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第118話「他者、あるいは自己が巨大な生物によって呑み込まれる事象に覚える性的興奮の授業⑤」

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「い、いやいやいや! こんなものに入ったら」
「うん。全身を圧着されて呼吸困難にすら陥るだろうねー。」
 あっさり言うなっ!
「シャレになんないですって! 死んじゃいますって!」
 全力で抗議するも、先生から折れる気配は感じられなかった。
「神室くん、僕だって、生徒を危険には晒したくない。授業だって、安全に終わるよう配慮しているさ。だから、これは君にならできると……いや、君にしかできないと思って用意したんだ。」
 ローションを注ぎ終えて、先生は徐に立ち上がった。
「普通なら死に至りかねない状況でも、君には『独り善がりの絶倫オーバーロード』がある。君のタフネスは超人の域に達しているんだ。君には、より深淵なる丸呑み疑似体験を行える可能性があるんだよ。」
 いやいや!
 確かにそうかもしれないけども!
 まだ自分の“性癖スキル”の事とか全部理解できてないし、怖いものは怖いんだよ!
「シュウ君、すごい……」
 マジで逃げ出そうか考え始めた時、麗しい声が聞こえてしまった。
「みんなもよりももっともっと、少数性癖への理解を深められるだなんて……、本当にすごいよ。きっとシュウ君が優しいから、神様がプレゼントしてくれたんだろうね♪」
「先生、準備は出来ましたか? 俺はいつでも準備万端ですよ。」
 気が付けば、親指を立てて格好つけてしまっていた。
 ああもうっ! デジャヴ!
 エアブロアーの空気を送りまくって、布団圧縮袋に匂いをつけまくる嵐山。
 もうその辺でいいんじゃないかと何度も思ったが、かなり丁寧に時間をかけて匂い付けをしてくれやがった。
 嵐山、許すまじ。
「さぁ、神室くん。こっちも準備オッケーだよ。」
「ようやくですね。」
 あぁもう、やけくそだ!
 震える手を悟られぬよう、ゆっくりと入り口に手をかけ、布団圧縮袋の中に足から入れる。
 たっぷり詰まっているローションが、入りたくない俺の体を急かすように滑らしてくる。
 全身が入った。
 体中がぬるぬるして、かなり気持ち悪い。
 しかも、あの悪臭が立ち込めてて鼻が曲がりそうだ。
「じゃあ、圧縮していくねー。」
 そう言って、先生は入り口をジッパーで閉じ、次に空気を抜かれていく機械音が響いてきた。
 プールの中にいるかのように聞こえる音。
 体を包み込んでいる袋が、徐々に体積を失って俺を圧迫してくる。
 同時に、口周りの空間が軽くなっていく感覚を覚え、息苦しくなってきた。
 しかし、まだこれは良い方だったというのが、直後にわかる。
 ビニールが、俺の口と鼻を塞ぎ、呼吸を奪ったのだ。
 やばい!
 マジで怖い!
 格好つけてる場合じゃないだろこれ!
「ふぶぅっ!」
 「出して!」と言ったつもりが、口を塞がれているせいで汚い叫び声になってしまった。
 しかも、今ので飛び出た唾が、ビニールと口の隙間を埋め尽くし、呼吸困難を更なる段階へと昇華する。
「シュウ君? 大丈夫?」
「神室っち!」
 霞み始めた視界に、まりあ様と木梨さんの心配そうな表情が映った。
 ああ、女神と天使……。
「大丈夫だよー。彼の“性癖スキル”はここから本領を発揮するんだから。」
 人差し指を立てて笑う先生。
 雑っ⁉
「あ、そうなんですねー。」
 先生の言葉に、二人はあっさり納得して引き下がっていった。
 女神と天使っ⁉
 思わず涙が出そうになったが、目が塞がれてそれすらままならない。
 闇が永遠に続くという喩えをようやく体感した。
 全身にぬめついたビニールが纏わりついてきて、一切の身動きを許してくれない。
 暗闇の中、全身の自由を奪われ、呼吸を遮断され、段々と恐怖がつのってくる。
 徐々に肥大化していく恐怖心はやがて、僅かな安心感を呼び起こしてくる。
 まりあ様と木梨さん。
 二人が感じたものは、これだったのか。
 全身の力を抜いて身を任せたくなるような、揺り篭のような安堵感。
 母の胎内。
 しかし、その直後。
「っ⁉ ぶむぅっ⁉」
 激しい嘔吐感を覚えた。
 気持ち悪い!
 なにこれ⁉
 しかも、徐々に増していく嘔吐感の中から、僅かに、ほんの僅かに感じる高揚感。
 不規則に脈打つ心臓が、緩やかに速度を速めていく。
 なんか…気持ちいい……?
 いや、気持ち悪い⁉
 気が付けば、下腹部への締め付けが強まっている。
 というか、これは知ってるぞ。
 勃起しだしてるんだ。
 ビニールの締め付けが強くなってるんじゃなくて、こっちの体積が大きくなってるんだ。
 意識せずに治めようと試みるも、気付いたが最後、より一層意識してしまい、ちんこが完全起立の状態を保ってしまった。
 しかも、下腹部に血を持っていかれてしまい、余計に脳への血が足りなくなる。
 マズいってこれ‼
 このままじゃ死因が勃起野郎になってしまう!
