大怪獣異世界に現わる ~雇われ労働にテンプレはない~

轆轤百足

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怪物達の秘話

村人の解放

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 感情が高ぶるオボロの体が膨張していく。彼の筋肉はみるみる盛り上がり、まるで岩山のように変貌した。
 脚を射ぬかれたリエンヌは地に座り込みながら、彼を呆然と見上げる。その山のようになってしまったオボロを。

「……これが鬼熊おにぐま。……大陸最強の」

 リエンヌは声を震わせながら呟いた。彼女の内心に畏怖と尊敬が混雑したものが蠢く。
 彼女も多くの戦いを重ねて、数知れずの強者達を見てきた。
 しかし目の前の巨大熊からは、それらとは比較できぬ何かを感じていた。強いなどという領域ではない、何かが根本的に違うのだ。
 膨れ上がったオボロはゆっくりとアビィの下に向かい彼女を優しく抱き上げる。

「マスター! なぜ、この子まで殺した!?」 

 オボロは動かなくなったアビィを抱えて、マスターに迫り寄る。
 今なおアビィの口からは血が垂れていた。もう二度とこの子は動くことはない。

「無論、孤児みなしごとは言え、その娘も村の住民ですから、私達が村ぐるみで密造を行っていることを知っているかもしれません。だから殺すしかなかったのですよ。秘密を知っている可能性がある以上、外に出すわけにはいきませんから」
「……マスター、お前ら……アビィは、やっと一人の女の子として生きていけるはずだったんだぞ……それを……」

 オボロは怒りで声を濁らせながら、マスターや住民達を睨みつけた。
 巨漢は激しい感情で体をワナワナと振るわせている。それにあわせ、オボロの腕の中でアビィも揺れ動く。

「怪しい者は徹底的に潰してきました、そして村を出ようとした住民達も……。先程言っていたネズミとは、その娘の仲間達のことです」

 アビィと一緒にいた少年達も殺したことを意味していた。
 マスターはもの悲しげな表情で、アビィの亡骸を見つめる。そして、またオボロの顔を見つめた。

「……オボロさん。話が長くなりすぎました。もうこれ以上、話をしていると、悲しくて仕方ありません。あなただけには、この村の真実に触れてほしくありませんでした。……恩人である、あなただけには……」

 マスターは声を震わせながら、隣に佇む男からクロスボウを受け取りオボロに照準をつけた。
 オボロは自分にクロスボウを向けるマスターを一瞥すると、優しくアビィを後ろに寝かせた。
 そして彼女の頭をゆっくりと撫で、再びマスターに目を向ける。

「分からんなマスター、オレには分からん……」

 そう呟くオボロ。

「さらばです。オボロさん……」

 そう小さく口にするとマスターはクロスボウのトリガーを引いた。
 高速の矢が一直線にオボロの顔に向かっていく、常人では避けられないだろう。
 しかし、矢はオボロに突き刺さることはなかった。
 避けたのではない、あろうことかオボロは放たれた矢を掴み取ったのだ。
 そして何事もなかったかのようにして、オボロはまた呟く。

「分からんなマスター。……そんな玩具オモチャで、オレを殺せると思ったのか?」

 その瞬間を見ていた、カエラは絶句するしかなかった。

「なっ……そんな無茶な!」

 従来矢は避けるか、防具か魔術で防ぐものである。
 しかし彼女が見上げる大男は、高速で向かってきたそれを素手で掴み取っていたのだ。
 矢が放たれたのは至近距離、避けるのでさえ困難だろうに。動体視力が並じゃない。

「……ふっ、やはり私達ごときでは、とても……」

 矢を掴み取ったオボロを見て、マスターは一息吐き穏やかに語る。
 むろん初めから敵うなど思っていなかった。
 相手は元大陸最強の首領、こちらはただの村人。どう足掻いても勝算などない。
 マスターは特に驚いた様子も見せず、諦めたようにクロスボウを足下に落とした。

「……じゃあな、マスター」

 そう言ってオボロは、掴んでいた矢を投擲した。
 投じられたそれは、クロスボウ以上の初速を持ちながらマスターの胸を貫く。
 矢は深々突き刺さり、マスターの背中から先端が飛び出していた。

「……ぐぶ!」

 マスターは口角から血を溢しながら倒れそうになるが、なんとか踏みこらえた。
 そして嬉しげな表情で語りだす。

「……や、やっと解放される。……もう心を殺して……罪をかさねることもない。……この村で死ね……恩人に命を断たれる……これ以上の祝福など……」

 おそらく、こうなることがマスターの目的だったのかもしれない。
 もう心を殺して密造をしなくていい。愛した故郷で終われ、そして自分達を助けてくれた恩人の手で死ねる。
 初めから、こうなることを望んでいたのだろう。
 オボロと再会したときから、そう考えていたのかもしれない。
 おかしくなってしまった自分達を止めてほしかったのだろう。それを任せられるのは、かつての恩人だけ。

「……オボロさん……私は……幸せです」

 マスターは崩れ落ち事切れた。
 その目は半開きで、なんとも言えぬ死に顔だった。本当に幸せだったのかは分からない。

「武器を捨てて投降しろ。そうすれば殺しはしない」

 オボロは鋭い目でジロリと村人達を睨み付けた。
 しかし彼等は穏やかな表情のまま、オボロに向けてクロスボウを構えるだけだった。
 マスターと同じように、自分達も解放してほしいと。そう言いたげだった。

