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第185話「自慰なる少年は暴力と邂逅する——①」

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  六月十三日(月)十九時十九分 真希老獪人間心理専門学校・男子寮

 轟音。
 直後、男子寮の壁は大きく土煙を上げた。
 その壁。穿たれ、巨大な穴を形成したその壁の奥。土煙の中から小さな人影が飛び出した。
 神室秀青。
 飛び退いた神室秀青は、男子寮の隣に建つ建物の壁に背をぶつけ、瞬間、全力で右へと走り出した。
その刹那。
 再び土煙より飛び出した大きな人影が一瞬にして、つい寸前まで神室秀青が背を預けていた壁を蹴り抜いた。
 またもや舞う土煙。
 その大きな人影、神室秀青を襲撃した男は、凶悪な笑みを浮かべ、疾走する神室秀青に瞬間的に並び立った。追いついた。
「っ⁉」
「それが全速かぁ⁉」
 男は羆が如き巨大な手を伸ばし、アイアンクロー。神室秀青の顔面をいとも容易く覆い掴むと、白目を剥き出した歓喜なる表情で壁へと打ち付けた。
 コンクリートが割れ、少年の首から上が壁へと沈む。しかし、そこで男は止まらなかった。
 今度は野獣が如き白い牙を剥き出し、高笑うかのように男が走り出す。
 当然、少年の頭は壁に引きずられ、首から下の体は空中を浮遊しつつ男に引っ張られる。
「————っ」
 極大限の痛みが走る。鋭くも鈍い痛みに襲われる少年だが、しかし、やられっぱなしでいる彼ではなかった。
 少年のか細い左手が自身の顔面を覆う男の肉厚な手首を掴み、反対の右手が自身が走っている壁に触れた。
 男は絶えず止まらず走り続ける。故に、その反動。
 少年の体は一瞬にして男よりも前に飛び出した。その一瞬。その一瞬で渾身。エーラを局所集中させた蹴りを男の顔面に向かって放った。
 ほんの一瞬の反撃。
「………」
 しかし男は酷く退屈そうに目を細め、放たれた足首を掴み、振り子のように軽々と、少年を振り回し壁へと叩きつけた。
 前頭部からコンクリートに打ち付けられ、僅かに宙を舞い、血を撒き散らせながら少年は力なく地に伏した。
 細かい痙攣を繰り返す少年に大きな影が伸びる。
 男は、少年を見下ろして息を吐いた。
「……あまり期待はしてなかったがな。しかし存外、退屈だった。」
 そう吐き捨て、男は背を向ける。
 巨大であるにもかかわらず矮小にも見えかねない程に寂寞さが漂うその背中が歩みを止めたのは、しかし十秒も経たない程の事だった。
「———へぇ」
 口の端を吊り上げ、目の端を垂れ下げ、男は徐に踵を返す。
「立つのか。」
 男の視線の先では、少年——神室秀青が敵意を剥き出しつつも、やっとの思いで立ち上がっていた。
 その頭は紅蓮に染まり、その体は小刻みに打ち震え、しかしその目には、強い光が宿っている。
「てめぇ…いきなりなんなんだ⁉」
 額を流れ落ちる血を拭って、少年は口を開く。
「人が落ち込んでる時に襲い掛かってきやがって!」
「そうは見えなかったけどな。」
 冷静に返す男。
 だが、「オナニーしてたし」と続けた瞬間、男の顔は高揚に歪む。
「……くっくっく。そうだよ、お前はオナニーしてたんだ。」
 男をエーラが包み込む。その強大さは、しかし禍々しさとは無縁の凶悪さ。
「にもかかわらず…くくっ……エーラが消えてねぇってのはどういうことだ?」
「……っ!」
 瞬間、男のエーラは増大。震えたのは、空気か、少年か。
「お前、やっぱ楽しい奴か?」
 男は再び猛進。
 少年は、エーラを集めて身構えた。
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