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第111話「戦いの後始末③」
しおりを挟む五月二十九日(日)二十時二分 真希老獪人間心理専門学校・一階廊下
「いやー、それにしても綺麗に戻ったもんだなー、顔。」
夜の校舎。
下田先生と嵐山、三人で廊下を歩いている。
嵐山の焼け焦げていた顔は、伴裂先生の治療により元のスカしたイケメン面に戻っていた。
「お前は見事にミイラ男になったな。」
「な、う、うるせー!」
複数の打撲で膨れ上がった俺の顔は、伴裂先生の治療により包帯まみれとなっていた。
「それじゃあ先生、神室、俺はこれで。」
階段を降り切ったところで、嵐山は寮へと向かう俺たちとは反対側、体育館ある方向へと体を向けた。
「また明日、六時くらいに迎えに行くから今日はなるべくゆっくり休むんだよー。」
「はい。よろしくお願いします。」
僅かに振り返り、小さく会釈する嵐山。
「あ、嵐山、また明日!」
「ん。」
嵐山は完全に背を向け、そのまま歩き出していった。
一見すると冷たい印象も受けるが、昨日までよりは対応に温度を感じる気がする。
死闘を経て、俺たちの距離が縮まったんだろうか?
……なんで嵐山を攻略してるみたいになってんだよ!
「さ、僕たちも帰ろっか。」
「あ、はい。」
再び、先生と俺は寮へと向けて足を歩を進める。
「……そういえば、先生も寮に用事があるんですか?」
見上げた先の先生は、目を細めて笑う。
「用も何も、僕も寮住まいだからねー。あそこは生徒と職員兼用の建物なんだよー。」
「あ、そうだったんですか。」
全然知らなかった。
「………。」
「………。」
なんとなく、お互い無言のまま足を運び続ける。
普段、いつ呼吸してるんだと言わんばかりの先生だが、どういうわけか一向に口を開いてくれない。
……怒らせた?
約束破って嘘をついて…怒らせるには十分すぎる理由が揃っていた。
……謝ろう。
「あの、先生。」
校舎から寮へと繋がる渡り廊下を進んでいるところで、ようやく意を決して先生に声をかける。
「………。」
ぼーっと、先生はこちらに見向きもしない。
……やっぱめちゃくちゃ怒ってる?
「……先生?」
「ん? ああ、どうしたの?」
いつも以上に心ここにあらずな調子で、先生はようやく俺を見てくれた。
「……あの、今日はすみませんでした。」
怒られるの恐い。けど、このままモヤついてるのも嫌だし、素直に正直に(もう嘘ついてるけど)謝らねば。
全面的に俺が悪いし。
「………。」
再度の沈黙。
先生は顎に手を当て、神妙な顔で黙りこくってしまった。
怒られる。
気が重い……。
またもや具合が悪くなってきて、ようやく先生は口を開いた。
「…………? え? なんで謝ってんの?」
小首を傾げる先生。
はい?
「な、なんでって、その…約束破っちゃったし、嘘ついて誤魔化そうとしちゃったし……」
「ああ。その事。」
先生の表情がぱっと明るくなった。
「あははー。別に怒ってないよーん。」
片手を広げて子供のように無邪気に笑う先生。
っていうか、怒ってない?
「え? でも先生、ずっと黙ってたじゃないですか。無の怒りを感じたんですけど……」
「ごめんねー。ちょっと考え事をしててさー。ほんとに全然怒ってないんだー。だって、君の性格から考えて無傷で済むなんて思わないもん。っていうか、あんな嘘で誤魔化されるわけないじゃん。」
「はぁっ⁉」
じゃああの約束はなんだったんだよ⁉
「ごめんごめーん。そういえば言ってなかったねー。あの話、実は君の事試してたんだよー。」
後ろ髪を掻いて、先生は朗らかに笑う。
「仲間が危機に陥っても、自分を優先させるような人間を、僕は信用できないからねー。いわば、今後の任務を割り当てるうえでの僕からの最終試験ってところかなー? 結果は勿論ばっちり合格! 仲間の為に怒れる熱い男。僕はそういうの大好き、大歓迎さ。」
「騙してたんですか⁉」
「うん、そうだよー。」
あっさりと答えやがる。
「でもでも、良かったじゃーん。みんな無事だったわけだし、これからも君には活躍の場が与えられる。心のモヤモヤも晴れたことだし、これで痛み分けってことで。」
悪びれもしねぇなこの人。
なにが痛み分けだよ。
痛かったの俺だけだよ。
それに、心のモヤモヤはまだ解消しきれていない。
「あの…まだ一つ、気になることがあって……」
駅構内やいけふくろう前での事だ。
「俺たち戦闘中に、野次馬たちに顔がっつり撮られたんですけど。敵の“性癖”が発動した瞬間も、多分……。嵐山は大丈夫って言ってたんですけれど、ずっと気になってて。」
「うんうん。よくあることだねー。」
笑顔で頷く先生からは、一切の心配事は感じられなかった。
「その事なら、全然全く気にしなくていいよー。とっくの昔に対策済みだしねー。」
そう言って、先生はポケットからスマホを取り出し、操作を始めた。
「これ、なーんだ?」
差し出されたスマホの画面には、一つのサイトが映し出されていた。
「えぇっと……」
黒い背景に黄色で抜かれたサイト名。
「y…u…、……ユ…キ……」
「yukiQsolve。神室くん、英語読めないの?」
「くっ、日本人だから必要ないですよ。」
苦しい弁解をしつつ、今一度表示されたサイトを見てみる。
開かれているのはホーム画面。
上段に書かれているサイト名より下には、様々な記事がのタイトルが、投稿された時系列順に並んでいる。
注目されている芸能人についてや、公開前の映画の情報(ネタバレ注意の警告もしっかりなされている)などが掲載されているようだが、このウェブサイトが一体なんだっていうんだ?