「……そうか。……そうまでして」

 キッと目を見開き、オボロはゆっくりと彼等に向けて歩み寄った。




 凄まじい血の臭いに包まれていた。
 周囲に散らばるのは大量の死体。
 どれも悲惨な形状だった。
 頭が粉砕されているもの、胴体を分断されたもの、首をネジ切られたもの、地面に埋め込まれたもの、民家に叩きつけられ潰れたもの。
 そして、その空間の中で唯一立っている血塗れの巨体が一つ。

「は、くぅ……」

 怯えた声をもらすは、その巨体を見上げるリエンヌだった。
 彼女は最初から最後まで見ていた。
 人々が容易く解体され、埃のように舞う有り様を。しかも、それを素手でやってのけた。
 自分も格闘で戦う身だから、腕力には自信がある。
 だが目の前でふるわれた怪力は肉体強化の魔術を遥かに凌ぐほど強力で悲惨だった。その超自然的な剛力は人の発揮できる領域ではなかったのだ。

「リエンヌ。ただ単に自己を鍛え高めた結果、行き着く果てはこれだ。怪物にはなれるが、英雄にはなれない。異常にはなれるが、最強にはなれない」

 そう言いながらオボロはリエンヌに歩み寄る。
 彼女は震えるばかりで言葉がでない様子だった。

「まってろ、今処置してやるからな」

 オボロは痛々しく矢が突き刺さるリエンヌの脚に目を向けると、近くの井戸で体についた血糊を洗い流した。
 そして腰の道具袋から消毒薬、止血剤、包帯を取り出す。

「我慢しろよ」
「がぁっ!」

 オボロは彼女に突き刺さる矢を引っこ抜く。痛みで短い悲鳴が響いた。
 その巨大な手でテキパキと処置を施し、彼女を支えて立たせた。
 そして二人で周囲を眺める。

「せっかく、助けてやったのに」

 無惨な姿になった村人を見てオボロは呟く。
 心底悲しくなる、危険をおかしてまで守った人々を自分の手で殺すはめになるなど。
 犯罪組織を壊滅させたあと一緒に宴を行い、食べて、飲んで、バカ騒ぎをして、笑いあった人々。
 そんな彼等が密造に至り、違法の品々で人々を破滅させ、最後に殺される。
 なぜ、こんな結末になったのか。

「オボロ、後始末は私がやっておくわ。あなたは、元々この案件には関係ないから」
「……そうだな。リエンヌ、一人でも大丈夫か?」
「大丈夫よ。……ありがとう、オボロ。助かったわ」

 オボロはゆっくりと彼女を支えていた手を離す。少しふらついてはいるが問題はなさそうだ。
 このあと村には城の兵士達がやって来て捜査が行われる。偽硬貨を作るための金型や薬物の原料が出てくるであろう。

「ここで一泊する予定だったが、オレはこのまま城に向かうことにする」
「こんな暗闇の中、大丈夫なの? とは言え、あなたは大陸最強だものね」

 この村から少し離れれば魔物共が生息している領域。月は雲に隠れ真っ暗闇、魔物も活性化しているだろう。
 夜は危険だが、オボロにとっては危険な場所こそがねぐらのようなもの。

「だから最強じゃねぇよ。パンダ達は丁重に葬ってやれ。……この子は、オレがクバルスで弔う」

 オボロはパンダ達の亡骸を一瞥したあと、ゆっくりとアビィの遺体を抱き起こした。
 彼女の体は、まだ少しばかり温かい。
 オボロはアビィの頭を何度か撫でたあと、ゆっくりと村の出口を目指す。

「ムラト、予定変更だ。城に行く前に、クバルスによるぞ」
「……」

 誰もいない場所に話しかけるオボロを見て、リエンヌは首を傾げた。
 仲間がいるのか? でもどこに。
 と、その瞬間だった。地面が少しばかり揺れ、村の出口付近の地面が盛り上がり土煙が舞い上がる。
 なんと例えようか。地面の中から山が生えてきたようだった。
 だが、それは山ではない。
 暗い緑色の巨大な生き物。二足で直立しているが竜のようにも見える。

「……竜なの?」

 リエンヌは唖然と、それを見上げることしかできなかった。
 あまりにもデカイのだ、大型魔物の比ではない。
 その巨大な竜のような生物は屈むと、ゆっくりと手を地面につけた。

「まさか、あれが……」

 オボロが言っていたことを思い出す。
 自分は今や二番手だと。
 おそらく、この巨大な竜こそが一番手だろう。そうとしか思えなかった。

「リエンヌ、また会おう」

 オボロは彼女にそう告げ、竜の手に飛び乗る。
 そして屈んでいた巨大竜は上体を伸ばし、大地を震わせながら動きだした。王都を目指して。




 村から一キロ程離れた木の上に人影があった。
 だが、奇妙な見た目である。
 引廻ひきまわし、合羽かっぱ菅笠すげがさ手甲てこう、まさに渡世人のような出で立ちだが、その顔は不気味なガスマスクのようなもので隠されていた。
 そして腰には日本刀、印籠、短筒のようなもの携えてある。
 ガスマスクのせいだろう、くぐもった声をあげる。

「うむ……何かとんでもないことがおきてるようだな。いずれにせよ、神の仕業ではなさそうだ」

 その不気味な存在は、村を後にする巨大な生物を眺めていた。そして、その背後に九つの尻尾が揺らめく。
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