大怪獣異世界に現わる ~雇われ労働にテンプレはない~

轆轤百足

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国家動乱

血濡れの乱戦

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 巨大な刃が空気を切り裂く。
 それは常人の動体視力では到底捉えられないほどの速度。
 直撃しようものなら絶対に助からない。
 その犠牲者であろう粉微塵になった兵士達の亡骸があちらこちらに散らばっている。
 白い骨片、赤い肉片、赤黒い肝臓、多色の各臓物。人間が粉々に弾けた証明だ。そこからあふれでる液や汁が滲み、大地を赤く汚していく。
  
「おらっ! どうした? 来いよ!」

 オボロは自分よりも巨大なまさかりを神速に操り、取り囲む兵達を挑発した。
 全身に返り血を浴びており、顔面にへばりつく血をベロリと舐め、飲み込んだ。

「戦場で喉が渇いたときは、こうやって喉をうるおしたもんだぜ」

 戦闘中に喉渇けば、返り血をすすれ。
 それが彼の考えである。極めて無駄も隙もない補給方法だ。
 熊の毛玉人の身の丈が二メートルを越えるのは珍しいことではない。
 しかし、この巨漢は三五〇センチにもなり、たたでさえ強靭な肉体を誇る毛玉人を遥かに凌ぐ剛力を持つ。
 文句がつけられぬほどの全身凶器であった。

「……くそったれ!」

 一人の兵士が剣を上段に構えてオボロの間合いに入った瞬間、神速の刃が腹部を擦めた。
 危ない、と思い兵士は距離を一旦離すが、腹部に焼けるような熱さを感じた。
 腹部がジワリと重たい。
 そして腹の辺りから温かい液体のようなものがあふれでてきて、兵士の足下に水溜まりをつくった。
 小便しっきんではない、と思った瞬間だった。大蛇のごときはらわたが漏れだし地面に散らばったのだ。

「……かっ、擦った……だけで?」

 兵士は大量の血を口から吹き出し、崩れ落ち事切れた。
 赤竜団の数は、まだ九〇〇はいるだろう。しかし、それは既に百人も死んだことを意味している。
 数は竜団のほうが圧倒的だが、相当に苦戦をしいられている。
 だが巨大熊の間合いに迂闊に入れない。
 少しでも、その領域に踏み入れば、自分の血肉で大地を汚すことになるのは確実だったからだ。
 それに戦っているのはオボロだけではない。
 巨大熊の背を守るように、彼と背中合わせで刀を構えるニオン。
 この美青年はオボロ以上に鮮血をかぶっていた。

「……化け物どもめ」

 血濡れの二人に戦慄する兵達。
 そして、彼等は最大の戦力を前線に出す決断をした。

「いけ! 飛竜ども! あの化け物達を焼き払え!」

 それを合図に、飛翔する二体の飛竜がオボロ達を囲む。
 空中からブレスで焼き払う考えだった。
 飛竜の火炎の射程は三十メートルにもなるため、敵の攻撃が届かない空中から一方的に攻撃できる。
 しかし飛竜を目の前にしても、オボロ達は物怖じするようなことはなかった。

「ニオン、やれるな?」
「当然です」

 オボロとニオンが、そう言った瞬間、二人は跳躍した。
 どれ程の脚力なのか、二人は容易く飛竜の高度に達する。
 そして、空中にいる二体の飛竜に強烈な攻撃を仕掛ける。
 オボロは鉞で竜の頭部を叩き割り、ニオンは竜の喉元を斬りつけた。
 オボロの刃を受けた竜は脳髄をぶちまけ、ニオンの一閃を受けた竜は喉元から漏れ出すブレス用の燃料が引火して頭が吹き飛んだ。
 一瞬の出来事であった。

