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第4章 独身男の会社員(32歳)が長期出張から帰還するに至る長い経緯
第9話「戸惑いを与えしもの」
しおりを挟む俺が掻き回したことが良い結果に結びつくのか更に悪い状況になるのかは解らないが、真希先輩曰く、戸惑いの中ではあるものの職場内でこれほどまで会話が見られるのはいつ以来だろうとのことだった。
取り敢えず、今の状態で俺がやれることは現状の把握をすることである。
直近の作業の進捗を見てみると、正直『うわぁ』と驚嘆の声を上げたくなるほど酷いものだ。
職場の規模が俺の元のチームより遥かに大きいのだが、作業ペースは1/3にも満たしていない。問題点なんてそれを上げればキリが無いほどだ。チーム内での連携が全くとれておらず、常に個々が別々の仕事をしているせいで、このやり方では改善すべき点があってもすぐには見つかりにくく、改善せねばいかなくなったときはほぼその区間の作業全てをリセットせねばいけないなっている。
現在、ほぼノー残業となっているが、これは恐らく職場内でのデモのようなものだ。進捗からしてこれで残業をしていたら逆におかしい。
しかし、去年の11月の勤務状況を見てみたら、週当たりで明らかに大幅な残業を行っているはずなのに、殆ど残業を付けていない部分も見られる。
組まれた大日程が間に合わず終わっていたところから考えると、無理な残業を押し付けられたにも関わらず、結果を出せていないことから殆どサービス残業にされて、チーム内の不満が爆発してしまったというところだろうか。
「……こりゃ、酷でえや」
昼休みの時間になると、職場の皆は一斉に退出する。休憩時間までこんな場所には1分たりとも居たくはないと言わんばかりだ。
そして残された真希先輩が俺と俺の読んでいた資料へチラと視線を向けていた。
「……どうしても残業を付けられなかったのよ。何を言っても駄目だった」
「そうでしょうね」
何一つ結果を出せていない状況では余り強く言えなかったのだと思う。
「こんなことになるのなら、あんな無理な大日程を立てるんじゃなかった……」
俺にもその気持ちは十分わかる。昨年のデスマーチだって紙一重のところで間に合ったものの、もし間に合わなかったら、多大な損害が出てしまい、もちろん休暇も一時金も要求なんて出来なかったんだ。
想像はしたくないが、俺の元の職場だってチームの皆の不満が爆発してしまって、人が変わるかのようにアイツらが不貞腐れてしまっていた可能性も否定できない。
ましてや真希先輩は最初から良い上下関係を構築できていなかったんだ。
想像するだけで胸が痛む。
「でも、貴方がこの職場の空気をいきなり変えてくれた。ちょっとだけかもしれないけど、ただ皆が戸惑っているだけかもしれないけど、それでも変化が起きた」
「今は奇跡を祈らせてちょうだい」
「先輩、俺は言ったように仕切らせてもらうのは2日間だけです。その後は結果がどうあろうと副主任の俺が主任を差し置いてアレコレするつもりはありません。無責任な奴だと思われるかもしれませんが……」
新参者の俺が変化をもたらすことが出来たとしても、すぐさま中長期的な求心力になれると思うほど自惚れてはいないし、良くも悪くも今の職場でメンバーと色々ぶつかり合ってきた先輩にしかその任は負えない。
そして、俺は長い間この場所に滞在するわけにはいかない。
「そう……そうよね。わかっているつもりよ。……私はもうチーフをクビになっているものだと思っているわ。だからこんな椅子に縋りついて自分を制限するつもりもない」
そんな先輩の決意を感じた俺は先輩にひとつだけ提言をした。
「今日、皆で30分だけ残業をしてみませんか?主任」
俺の言っていることを理解してくれたのか、そんな無理難題な宿題を必死に考え結論を出した先輩を俺は誇らしく思う。
「うんっ、今から課長と戦ってくるわ!こうなったらもうヤケのヤンパチよ!!」
うむ、今度課長には胃薬の差し入れをしてあげよう。
そんな感じで、とうとう職場に一人になった俺は出勤前にコンビニで買って来たパンとコーヒーで腹を満たそうと思っていたら、スマホからピコンと音が鳴り、空いている左手で端末のロックを解除した。
『……オジサマ。朝からず~っと、通学中も、授業中も、キョウがスマホを持って('Д')←こんな感じで固まっているんだけど!!』
『先生もクラスのみんなもすっごい困惑してるんだよっ!!』
恭子に何があったというのだろう?とっちゃんからのメッセージに俺もちょいと困惑気味だった。
『まあ、なんせ今日から初めての一人暮らしなんだ。色々と思うところもあるんだろうよ。とっちゃんには申し訳ないが恭子をサポートしてやって欲しい。それでも駄目な感じだったら、姫ちゃんの所で生活すれば寂しくはないだろうし、俺からお願いしてみるからさ』
やっぱ、一人は寂しいよなぁ。
って、感慨深くなっていると、激おこのスタンプが送られてきた直後に通話のメロディーが流れた。
「はいはい、もしもしとっつぁん?」
『いやいやいやいやいやいやいやいやいやっ!オジサマ、あなた自分が何しでかしたかご存知でいらっしゃるっ!?』
何故だか通話口の向こうのとっちゃんがこれでもかと興奮している。
「ええっ?俺?……なんもしてないけど、強いて言えばあんまり恭子にメッセージを返せていないから、恭子がそれに怒っちゃっているのかなぁなんて……」
『なんもしてないけどって!!オジサマ正気?アホなの?究極のニブチンなの?あなた朝っぱらからキョウに『好きだよ』なんて送っちゃって!!キョウの告白ボイス聞いてないんかい!!』
いや、それは聞いたけれど……
『あっ、ついでにその告白の件に関しては私が録音したことも、更にはオジサマに送っちゃったこともキョウは知らないから気を付けて……って、それよりも、あの子の気持ちを知っちゃったんでしょっ?そんな時に好きだよなんてアホかっ!!』
「いやいや、それは恭子がおせっかいな自分は嫌い?みたいな流れだったんで……恭子と俺は家族みたいなもんなんだし、そんな恭子が好きとかなんて昔から言ってたし……」
『どこをどう見たら朝のメッセージがそんな流れに見えたん??????マジわかんない。オジサマに嫌われるのが怖くてビクビクしているキョウに対して、全ての流れをぶった切って何故か愛の告白をしているようにしか見えないんだけど』
「はっはっは、そこは俺と恭子は長年の付き合いだし、ちゃんと俺の言わんとしていることくらい恭子もわかってるさ」
小学校の頃なんてお互いじゃれ合いながら好き好き~って言い合ってたし。
『……ダメだ、この人アホだ。……とにかく家族みたいな~とか、親戚のような~とか、幼馴染とかじゃなくて、ちゃんとキョウを一人の女の子としてみてあげて。……あと、オジサマの所為でキョウに作ってもらうはずだった朝ご飯とお昼のオベントを食べ損ねた私にちゃんとお詫びして』
「あっ、はい。すんません」
『デコピンしても、頬を抓っても正気に戻らないキョウを復活させるのはもうこりごりだから、これからはちゃんと言葉に気を使って返信してあげてよね。それと夜電話して誤解を解くなりちゃんと求愛するなりフォローしておくようにっ!!』
とっちゃんはそう言い放って電話を切った。
ううむ、一人の女の子として見る……か。
逆に恭子は本当に俺のことを一人の男として見ているのだろうか?
とっちゃんも含めて盛大に勘違いしているだけということもあるだろうし。
まあ、それはおいおい考えていくことにしよう。
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