101 / 186
第101話「愚者のハンドワーク⑳」
しおりを挟む
五月二十九日(日)十五時五十九分 豊島区・光が丘公園
神室秀青ⅤS“八分儀”逆撫偕楽
怒りと共に立ち上がった神室秀青。
体全体が熱く、腸が煮えくり返るのを感じる。
しかし却って、彼の思考は至極冷静なものとなっていた。
「許さねぇ……だと?」
対して、逆撫偕楽は当初の冷静さを失いつつあった。
格下と相対している優位な戦況。
興奮と快楽。
そして、未だ立ち上がる相手。
苛立ち。
逆上。
「てめぇが許さねぇからなんだってんだよっ!」
大きく地面を蹴る逆撫偕楽。
敵からの接近に、神室秀青は手にしていたものを投げた。
立ち上がった折りに、握りしめた拳。
拾い上げた、二つの小さな石。
石つぶて。
「っ‼」
直線的に機動していた逆撫偕楽の体が横に逸れる。
反射的に避けた石つぶてに目を奪われていた一瞬。
その一瞬で、神室秀青は履いていた靴を蹴り飛ばした。
小さく弧を描き、飛んでいく靴。
その軌道上には、逆撫偕楽。
人間は、無意識の内に右足に重心を傾けている。
咄嗟に避ける際は、左に移動する。
先ほど逆撫偕楽が証明したこのセオリーを、神室秀青は知らない。
ただ、感覚。
自身が受けた攻撃を、感覚で再現していた。
不意を突いた飛び道具。
靴。
エーラに覆われている体。
ダメージなどほとんど受けつけない。
しかし、それでも彼は避ける。
不意を突かれた故に、避ける。
数多の修羅場を潜ってきた経験。
生き残ってきた者ほど、反射で動く。
頭を下げ、上体を落として靴を躱す逆撫偕楽。
彼の目前に、神室秀青が迫っていた。
「⁉」
神室秀青の左脚。
蹴り上げ。
彼が気付いた時には、視界いっぱいに神室秀青の靴が広がっていた。
防御不能。
回避不可能。
(これでわかるはずだ。体術か…“性癖”か…!)
「無駄なんだよ。」
案の定、空を裂く蹴り。
背後からの声。
やはり——消えた。
瞬時に体をひねり、神室秀青は飛んできた鉄棒の一撃を左腕で防いだ。
殺し切れなかった衝撃に、体は宙を浮き、後方へと跳ね跳ぶ。
樹に衝突し、おぼつかない足取りでしっかりと着地。
(確定。“性癖”。)
樹に片手で寄り掛かり、神室秀青は逆撫偕楽を見据えた。
(……防いだ?)
逆撫偕楽は、特殊警棒で軽く肩を叩く。
(見た。目の前で消えた。瞬間移動みたいな能力だ。……けど、なんだろう。まだ違和感が……)
ここで、逆撫偕楽が動いた。
再び、神室秀青目掛けて真っ直ぐ走る。
それを受けて、神室秀青も突っ込んだ。
思考は未だ纏まらないものの、ここでの待ちは、精神的に押されることを意味していた。
(とにかくあいつの“性癖”を攻略しないと。…あいつは後ろを取ってくる。だったら———)
まず仕掛けたのは逆撫で偕楽だった。
神室秀青よりも長い腕に加えて、持っている特殊警棒。
獲得したリーチの差で、先手を仕掛ける。
しかし、冷静さを取り戻した神室秀青。
慎重に相手の攻撃をいなし、確実に接近する。
攻撃をいなされ、僅かな隙が生じた逆撫偕楽。
だが、彼にとって接近戦でのこの隙は、隙とは言えない。
そのことを、両者が理解していた。
理解しつつも、左腕を振るう神室秀青。
凌がれるとわかっている一撃を振るう理由。
次への布石。
梶消事との特訓。
格上相手の戦闘経験は、少ないながらも彼にもあった。
当然、彼の思った通り、この一撃は届かない。
だから素早く、体を回転。
後ろを取る動きに合わせ、初めから後ろを狙っての一撃。
振り向き様の、本命の右ストレート。
しかし。
「浅い攻撃が見え見えなんだよ。」
彼の後方。
先程までの前方からの挑発。
直後の、鋭い一撃。
逆撫偕楽は、”性癖”を発動していなかった。
「———つあっ!」
反応しきれず、防御しきれず。
無防備に投げ出される体。
跳ね終えた体を起こそうと、腕が震える。
意識が飛ぶのを抑えるのに精一杯だ。
「てめぇ、俺の“性癖”を探ってやがんな?」
「っ!」
体を揺らし、ようやくの思いで立ち上がった神室秀青に下される、一言。
「お前じゃ無理だ。知る前に死ぬ。」
無論、逆撫偕楽に『鍵』は殺せない。
しかし、それでもこの一言は神室秀青の精神を確実に削っていた。
(狙いを見抜かれてる……くそっ。認めたくねぇけど…やっぱこいつ強い……)
ふらふらと揺れる体。
全身全霊の力を足に込めて。
「……うあああああああああああああああ‼」
神室秀青は走り出した。
(手加減してたんじゃ、“性癖”すら使われない! だったら———)
神室秀青の接近に合わせ、逆撫偕楽は特殊警棒を振るう。
神室秀青はそれを左手でいなし、右手に渾身の力を込める。
(だったら、全部本気の攻撃だ!)
