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第144話「少年は深淵を覗く①」

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  六月十二日(日)十五時四十三分 埼玉県大宮市・某カラオケボックス

 三時のおやつの時間を回った頃、俺たちは例のショッピングモールを後にしてどういうわけかカラオケに来ていた。
 まりあさんたっての希望なので、どういうわけってこともないけど。
 当初はボウリングへ行く予定だったのだが、まりあさんはボウリングをしたことがなく、下手だったら恥ずかしいとのことだ。
 逆にカラオケは行ったことがあるのか訊いてみたら、どうもそういうわけでもなく、ただ、歌自体はよく聴くし部屋で一人口ずさむこともしばしばあるから、とのこと。
 正直カラオケの方が何倍も恥ずかしいとは思うのだが、そういう「普通の」観点に縛られないあたり、実にまりあさんらしいし愛らしい愛おしい。
 そんなわけでやってきたカラオケボックス。
 関東地方ではそこそこ有名なチェーン店で、財布にもそれなりに優しい普通の店。
 しかし、ここには一つの大きな問題がある。
 というのもこの店舗、実は地元では有名なナンパスポットらしいのだ(来る途中調べた)。
 系列自体はただ優良なだけの優良カラオケボックスなのだが、場所が悪かった。
 もしもまりあさんが怖い目に遭ったら。
 それだけで今日という日は台無しになってしまうだろう。
 店を変えればいいだけの話と思われるだろうが、今は日曜の十五時過ぎ。
 栄えた町のカラオケボックスはどこも満席で、空いてる店がここしかなかったのだ。
 まだまだ明るい時間帯なので何事もないとは思うのだが、もし何事かが起こった場合はこの身を捨ててでもまりあさんをお守りせねばならない。
 たかがカラオケ、そんな覚悟も必要ないとは思うけど。
 そのたかがカラオケには、さらにもう一つ、大きな問題がある。
 この俺、神室秀青。
 言いたくないのだが、実はめっぽう音痴なのだ。
 思い出したくもないのだが、人生で取ったカラオケの最低点は二十六点。
 それまでは五十点ぴったりがほとんど、良くて六十点台後半という記録だったのだが、その機種は五十点以下の点数が取れないように配慮された素晴らしい機種だったんだろうな。
 断言する。
 カラオケの採点機能は害悪だ。
 だから本当はカラオケに来たくなかった。
 昨日の会議でも嵐山が出したカラオケの案を俺は速攻で却下した。
 にもかかわらず、俺は今カラオケボックスに来ている。
 狭い室内でまりあさんの歌を聴き入ってしまっている。
 魅了されている。
 歌の女神様だ。
 まりあさんの願いだ。
 断れるわけがなかろう。
 そんなわけで一応腹を括って来たはいいが、入店してからここ三十分、まりあさんがほぼほぼ独占状態で歌っている。
 しかも上手い。
 元々がきれいな声をしているのだ。
 歌声ともなれば、それはさらに洗練された清らかさを発揮し、その上ちゃんとメロディーに乗ってリズムも取れてる。
 九十点台後半を連発するのも頷けるというものだ。
 そして、隣でウーロン茶を飲んでるくそみそイケメン野郎こと嵐山。
 こいつもさっき一度だけ歌ったのだが(ミス●ルとか歌ってやがった)、こいつもこいつでまぁ上手い。
 九十二点取ってやがった。
 つまりなにが言いたいかというと、だ。
 この室内、二〇七号室内において、ガキ大将レベルの音痴っぷりを発揮する傑物は俺だけということになる。
 これは非常にマズい!
「ふぅー」
 まりあさんが歌い終わり、瞬時に笑顔で拍手を送る。
 アウトロが終わり、出された評価は九十八点。
 神かよ。
 ちなみに、まりあさんが今歌ってた曲は「夢の●レード」。
 その前に歌っていたのは「ちょん●げマーチ」やら「だんご●兄弟」、「あめふり●んちゃん」とか。
 この女神様、おか●さんといっしょの曲しか歌わない。
 あ、一回だけ子守唄歌ってたな。永眠しそうになった。
 一つ言えることは、まりあさんの子供になりたいってことだけだ。
「まじで歌、上手いよね。」
「そんなことないよぉー」
 謙遜するまりあさん。
 ふつくしい……。
「楓君の方がとってもお上手だったよ♪」
「いや……」
 褒められてるというのに無表情な嵐山。
 ちっ。
 調子コくなや。
「っていうか、私ばっかり歌っちゃってごめんね。つい楽しくなっちゃって。」
「いやいやそんなこと! もっと聴いてたいよ!」
 ただの本心。
 女神様の歌声に溺れ死にたい。
「こんなに楽しいって知ってたら、もっと早く来てたのになぁ」
 ただただ笑顔、ただただ楽しそうなまりあさんは、ただただ尊かった。
 正直今日は(いつもだが)緊張のせいでまともにまりあさんと会話できてた覚えがない。
 でも、それでも。
 こんなにも嬉しそうに楽しそうに笑ってもらえて、それだけでも今までの人生全てが報われたように思える。
 生まれてきてよかったと、心から思える。
 このまま、この時間が永劫に続けばいいのになぁ。
「あ、じゃあさ、次はシュウ君が歌ってよ!」
 帰りたい。
 まりあさんに手渡されるままデンモクを受け取ってしまう。
 こうなったらまた嵐山に歌ってもらうしか……。
「ちょっとトイレ行ってくる。」
 俺の視線から流れるように嵐山が立ち上がった。
 早く終われ、この時間。
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