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第169話「笹原刑事①」

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  六月十二日(日)二十時五分 警視庁・次長室

 ベージュ色のスーツを着た、二十代後半ほどの顎に薄く髭を生やした男が、次長室を訪れていた。
「先ほど、”pepper”の死亡が確認されました。」
「そうか……」
 男からの報告に、上司である次長は溜息まじりに一言こぼすと、もう一度大きく溜息をついて沈黙してしまった。
 これ以上はどうしようもない。
 髭の男は、一礼するとその場を後にした。


  六月十三日(月)九時七分 警視庁・屋上
「ふーっ」
 昨日と変わらぬ色のスーツを着て、男は柵にもたれて煙草を吸っていた。
 銘柄はアメスピ。
「庁内は禁煙ですよー、笹原ささはら先輩。」
 背後からのうざったらしい高い声に、笹原と呼ばれた男は振り向く。
葛原くずはらか……」
 葛原と呼ばれた、長い黒髪を後ろでひっつめた、タレ目の黒いスーツを着た男が笹原の隣に立った。
「サボりですかー、先輩?」
「まぁな。……っていうか、先輩はよしてくれ。もう階級はお前の方が上なんだ。」
 笹原は煙草を柵に打ち付けて灰を落とす。
「公安局の若手天才エリート。葛原省吾しょうご。」
「それこそよしてくださいよー。そんなん、周りが言ってるだけですからー。」
 葛原省吾は照れたように笑った。
「周りの評価がお前の評価だ。」
 笹原は煙草を咥えて、また柵にもたれかかった。
「今はそんなかたっ苦しい話、なしにしましょうよー。先輩は先輩ですから、いつまで経っても。」
 葛原省吾も同じように柵にもたれかかる。
「………。」
 そんな葛原省吾を、笹原は怪訝そうに見た。
「いやー、それにしてもほんと、びっくりですよねー。」
「なにがだ。」
「だって、笹原先輩が大学出て刑事になって。僕がその何年後かに公安に勤め始めて。絶対にもう二度と会えないって思ってたんですよー。それが、蓋を開ければあらびっくり。こうしてちょくちょく顔を合わせることになるなんてー。」
 明るい笑顔を浮かべる葛原省吾。
 笹原と葛原省吾は、同じ大学の二つ離れた先輩後輩同士の間柄だった。
「……まぁな」
 笹原は大きく煙を吸って吐き出すと、煙草を地面に捨てた。
「どうです? 最近、仕事の調子は?」
「まずまずだな。」
 笹原は煙草の火を踏んで消すと、葛原省吾に向いた。
「なぁ、葛原。」
「はい?」
 葛原省吾は煙草に送っていた視線を笹原に戻す。

「永久機関なんてものが…この世に本当にあるとして、それは果たして本当に人間が扱い切れるもんなのか? 俺たちの手には余る代物なんじゃねぇのか?」

「………何の話です?」
「………」
 笹原は両手をポケットに突っ込み、真っ直ぐ葛原省吾を見る。
 葛原省吾は観念したように薄く息を吐くと、とぼけた笑顔に挑発的な眼差しを浮かべた。
「やだなぁ、先輩。だから、試し試しやってるんじゃないですかー・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
 そう言うと、すぐに元の目に戻り、葛原省吾はとぼけた声を出す。
「っていうか、先輩。この間禁煙するろか言ってませんでしたっけ?」
「………三分でやめたよ。」
「そうですか。……じゃあ先輩、サボりもほどほどにしといてくださいよー。」
 風にスーツをなびかせて、葛原省吾は屋上を去っていった。
「………」
 笹原は新しく煙草を取り出す。
「やっぱり、鰯腹は死んでなかったか……」
 煙草に火を点け、大きく煙を吸い、吐き出した。
「……あーあ。仕事辞めるか人間辞めるかしてぇな。」
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