「……あ、ありえぬ! 飛竜が……」

 あまりにも常識外れゆえに、兵達は驚愕の声しかだせない。
 魔術を持たない輩に飛竜が負けるなど、前代未聞。
 飛竜とは、炎を吐き、大空を飛び回る強力な生物。刀剣のたぐいに倒されるなど有り得ない。
 だが、その常識が目の前で壊された。 
 兵士達がそうこう考えていると突然に激震がはしった。
 そして細い光の雨が降り注ぎ最前列の兵達が肉片へと変わりはてた。
 それは彼等にとっては、最も最悪な脅威がやって来たことを意味していた。

× × ×

 
 兵士達に包囲されているようだな。
 隊長達が戦っている場所を目刺しながら、現場の様子をうかがった。
 赤竜団の数はまだまだ多く、飛竜も四十体以上が後方の上空で待機している状態。

「いかに私達と言えど、この数は手こずりますね」

 触角に備わる超感覚により、遠くからでもニオン副長の声は、しっかり拾えた。
 副長はオボロ隊長以上に返り血を浴びている。いったい何人ぶった斬ったのやら。
 発言から察するに、二人ともとんでもなく強い。
 普通、あの数相手に「手こずる」なんて言葉がでてくるかよ。
 しかし、面倒な状況であるのは確かなようだ。

「助けにきました!」

 隊長達を囲んでいる最前列の兵をパルスレーザー掃射で片付ける。
 そして兵達を踏み潰しながら、二人の元に駆けつけた。

「ぐあぁぁ!!」
「があぁぉ!!」

 怪獣の単なる歩行も、足下にいる奴等にとっては天変地異と同類だろう。
 足下から絶叫が響いた。

「うおぉ!」
「ム、ムラト殿、気をつけてくれ。君のその巨体では地が揺れる」

 地響きで隊長と副長は転倒せずとも、耐えきれずしゃがみこんでしまった。

「すみませんオボロ隊長、ニオン副長、急いでいたので」
「……ムラト。お前、まさか騎士どもを全滅させたのか!? こんな短時間で」

 俺の顔を見上げて、隊長は目を見開いていた。
 よほど驚愕したのだろう。
 俺一体で、あれだけのエリート集団を殺したのだ。隊長が驚くのも無理はないのかもしれん。

「はい、後味は最悪ですがね……奴等一人残らず向かってきました。死ぬのは分かりきっていたはずなのに……」
「ここは戦場だ。殺すしかないときもある」
「……わかっています」
「すまん助かる。お前の力を見せてもらうぞ」

 隊長は俺の顔から視線を外し、周囲の兵士達に見渡す。
 そして赤竜団達は俺を見上げ、近づくのに躊躇しているようだ。
 ふと足下から多数の呻き声と泣き声が聞こえる。
 レーザー掃射を受けて死にきれなかった者達だ。

「……か、母さん……あい……会いたいよぉ……」
「こんな……場所で死にたくない……うちに帰りてぇよ……うちに……」
「……ぐっが……ごぼっ……ごぽっ……」

 破れた腹に内臓を押し戻しながら母親に会いたがる者。
 もげた自分の脚に、しがみついて帰宅を願う者。
 肺に穴があき、自分の血で溺れる者。
 ……俺が作った生き地獄か。
 今、俺達がやっているのは戦争と殺人。
 なぜ、こんなことになったのか?
 今は考えても仕方ないことだ。
 今やることは、戦って隊長達と生き延びることのみだ。

「これ以上苦しむな、楽になれ……」

 死にかけの者達の脳天を正確にレーザーで撃ち抜いていく。痛みは無いだろう。

「そうだな、楽にしてやらねばな……」
「最初から、彼等には恨みは無いのだから」

 オボロ隊長もニオン副長も、近くでもがいている兵士達に刃を振り下ろし地獄から開放していく。
 どの道、助かるような負傷ではない。
 だったら早く死なせてやるのがなさけだ。

