大怪獣異世界に現わる ~雇われ労働にテンプレはない~

轆轤百足

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怪物達の秘話

オボロ

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 夕日に照らされて紅く染まる平原をオボロは一人で歩いていた。目的地は前方に見える小さな村。そこで一泊して、そして明日王都に到着予定だ。
 なぜ一人なのか? それはムラトが村の近くで滞在しては住民達が気がかりではないだろうと考えたからだ。
 実際ゲン・ドラゴンの人々もなれるまで、色々と不安だったらしい。
 都市の外に佇む高さ九〇メートルにもなる巨体。気になるのも当然である。
 そのためオボロは、近くで身を隠しておくようにとムラトに伝えたのだ。
 それと宿に泊まる際、相棒である巨大なまさかりは邪魔になるためムラトの触角に縛り付けて預かってもらってる。




「……また、でかくなったか?」

 オボロは自分の頭に手をやり呟いた。
 サンダウロの激戦が要因なのか、あるいは星外魔獣との戦闘が原因なのか、あれから身長が二〇センチ伸び体重は三〇〇キロ近く増量していた。
 明らかに骨格筋が異常発達していたのだ。
 激しい戦いのあとは、いつもこのような現象がおきていた。つまり異常な成長を続けているのだ。

「どぅれ、パワーは?」

 力を試すためにオボロは足下に転がる手頃な自然石を掴み上げると力をこめて握った。
 石は焼き菓子のごとく砕けてしまった。
 まぎれもなく筋力も向上している。
 そして、ふたたび村に視線を向け歩きだした。

「……石カブトを結成して五年か。仲間も増えたなぁ」

 オボロは過去を振り返りだした。
 自分とニオンの二人で雇われ屋を結成して五年になる。
 もくもくと仕事をこなしながら、仲間達も増えて結構な集団になった。
 達人どころではなく怪物とさえ言える剣技を誇る、美剣士ニオン。
 家庭的で心優しく国一番の治療魔術を持つ、アサム。
 手先が器用で情報収集や諜報活動をやらせたら右に出る者はいない、ナルミ。
 いまいちよく分からないが時おり凄い能力を見せる、ベーン。
 そして、新米にして石カブトの最大最強の切り札。底知れぬ破壊力と無敵の肉体を誇る、ムラト。
 オボロは仲間達のことを考えながら、今後の方針をどうするか考え始めた。

「うぬぅ……蛮竜襲撃からしばらくたつ。連中が姿を見せてるうちは安心できんな。今後は重要な依頼以外は後回しにして、都市の守りを固めたほうがいいか……」

 色々と考えている間にオボロは村の入り口を通っていた。



 王都から大分離れた北の辺境にある小さな村。
 かつてオボロは、この村に来たことがある。
 石カブトを結成して間もないころに裏依頼ブラック・クエストを受けて、この村に拠点を構えていた国家最大の犯罪組織を壊滅させたのだ。
 そして組織に強制されて働かされていた村人を解放させた。
 月ものぼって建物から僅かに明かりが漏れるのみ、ゲン・ドラゴンと比べれば暗い場所で出歩く人も少ない。
 使われてる照明が松明か蝋燭ゆえにだ。

「えーと、たしかこの辺だ。……おっ! あそこだったな」

 オボロは周囲をキョロキョロと見渡し、目的の薄暗い路地に足を踏み入れた。
 少し路地の中を進んだときだった。

「おい、待ちなデカイの」

 三人の人影がオボロの進行方向を塞ぐように立ちはだかった。
 オボロは彼等を見下ろす。顔を見ると、まだ幼さが残る狼毛玉人の少年達だった。
 特に真ん中にいる少年は左右に立つ子供達よりも小柄で、どこかオドオドしている。

