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第150話「少年は深淵を覗く⑦」

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  六月十二日(日)十七時五十九分 埼玉県大宮市・オフィス街

 隣を歩く嵐山に、まりあさんに聞こえないよう、悟られないよう耳打ちする。
「嵐山、今日は本当にありがとな。」
「なにがだ?」
 嵐山も、声量を落として喋る。
「今日のまりあさんとのお出かけ、俺、いつも通り全然喋れてなかったじゃん。でも、お前が所々でフォローしてくれたから、まりあさんもあんなに楽しそうにしてくれてる。お前のおかげだ。お前がいなかったら、こうはならなかった。ありがとう。」
「別に。初めてなんてそんなもんだろ。」
 あくまでもぶっきらぼうに、嵐山はそう吐き捨てる。
 けど、それも嵐山の優しさなんだろう。
 最近、そう思うようになってきた。
 今日という日も十八時を回ろうとしてきた。
 六月とは言え陽が落ちるのはまだ早い。
 すっかり闇に浸食されたこの道は、オフィス街ということもあり、スーツ姿の男性で賑わっていた。
 日曜日だというのに、大変すぎるな社会人は。
 下田先生は十九時半頃に大宮駅付近まで迎えに来てくれると、カラオケを出た時に取った連絡で言っていた。
 なんでも、道が物凄く混んでるそうだ。
 流石は都会といったところか。
 今のペースで歩いてても問題は無さそうだし、なんならもうちょっとこの時間を過ごしていたい気さえする。
 そう、想っていた時だった。
「え……?」
 まりあさんが、不意にその歩みを止め、立ち止まった。
「どうしたの?」
 少し距離があいていたので、まりあさんに駆け寄る。
「そこに……」
 まりあさんは、腕を震わせて視線の先を指さす。
 やや遅れたそのタイミングで、嵐山もまりあさんの隣に立つ。
「あそこがどうかしたのか?」
 見下ろす嵐山をまりあさんは見上げて、短く一言。
「𨸶先輩がいる。」
 𨸶先輩?
 なんで𨸶先輩がこんなところにいるんだ?
 エーラ感知に人一倍長けているまりあさんが言うんだから、多分人違いってことはないだろうけど。
 そうなると理由がわからない。
 あの人、今は任務の真っ最中のはずだ。
「けど、なんか変なの……」
 まりあさんの口調には並々ならぬ緊張感がこもっている。
 声の震えを必死に堪えようとしている様子がこっちにも伝わってくる。
 一体どうしたってんだ?
「𨸶先輩のエーラ…なんだかどんどん弱くなってる……それも、自慰行為での弱まり方とはまた違う感じ……なんだか、嫌な感じ……。それに……」
 まりあさんの頬を流れる一筋の汗。
 あの人、今は任務の真っ最中のはずだ。
 そこまで話を聞いて、まりあさんが指さすビルとビルの隙間、路地裏へと走った。
 まりあさんが抱く嫌な感覚、俺が感じ取った嫌な予感。
 こういう時のその手の勘は、よく当たるんだ。
 路地裏に侵入して真っ直ぐ突き進むと左方向への曲がり角が出現。
 そのまま左に折れて道なりに進むと、開けた空間が現れた。
 今の時間帯、夜にしたって薄暗すぎる、湿った空間だ。
「はぁ…はぁ…」
 息を切らした、俺の視線の先。
 それなりに広い空間の最奥部に見慣れた金髪の先輩が地に伏していた。
「𨸶先輩っ‼」
 駆ける。
 全速力で。
 𨸶先輩はうつ伏せに倒れており、その右腕は力なく頭上に投げ出されていて、左腕はただ横たわっていた。
 なにより、一番目を見張る、初見で凄まじいインパクトを与えたのは、𨸶先輩の体から生えている六本のナイフ。
 深々と突き刺さったナイフは、𨸶先輩のシルエットを容易にサボテンへと変容していた。
 そして、𨸶先輩が横たわる地面。
 𨸶先輩の体、ナイフが突き刺さってできた穴から流れ滴る大量の血、血、血。
 素人目にもわかる。
 𨸶先輩は今、生命の限界を迎えている。
「大丈夫ですかっ⁉」
 大丈夫なわけがない。
 わかってても、他に言葉が出てこない。
 急いで𨸶先輩の鼻に手を当てる。
 息は………してるな。
 とりあえず生きてる!
 けど、呼吸が浅くて速い。
 マズいぞ。
 勝手に動かせないし…どうすれば……。
「𨸶先輩っ⁉」
 後を追ってきたのだろう。
 ここで、まりあさんと嵐山も到着した。
「生きてるけど血が出てるっ‼」
 なにをわけのわからない説明してんだ!
 小学生か俺は!
「美神先輩が…嘘だろ……?」
 呆然と、嵐山は呟く。
 𨸶先輩は人心でも五本の指に入る実力者。
 確かに、なんで𨸶先輩がこんな目に……。
 よく見ると、ナイフが壁に刺さってたり地面に落っこちてたり、この空間一杯に戦闘の跡がある。
 ということは、誰かと戦って…負けたってことか……ん?
「……ねぇ」
 か細い声で、まりあさんがようやく口を開く。
「ここにいたの、𨸶先輩だけだった?」
 心臓が高鳴る。
 今度は、嫌な意味で。
「私が感じたの、二人分のエーラなのに。酷く、不気味な」

「今日は運がいいなぁ」

 不意を打たれる、くぐもった声。
 背後から。
 不気味なエーラも、同時に肌に刺さる。
 まだ後ろを向いていない。
 姿を見ていないというのに……嫌な汗が背中と腋をじっとりと湿らす。
 体が、動かない。
「おい。」
 隣に立つ嵐山の短い声。
「逃げるぞ。」
 嵐山の顔は脂汗にまみれていた。
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