「普通のウェブサイトに見えるでしょ? でもほら、ここ。」
先生が指さしたのは、『池袋駅の騒動の真相は? 映画の無断撮影? 出演俳優の顔バレも!』と題された記事。
投稿日時は……今日の十九時きっかり。
さっきじゃねぇか!
「今日、映画の撮影なんてあったんですか?」
「君、勘がいいんだか悪いんだかわかんないねー。」
ナチュラルに煽ってくる先生が、その記事を開く。
そこには、今日の十五時前に起こった騒動、人が急に現れたり消えたり、跳んだり撃ったり……したように見えたのは映画が無断で撮影されたからであり、痴漢騒動も全て架空のものであった、と書かれていた。
「……これ、俺たちがやったこと?」
「うん。このサイトはねー、人心の協力者が作ってるんだー。ユキくんって言う子なんだけれどね。普段は勿論、普通のニュースを扱ってるんだけれど、僕たちがやらかして、“性癖”だったりを一般の人に見られた時はいつもこうやって火消ししてくれてる。助かるよねー。ほら、ここなんて。」
先生が画面をスクロールした先には、俺や嵐山、木梨さんといった、今日任務にあたっていたメンバーの顔写真が載せられていた。
……あ、よく見ると違う人? 別人だ。
「この人たちは芸能事務所に所属している、まだ芽が出てない役者さんたち。僕たちにすっごい似てるでしょ? こうやって瓜二つな人たちを探して、僕たち役を演じてもらってるんだー。」
確かにめちゃくちゃ似てる。
先生の写真なんて、ひたすら先生だし、まりあ様役の人に至ってはまりあ様ほどじゃないが、なかなかにべっぴんさんだ。まりあ様ほどじゃないが。
「でも、この人たちはめちゃくちゃ叩かれるんじゃないですか?」
俳優陣の他にも、今回の撮影に関与した人たち(監督やら脚本家やら)の名前までも掲載されている。
こんなの、みんな批難を浴びる事受け合いだろう。
「あー、その辺も大丈夫だよー。確かに、多少の炎上はあるだろうけれど、むしろこの人たちの狙いはそこだからー。」
スマホをしまい、先生は指を立てる。
「人って面白いことに、良い印象よりも悪い印象の方が目立つんだよねー。どうやっても芽が出なかった役者や監督が、世間からの悪い注目を一身に浴びる。すると、今までにないくらい知名度が上がるんだ。そして、悪い印象の後の良い印象程目立つものはない。今後の結果次第では、一躍時の人となるのも夢じゃないだろうねー。チャンスが増えるんだよ。」
なるほど。
不良更生現象とかもあるもんな。
「彼らは知名度を獲得して、このサイトは絶対に被らない情報を扱える。そして僕たちは、正体を隠して戦える。みんな、ウィンウィンだろう?」
なんだ、そういうことか。
これでようやく、一安心だ。
「おっと、大丈夫かい?」
気が抜けて、倒れかかった俺を先生が支えてくれた。
なんかもう早く寝たい。
瞼が重くなり、周囲が霞んできた。
「そりゃあ、こうなるよね。……とにかく、お疲れ様。君はよく頑張ったよ。今日はこのまま、僕が部屋まで送っ」
最後に、先生の声だけが聞こえた。
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