「なんだ坊主共、小遣いでも欲しいのか?」

 オボロは少年達と会話しやすいように、方膝立ちになった。
 少年達との体格差は凄まじいものだった。
 子供達の前に、山が立ちはだかっているようにも見える。

「まあ、そんなとこだけどよ。有り金を全部よこしなと言うことさ」
「痛い思いは、したくないだろう。オッサンよぉ」 

 左右の少年二人はそう言うと、ポケットから刃渡りの長いナイフを取り出した。
 それを見てオボロは溜め息を吐いた。彼等を、これっポチも脅威とは感じていない。

「おいおい、子供が刃物ナイフなんか持っちゃだめだろ。かわりに家に帰って男根むすこでも握って寝なさい」

 オボロは立ち上がり、少年達を注意するのだった。
 ナイフを握った二人はバカにされてると思ったのか、怒りのあまり表情が歪みだした。

「んだと、コラ! てめえ状況が分かってんのか! 殺すぞ、コラ!」
「死にてぇのか!」

 少年二人が子供らしからぬ物騒な言葉を放ったときだった。一瞬にしてオボロの表情は変貌した。
 そしてナイフを持った二人の胴体を巨大な両手で鷲掴みにして持ち上げた。
 彼等の体に凄まじい圧力が加えられる、口の中から臓物が逆流しそうな苦痛に襲われた。

「う゛あ゛ぁ……いだい……や、やめてぇ……ぐぶっ」
「……ぐ、苦しいよ……はなしてぇ……げっ……ぐげぇ」

 あまりの苦痛に叫べず、少年達の小さな呻きが路地に響く。そして、わずかにだが胃の中のものが口角から漏れだした。

「……ひっ!」

 真ん中にいた小柄な少年がオボロの顔を見て震えだす。狂気的だが冷静さも併せ持ったような表情だった。
 オボロは両手で掴んだ少年達を一瞥すると濁った声で語りだした。

「おい、悪童くそがき共。よぉく聞けよ。オレは殺し合いを生業としていることがあるやからでな、殺すだ、死ぬだ、には冗談が許されねぇ立場なんだ」

 オボロは、さらに握る力が強めた。しかし、これでも相当に加減しているのは確かだ。

「……うがぁ」
「……ぐぅ」
「お願い! はなして!」

 掴まれてる少年達は、もはや声を出すのもやっとの状態だ。肋骨が押し縮められ、肺が破裂しそうである。
 小柄な少年はオボロの脚にしがみつくと、彼の大腿部をポコポコ殴り付けた。
 そんなことは気にせず、オボロは話を続ける。

「いいか。殺す、死ね、とはオレ達に取っては、ある種の約束ごとだ。必ず死体が出るまでやりあうと言うことだ、遊びじゃねぇんだ。軽々しく言っていいことじゃねぇんだよ」

 オボロは血走った目で、涙を流す二人の目を睨み付けた。
 オボロ達は存在上、人を殺すことも多い。ゆえに、命のやり取りに半端なことは許されないし、覚悟の無い発言もできないのだ。
 大腿部を殴っていた少年が手を止めると、オボロを見上げて叫び声をあげた。

「もう分かったから二人をはなしてよ! でないと人を呼ぶぞ! お前なんか捕まってブタ箱行きだ!」 

 物取りを行おうとした彼等が人を呼ぶなど、もはや立場が逆になっていた。
 そう言った小柄な少年にオボロは視線を移す。

「ああ、呼べ呼べ。呼べばいいだろ。罪だ罰だなど、そんな話は、お前らのはらわたを絞り出してからでいい」

 オボロのその言葉に小柄な少年は絶句し背筋が凍りついた。
 恐喝とか喧嘩とかそんな優しい世界じゃない、今自分達は殺し合い、戦争の領域に立たされている。それを理解してしまったのだ。
 子供だから半端なことも許してもらえる、そんな甘ったるい状況ではないのだ。
 子供と言えど殺意を口にすれば、戦場に引き込まれる場所になっているのだ。
 小柄な少年は地面に座ると、地に頭を擦り付けた。土下座である。

「お願いです。どうか許してください。半端な覚悟で発言してしまったことを……」

 オボロは頭を伏せる少年を少し見つめると、両手をゆっくりと離した。
 二人の少年は地に落下し、先程まで握られていた腹部を押さえて咳き込みながら、地面を転げ回った。
 そして、しばらくして回復した二人は土下座していた少年に抱きついてオボロに怯えた視線を向ける。

