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第2章 独身男の会社員(32歳)が過労で倒れるに至る長い経緯

第2話「私立多胡中央学園」―――学園side

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 神海恭子の通う高校は私立多胡中央学園しりつたこちゅうおうがくえん、周囲ではタコガクと呼ばれ県内でも5本指に入る偏差値の高い学校だ。

 校風としては主に生徒の自主性を重んじられており、規則などは比較的緩やかである。そして特筆すべき点してタコガクは近年から高密度授業制度というものを取り組んでいて、基本的に1限を2時間区切りで設定されており間に休憩は挟まない。

 2時間集中して行われる高密度授業は他校に比べて同じ時間で授業の内容が3割ほど早く進められる。施行結果スケジュールにかなりの余裕ができて、当初はその時間を補習などに充てる予定だったのだが、生徒側から空いた時間で学園イベントなどに使いたいという要望がありちょっとした争いに発展した。

 最終的に生徒会と理事会との間で論争が行われ、結果、生徒会長の奮闘で生徒側の要望が認められるという経緯があった。

 そのような経緯で、このタコガクの学園祭はその規模も準備期間もかなり大きい。

 なにしろ11月の学園祭に1ヵ月も前から準備が行われているくらいなのだ。



 そして神海恭子の1年Cクラスは今も学園祭の話で一杯だ。

「神海ぃ!!お前、学園祭のミスコンでるって本当か!?」

 彼は三田原隆文みたはらたかふみ、サッカーで推薦入学したケンカ勝りで脳筋タイプの男子生徒。

「え、と。一応そういうことになっているみたいです」

 ミスコンは都華子が勝手にエントリーしていて、恭子は止む無く事後承諾した形である。

「なんでだ!!どうしてそんな自分を安売りするような真似を!!」

 隆文はミスコンの実行委員であり、エントリー表にあった恭子の名前見て慌てて駆け付けたようだ。

「タカフミ!!キョウに勝手に触んないの!脳筋がうつるから」

 恭子の両肩に置かれた隆文の手を払いのける都華子。

「うつらねえよ!!」

「そもそもキョウがミスコンに出ても出なくても、タカフミには関係ないよね?」

「アリだよ!関係アリアリだよ!!神海に近づく有象無象の魔の手から守るのが俺の使命だよ」

 隆文と都華子が『神海恭子』『ミスコン』というワードを大声で叫んでいる所為で、「神海がミスコンに出るのか!?」と周囲の生徒が興味深々でわらわら近づいてくる。

「ほらみてみろ!!有象無象が沸いて出やがった!!散れっ!散れっ!お前ら!!」

 隆文は群がる男子生徒を必死で追い払う。

「んー、まだ残ってるよぅ、魔の手」

「何!?どこだ!!」

 サッカーのディフェンスのごとくキョロキョロと周りを警戒する隆文を都華子はビシッと指さす。

「俺は魔の手じゃねえよ!!……ないよな?…よな?神海?」

 そう言い切ったものの微妙に不安になる隆文。

「あの、なんだかよくわからないのですけど、ミスコンはとっちゃんが一生懸命ダンスの振り付けを考えてくれているみたいですので、参加させていただこうかと思います」

 恭子は目を瞑り「おじさんが取り戻してくれたから、私はまた踊れるんです」と小さく呟く。

「わ、わざわざ皆の前で踊らなくてもいいだろ!踊りなら俺がここで見てやるって!」

「いや、それが一番安売りじゃん……」

 隆文の空回りに都華子も呆れを隠せなかった。



 そんなこんなでガヤガヤしていると担任の吉沢先生が痺れをきらして間に入ってきた。

「あなたたち盛り上がっているところを申し訳ないのですけれど、クラスの出し物の方は決まっているのかしら?まだ提出されていないのはこのクラスだけですよ」

「吉沢先生!そんなのどうでもいいんだよ!!この由々しき事態に比べればどうでもいいことだよ!」

 吉沢先生のこめかみがピクッと動く。

「ちょっ……タカフミ!!」

「……もう一度言いますね、三田原くん。出し物が決まってないのはウチのクラスだけです、よ」

「ええい!そんなのアレだ!相葉都華子の一人メイド喫茶とかでいいよ!めんどいから!」

 隆文が言い捨てると吉沢先生は「あら、そう」とだけ述べ、用紙になにやら記入しながら戻っていった。



「……おおーいタカフミ?ちょっと冗談じゃ済まない感じになっちゃったんだけど」

 都華子は口元を引きつらせながら隆文を小突く。

「あ?……ああ。間違っても神海にメイドなんてさせないように

 うぎゃー、と発狂する都華子をよそに、文化祭クラス委員が冷静に「クラスの出し物は”都華子さんの一人メイド喫茶”でよろしいでしょうか?」と多数決をとっていた。



 賛成多数にて承認。

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