 とか言ってる場合じゃねぇっ!
 本格的に意識が薄れだし、もうわけがわからない。
 その薄れていく意識を呼び覚ましたのは、後金が放った一言だった。
「あれ? こいつ、勃起してね?」
 くっそ見つかった!
 見えなくても、にやついているとわかる声音。
 気付いても指摘してんじゃねぇよっ!
「あ、ほんとだー。」
 木梨さん⁉
 女子は見ちゃ駄目‼
「さっきの木梨さんと同じく、拘束されることによって死を意識し始めたんだろうねー。死に直面した人間は、子孫を残す本能に駆り立てられ、性欲が増す。男性の場合はその変化が見た目に現れるからわかりやすいよねー。」
 なに冷静に授業進めてんだ糸目野郎‼
「首絞めセックスなんかも、そこから来てそうですね。」
 お前まで気付いてくれないのか嵐山⁉
 というか、まりあ様はなんで何も言ってくれないんだ⁉
 超不安‼
 なのに、それなのに、その不安から逃避するかのように、見られているという羞恥心が殊更に俺の勃起力を高めていく。
「ってか、こいつのちんこ曲がってるんだな。」
 後金てめぇいい加減にしろ‼
 ジャージの上にビニールが張り付いているせいで、どうやら俺のちんこの形が丸わかりとなってしまっているようだった。
 俺の数多いコンプレックスの一つ、曲がりちんぽがバレてしまった。最悪。
 というか、妙に冷静になってきてねぇか、俺?
「あーあ。私だけの秘密にしておきたかったのになー。」
 残念そうな声を上げる木梨さん。
 ……木梨さん⁉
「お、木梨知ってたの?」
「うん。神室っちのおちんちんの形、かなり独特なんだよねー。」
 木梨っ‼
「竿が下に曲がってる状態で、更に右に捩れてるの。勃起してなくても右に捩れてて可愛いんだー。」
「ふぶぶっ! ふぶぶぶっぶぶ!」
 マジで! やめてってば!
 てかなんでそんなこと知って……あ、彼女の”性癖スキル”か!
 色々・・思い出した事で一気に込み上げた羞恥心。
 瞬間、股間が突如楽になった。
 圧迫感が失せた。
 しかし、この感覚では依然勃起は続いている。
 一体何が……?
「うわっ! すっげぇ! こいつちんこでビニール突き破ったぞ!」
「完全密着してるからねー。勃起の力だけで破ったんだろうねー。」
 !
 そういうことか!
 持てる全ての力を使って、もがく。もがく。もがく。
「………っふぁっ!」
 ローションがかなり妨害してきたが、無事残りのビニールを引き裂き、布団圧縮袋から脱出できた!
 生還した!
 生きてる、俺。
 勃起によるビニール破り、そこからの脱出劇。
 それらを一瞬で見せられて言葉を失った一同が、ローションやら汗やら涎やら鼻水やらでベッタベタな俺の顔を凝視する。
「………。」
 俺も言葉が出てこない。
 無駄に気まずい沈黙が少々流れた後、徐に動き出した先生が、俺の両肩に手を置く。
「おめでとう、神室くん。」
「は?」
 何マジ顔で素っ頓狂なこと言い出してんだこの人は。
「君は、この授業で最も大事な事、死の恐怖を体験できた。【丸呑み性愛ボラレフィリア】の気持ちに手を伸ばせたんだ。これはほんとに、素晴らしいことだよ。」
「いやっ……」
 確かにそうかもしれないけど、こっちは冗談じゃなく死にかけて……いや、そもそも俺はそれを見栄で了承したんだったか。
 思いっきり俺に非があるじゃねぇか。
「ああ…はいまぁ……」
 歯切れの悪い返事。
 ぶつけようのない怒りを感じるとともに、股間が萎んでいくのがわかった。
「よぉ、神室!」
 唐突に肩に手を回してくる後金。
「いや~、いいモン見してもらったわ! あれぞまさしく生命の神秘だな!」
 ……今は疲れてるから絡みつかないでくれ。
「シュウ君……」
 疲れも吹き飛ぶ美声。
 まりあ様が、胸元に手を当て、涙を流しながら立っていた。
 まずい……俺の勃起脱出に恐怖を覚えられたんじゃ……?
 まりあ様からの罵詈雑言とか聞きたくない‼
 まりあ様が口を開くのが見えて、思わず目を強くつぶる。
「すごいよ! 被捕食者の気持ちを身をもって理解しただけじゃなくって、それをみんなにも伝えるだなんて! 私、感動して涙が出てきちゃった……。本当に、シュウ君にしか出来ないことだね♪ えらいぞっ♪」
 しかし、まりあ様から浴びた言葉は罵詈雑言などではなく圧倒的称賛。
 汚い俺に、綺麗な感動を寄せてくれていた。
 ………いや、ここまで来るとちょっと怖ぇっ‼
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