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第2章 独身男の会社員(32歳)が過労で倒れるに至る長い経緯

第17話「もう一人のメイド誕生」―――学園side

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 学園祭まであと2日に迫ったタコガクは終日その準備に活気づいている。

 恭子たちのクラスである1-Cもカセットコンロしか使えない教室での模擬店になるか様々なキッチン用具が揃っている上に教室より広いスペースを有している家庭科室の使用権を得るかというエリア争奪大ジャンケン大会を都華子が制したことにより、これ以上ないにまで盛り上がっている。

 喫茶メニューにおいては恭子を中心にほぼ問題なく進めれられており、内装関係もヒトミの類稀なるセンスを用いて即席で作られてものとは思えないほどの仕上がりを見せていた。

 しかし、そんな中でも深刻な懸念は存在し、各担当のチーム責任者がミスコンの準備に追われている恭子を除いて打ち合わせを行なっていた。


「……やはり、相葉さん一人で全テーブルを回すのは不可能じゃないかしら?」

 文化祭委員の入江が腕を組んで悩む。

「だよなぁ……そもそも相葉一人ってのが無理があったんだよ」

 隆文は自分が発案者にも関わらず『これじゃ、企画倒れになるかもだな』と尚も駄目出しをする。

「いやいやいやいやいや、だから、最初っから無理だって私、言ったから!」

 都華子は机を叩きながらそう訴えるが、その場いる他のメンツは見向きもしない。

「せめて相葉があの時ジャンケンに負けてくれていたらなあ」

 教室での模擬店であればキッチンスペースを除くとフロアは6テーブルで限界だったが、家庭科室を勝ち取ったおかげで12テーブルという倍のスペースが設けられていたのだ。

「おかしいよね?絶対おかしいよね、あのときジャンケンに勝った私をみんなで胴上げして喜んでたよね!!」

「相葉さん、過去の話を蒸し返したところで何も解決しないわ。とりあえず、相葉さんが効率よく接客を行えるよう、中継スタッフを増員して対応しましょう」

 都華子の不満をよそにして、その場凌ぎな提案をする入江や『ま、それしかねえわな』と賛同する隆文を見て今更ながらも彼女は危機感を感じていた。

「待って、ちょっと待ってよ。ひょっとして私ずっとここに居なきゃいけないの?休憩は?他の出し物を回る時間とかは?このままじゃトイレにすら行けないよねぇぇぇ?」

 都華子の主張はもっともであったが、入江や隆文は”なに甘えたことぬかしてんの?”と物語るような冷めた目で彼女を見ていた。

「いやいや、せめてリリーフくらい寄こしてもらわないと、私絶対いやだからね!他のみんなは交代制なのに私だけこんな扱い、絶対認めないから!!」

 隆文は入江に顔を合わせると、『仕方ねえな』と小さく舌打ちをする。
 
「んー、じゃあヒトミ?このワガママ娘と小一時間くらいメイド変わって貰えるか?」

 都華子は隆文の言葉に「ワガママ娘ってなにさ!?小一時間じゃ足りねーから!」と不満をタラタラ述べるものの完全に無視をされて、隆文たちは話し合いの場でチマチマとコースターを作成していたヒトミの反応を待っていた。

「ん?うち?相葉の代わりをすんのは別にいいけど。……予備のメイド服を今からうちのサイズに仕立て直すのは時間的に無理じゃん」

 この喫茶店に今回メイド服を大小2着用意していたが、メインである都華子の衣装は身長的にサイズが合わず、予備の大きいメイド服もヒトミの規格外なスタイルではいかんせん無理があった。

「……胸だな」

「……胸ね」

 ヒトミの巨乳に目をやる隆文と入江。

「サラシ巻いても……やっぱ無理っぽいわー」

 ヒトミも頑張って両手で胸を圧縮するが、ぱよんと弾けるだけでその質量は変化を及ぼさない。

 解決策が見つからないまま沈黙する話し合いの場にクラスのみんなに労いの言葉をかけて周っていた担任の姫紀が姿を現した。

「どうしたのかしら、みなさん。何か問題でもありましたか?」

「あー、先生。メイドの相葉が休憩時間が欲しいなんて駄々こね始めてさあ」

「それはいけませんよ、三田原くん。相葉さんだけに負担をかけるのは先生間違っていると思います」

 姫紀はむしろ都華子を擁護する発言をしていたのだが、都華子は姫紀捕獲に際して純一から言われていた『心配かけさせた詫びで、先生にもメイド服を着させろ』という罰ゲームを情緒不安定になっていた彼女へ未だ実行できていないのもあってか、イライラを募らせていた都華子は問題の矛先を姫紀に向けようとしていた。

「じゃあ、姫ちゃんがやってよ!!私の休憩時間は姫ちゃんメイドで決まり、決まり!」

「おい、おまっ……ちょっと、相葉そりゃ……」

「な、なによ……タカフミ」

 流石にそれはないんじゃないかと言おうとした隆文と、流石にそれはないかもしれないと気まずくなる都華子だったが、姫紀の反応は彼らの予想を超えるものだった。

「え?……いいの?私生徒じゃないのだけれど、貴方たちと一緒に学園祭に参加して本当にいいの?」

 何故か感極まる姫紀は込み上げてくる感情に身を震わせていた。

「嬉しい……私、今までちゃんと学校の行事に参加させてもらえたことなんてなかったですから、ちゃんとできるかわからないですけど、立派に相葉さんの代わりを務められるよう精いっぱいメイドをがんば……頑張り……ううっ……頑張る……」

 ついには言葉を詰まらせぽろぽろと涙を流し始める姫紀。

「はいはい、大丈夫、大丈夫だからねー。先生は担任だけど、クラスの一員なんだから一緒に楽しめばいんだよ。一回向こうでメイド服の袖通しをしてみよっ、ね?」

 あの日から既に姫紀の安定剤と化しているヒトミは手慣れたように彼女をあやしながら別室へと連れて行く。


「た、大変!!こうしちゃいられない!!」

 そして、新聞部の一員でもある入江は慌ててスマホで部長に連絡をとっている。

「部長!スクープです!!すぐに号外を出してください。見出しは『プリンセス吉沢姫紀、学園祭にてメイド姿の披露が決定!!』ソース情報源は私ですから事実なのは間違いありません」

 入江のスマホからはスピーカーモードになっていないにもかかわらず『それは真実まことか!?でかした、入江!』と部長の大声が漏れて周囲に響き渡っていた。

「なぁ……相葉よ……」

「だ、だから、何よぅ……タカフミ」

 家庭科室の奥の部屋から聴こえてくる『ど、どうかしら?どっか変じゃないかしら?』『うん、似合ってる似合ってる。めっちゃイケてんじゃん、先生』といったヒトミと姫紀のやりとりに耳を傾けていた隆文は戸惑いを隠せずにいた。

「姫ちゃんって、学園祭の出し物ひとつで泣いたりはしゃいだりさ、あの人ひょっとして昔はぼっちだったとか?」

「わ、わかんないよ。だって姫ちゃんだもん」


 彼女たちのクラスは色々と問題を抱えつつも本番に向けて着々と準備が進んでいるのであった。
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