国の出身でね、そこの三流剣士の家系に生まれた。そして、十六の時にメルガロスで問題を起こしてしまった。……その時に英雄達と剣を交えた」
「……何を言っているんです……あなたは」
ニオンの話を聞いても、メップは今だに納得が行かない様子だ。
内容は理解できているが、それを認めると、つまりニオンは英雄達を蹂躙したことを意味する。
しかし彼の思考は、おさまりがつかない。とても信じられたものではないのだ。
「……め、メリッサ隊長! ニオンさんが言っていることは冗談ですよね? なあアサム、なんかの作り話だよな?」
部下の質問に、押し黙るメリッサ。
アサムも目を伏せた。
「勇者や剣聖が敗れたなどと表沙汰には、できないからな。事実を知る者は、ごくわずかだ」
「……そ、そんな……人のなせる領域じゃ……」
黙っていたメリッサのいきなりの言葉に、メップは全てが真実であることを理解した。もはや戦慄するしかない。
メップは知っている。間違っても騎士達の長であるメリッサは冗談を言うような女性ではないと。
そして呟くようにニオンは過去の罪を口にする。それらの記憶が鮮明に呼び起こされる、とても忘れることなどできない。
「……正位剣士」
正位剣士とは剣術に優れ、多彩な魔術を行使でき、英力を持ち、英雄の国の君主に認められなければえられない地位である。
総勢三〇〇名いたが、その多くはニオンに敗士した。
ニオンは彼等との死闘を思い出す。胴体の分断、皮一枚残しての斬首、動脈を精密に斬りつけての失血死、剣避けの英力を持つものは素手で撲殺。
それは、まさしく惨状であった。
「……勇者一党」
十年前に魔王を倒した、男の勇者と女賢者と女武道家の三人組。
勇者の顔面の皮を剥ぎとり両足を切断し、賢者の目を潰し舌を引きぬき、武道家の両腕を砕いて顎を陥没させた。
そして三人は廃人に成り果てた。
「……剣聖アルフォンス」
歴代最強の剣聖で多数の英力を持っていた超人。
非常に過酷な戦いだったが最後は殴り倒し、彼が使っていた聖剣を奪い取り、利き腕を切り落とした。
「貴様が、なぜそんな凶行にいたったかはどうでも良い。……私が許せないのは……」
ニオンの口から剣聖の名が出るとメリッサの形相が変貌した。彼女はまるで、憎しみを大量に蓄えた獣のようであった。
「……分かっています。師の仇討ちのために来たのですね」
ニオンが穏やかにそう言った瞬間、メリッサはいきなり抜剣しその切っ先をニオンに向ける。
「逃がさない。我が師の腕を奪い、生き証人にした。そして剣聖のみが受け継ぐことができる聖剣を奪った。……許さん!」
彼女は激怒した。
愛した師に生き恥をかかせ、誇り高き剣聖のみが帯剣を許される聖剣を奪ったことにだ。
一触即発の状態である。
しかし、それにも関わらずニオンは眉一つ動かすことなく、後ろを向くと道場の奥に向かう。
そして、そこに置いてあった大きめの箱から何かを取り出した。
それは大きなガラス容器で中は液体で満たされ、長い白っぽいものが入っていた。
それが何なのか理解したとき、メリッサは怒号をあげた。
「……き、貴様あぁぁぁ!!」
ニオンが抱える容器に入っていたのは、ホルマリン漬けにされた人間の腕だった。
その腕の手の甲には剣聖であることを意味する、王冠の中をくぐる剣の刻印があった。
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