「竜には竜だ! 飛竜ども、あのデカブツを殺せえぇ!」

 飛竜達に命令が下されると、一斉に俺に襲いかかってきた。まとめて四十以上の竜がだ。

「まずいな。空中の敵は、ただでさえ厄介なのに、こうも数が多いと……」

 慌てる様子もなく、隊長が上空を見上げる。
 ここは俺の出番か。

「隊長、ここは俺にまかしてください」

 地を歩く者にとっては空の敵は驚異だろう。
 だが今の俺にとっては逆に絶好の的になる。
 飛翔する飛竜達に狙いを定めレーザーを照射する。
 たちまちに飛竜達の体や翼は焼き切れ、次々兵達の上に墜落し奴等を押し潰した。

「うわぁぁぁ! 飛竜が……真っ二つになって落ちてくる……」
「飛竜が落ちてくるぞぉ……! 一体なにがおきてるんだ!?」

 飛竜が作り出す制空権は、かなりの驚異になると聞いていたが、どうやら俺はそれ無意味なものにしてしまったようだ。
 そのありさまを見ていた隊長が口を開いた。 

「ほう、ナルミから聞いたとおりだ。視認が困難な攻撃能力を持っているとな、しかもかなり精密だな。しかも対空攻撃にも使えるとわ」
「俺の前では逆に遮蔽物が無い空中こそが危険な場所になります。正確に撃ち落とせますからね」

 怪獣の肉体に備わる光学兵器。
 その脅威は俺自身もよく分かっている。
 戦闘機や誘導弾を難なく迎撃する精密性と威力、この能力の前では人類の空軍力は無に等しいものだった。

「グギャアァ!」
「グルルゥ!」
「ガアァ!」

 飛竜は残り三匹。
 二匹は空中で静止しながら俺の背中に火炎を吐きかけ、もう一匹は左肩に噛みついている。

「そんなもんじゃ、傷つかねぇよ」

 噛みついている飛竜を右手で鷲掴みにし、体から引き剥がす。
 飛竜が手の中でジタバタ暴れる。
 少し力を込めて握ると、口から勢い良く内臓を吹き出して息絶えた。

「恨むなよ、とは言わねぇよ」

 搾られた飛竜が手から滑り落ちた。

「竜団ども、もう退け! 飛竜は二匹しかいねぇぞ。オレ達は王国とは関係ねぇんだ!」
「無駄に死ぬことはない。君達の竜では私達の竜に、かなわないことが分かるだろう?」

 隊長と副長が兵の撤退を勧めるが、赤竜団達も騎士隊と同じく退こうとしない。
 こいつらも誇りと覚悟で向かってくるのだろうか?
 いったい何が、奴等をここまで動かすのか?

「うおぉぉぉ!」

 一人の兵士が槍を構え突撃してくると、それに続いて兵達は全方位から雪崩のように突っ込んできた。
 完全に数に物を言わせた戦術だ。
 その様子だが、どこか後先を考えてないようにも見える。

「くそっ! 事情は知らねぇが、来るなら殺る!」

 俺は振り返り、背後で今なおブレス攻撃を継続している二匹の飛竜のうち一匹を張り手でバラバラに吹き飛ばし、もう一匹を掴み捕らえた。
 捕らえた飛竜の頭を引っこ抜いて息の根を止め、その亡骸を前方から向かってくる兵達に投げつける。
 ぶつけるために投げたのではない。
 投げつけた飛竜の遺体が兵達の上を通過する瞬間に、亡骸目掛けレーザーを照射した。
 死体の体内に残っていたブレスの燃料が発火し、兵士達の頭上で爆発した。

「ぐぎゃあぁぁ!」
「うがあぁぁ!」

 兵士達は爆風で吹き飛ばされ、竜の鱗が突き刺さった者もいる。

「すまねぇな、こんな使い方して」

 死体を利用してしまったことには、自然と謝罪がもれた。
 しかし兵達は前だけでなく、左右と後ろからも向かって来ている。
 すかさず右足を持ちあげ、四股を踏むように大地を踏みつける。
 その衝撃で兵達は転倒して動きを止めた。  
 攻撃さえしてこなければ治まるのに、なぜ向かってくる?
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