「うぅ……ごめんなさい……」
「もう……言いませんから」

 オボロは彼等に歩み寄り見下ろした。

「いいか良く覚えておけ。今後は言葉に気を付けろ。言葉とは口にした時点で意味をなす」

 それを聞いた少年達は体を震わせながら何度も頭を縦にふった。
 そんな彼等を見てオボロは何かに気がついた。

「随分汚い服装だな、孤児か?」

 オボロの問いに少年達は、まだ表情をひきつらせたまま頷いた。
 彼等の服装はボロボロヨレヨレ、それに痩せ細っているようだった。
 オボロは溜め息を吐き頭をボリボリ掻くと、財布から金貨三枚を取り出し少年達に渡したのだ。

「これで旨い料理ものでも食って、ねぐらに帰りな。もし稼ぎがねぇのなら、この村をはなれてエリンダ・ペトロワ様が管理する土地に来るといい。ちょうど領地が増えたから、人手が必要なはずだ」
 
 新しく増えた土地とは、元領主エンゲラが統治していた場所である。
 統治する領主がいなくなったので、エリンダの領地に編入されたのだ。これは女王メガエラからの要望であった。
 当の住民達は大喜びで編入を迎え入れた。悪の領主がいなくなり、一気に生活水準も良くなるためだ。
 オボロの言葉に少年達は少し面食らったようだが、オボロに頭を下げて立ち去っていった。

「素直なら可愛いのにな、まったく。……あの小さい奴……まあいいか」

 オボロは小柄な少年の後ろ姿を見て、なにか呟きそうになったが止めた。

「まったく。ニオンとかベーンじゃなくて良かったぜ。あいつらだったら、片腕切り飛ばすか、肛門けつからわたを掻き出されていただろう」

 少年達の姿が見えなくなってから、オボロは恐ろしい言葉をもらすのだった。



「いよう! マスター! 五年ぶりだな!」

 路地奥にあった、とある建物の狭い玄関に身を縮めて入ったオボロは陽気に言葉を発した。
 そこは、小さめの酒場だった。

「なっ! オボロさん、久しぶりじゃないですか」

 オボロの下に一人の男性が近づいてきた、この店のマスターである。老紳士のような風貌だ。
 オボロはマスターに案内されて、カウンター席についた。しかし椅子には座らない、潰れてしまうためだ。

「マスター、感電かんでんブランをたのむ」
「かしこまりました」

 オボロが注文した感電ブランなる酒は、本部ギルドが存在する街クバルスに伝わる秘伝の酒である。
 甘味が強く、極めてアルコール度数が高い。酔っぱらうには最高の一品である。
 ふとオボロは隣の席にかける客と目を合わせた。
 白熊毛玉人の女性冒険者のようだ。
 しかも絶世の美女だった。胸も豊満で、大腿部にはいい具合に筋肉がついている。戦う女性特有の美しさがあった。
 やや照れ気味にオボロは彼女から目をそらしたが、その彼女はオボロを好奇心旺盛な目で見上げてくる。彼女の身長はオボロの半分くらいだろうか。

「あなた、ただものじゃないようね。その体、筋肉、気迫。まるで戦うためにあるようだわ。才能や努力だけではたどり着けない領域にいるようね」

 白熊の美女は色気ある声でオボロに向けて言葉を発した。
 彼女はオボロの体格や雰囲気からか、ただの男ではないと見抜いたようだ。
 オボロはデレデレしそうになったが耐えていた。
 しかし彼女は、カウンターに置かれたオボロの手に自分の手を絡み付かせた。

「あなたの強さの秘密を教えてくれたら、おごってあげてもいいわよ。私はリエンヌと言うの」

 その行動と言葉にオボロの理性は崩壊した、彼の頭から湯気が立ち込める。

「オ、オレはオボロてんだ。き、綺麗な方に、そんなに言い寄られたらなぁ……あれは、ちょうど二十年前だったかな、オレが六つの頃だった……」

 オボロはデレデレしながら口を開いた。
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