躱される右フック。
背中を打つ重い一撃。
反応が遅れ、投げ出される体。
素早く立ち上がる神室秀青。
そして再び猛進する。
「あああああああああああっ‼」
(こ、こいつ……)
そんな神室秀青の様子に、逆撫偕楽は僅かに震えた。
(ちょっと前までただの高校生だったんだろ? なのに…どうして……)
神室秀青が何をどう狙っているのか。
わからない逆撫偕楽ではない。
それでも、理解できないものがあった。
(どうしてこんなに躊躇がねぇ⁉)
彼の覚悟が、理解できなかった。
「ちっ」
一直線に突っ込んでくる神室秀青に、逆撫偕楽は土を蹴り上げた。
逆撫偕楽の真似をした神室秀青、の真似をした逆撫偕楽。
舞い上がる土と木の葉。
止まることなく神室秀青はそこへ突っ込み、視界を奪われる。
が、それでも彼は止まらない。
両腕を交差させるように振り回した。
無軌道に。
無鉄砲に。
その攻撃は、まぐれにもそのタイミングで接近した逆撫偕楽に直撃——する直前に、“性癖”を発動させて回避。
彼の背後に回り込んだ。
神室秀青は、気配を察知したわけでもなく、反射のみで振り返る。
しかし、次の一手が遅かった。
中途半端に振り向いたが故に、逆撫偕楽からの攻撃を、左頬に受けてしまった。
例の如く飛ぶ体。
脳を大きく揺すられ、宙に浮いてる間も、着地後も、自分がどこに存在しているのかさえわからなくなっていた。
そして、立ち上がりかけた神室秀青は激しく嘔吐した。
「随分具合悪そうだなぁ。いい加減諦めたらどうだ?」
僅かに気圧されつつあった逆撫偕楽の提案。
「馬鹿言えよ。」
背を向け、口元を拭う神室秀青。
震える声、震える体で振り返った彼は———
笑っていた。
ランナーズ・ハイ。
このタイミングで、神室秀青は苦しみから解放された。
「ちっ」
己が感じた恐怖を振り払うように舌打ちし、逆撫偕楽は再び攻撃に移った。
倒れそうな体を気力で支え、神室秀青も迎え撃つ構えを取る。
元いた遊歩道からどんどん離れていき、樹々の隙間を縫うように、樹林の中で繰り広げられる攻防。
何度も打たれ、殴られ、立ち上がる神室秀青。
確実に攻撃を躱しつつも、至極ゆっくりと、しかし次第に確実に、背後への攻撃に対応されつつある逆撫偕楽。
肉体的、精神的な限界を超えようとする神室秀青と、どういうわけか精神的に追い詰められつつある逆撫偕楽の激闘は、既に三十分を超えようとしていた。
同じような風景が広がる樹々の中、どんどんと気持ちよくなっていく神室秀青に、逆撫偕楽は苛立ちと嫌悪と恐怖を持って対する。
(いい加減倒れろよ、くそっ! ……やっぱエーラ量か。)
神室秀青の後頭部を打撃した逆撫偕楽は、冷静と委縮の狭間にいた。
彼は知らない。
神室秀青の固有“性癖”、『独り善がりの絶倫』を。
僅かな間も置かずに、神室秀青は彼に突っ込む。
「………。」
幾度となく振り下ろしてきた鉄の棒を持ち上げ、振り下ろす。
神室秀青は同様に、左手でいなしにかかる。
「それはもう飽きてんだよっ!」
瞬間、軌道を変えた特殊警棒が神室秀青の左手を叩き落とした。
そして、振り上げられる一閃。
「——っ⁉」
顎を打たれ、視界が白く、星たちが瞬き始めた神室秀青が、踵から崩れ落ち、倒れこむ———のを、堪えた。
「はぁっ⁉」
「ぁああああっ‼」
一瞬の思考の停止。
神室秀青は決して見逃さず、彼に飛び掛かった。
「——ぐぅっ……」
ここで、逆撫偕楽の“性癖”が発動した。
再三消える彼の体。
宙に抱きつき、落ちる神室秀青の体。
着地し、そして、神室秀青は転んだ。
しかし、この転倒が神室秀青に気付きを与える。
幾度となく倒れた地面の感触が急に変わった。
樹々の根っこを包み込むやわらかい土ではない。
固く舗装されたアスファルト。
樹林を抜けた……?
いつの間にか、そんなに移動してたのか。
今倒れたのは、足に力が入らなくなったからか——否、何かにつまずいて倒れたんだ。
では、何につまずいたのか。
足に引っかかって、絡みついているこれか?
纏わりつくものの正体、それは。
シャツ。
最初に投げられた、痴漢野郎のシャツに似ている、いや、同じシャツだ。
元いた場所まで戻ってきたのか?
似たような風景の中で何度も背後を打たれて、方向感覚が狂ってるからわからなかった。
……しかし、なんだ?
何かが変だ。
おかしい。
あいつの“性癖”に気付いた時の違和感。
もしも、もしも全てが逆なんだとしたら。
充分ありえる。
生み出された痴漢冤罪。
狙われた下田先生。
痴漢野郎の能力は———
この間、僅か0.8秒。
命のやり取り。
極限状態の中、神室秀青の思考は圧縮され、脳は今までにないほどの回転を見せた。
逆撫偕楽は、咄嗟に“性癖”を使用したために、攻撃に転ぜず、体勢を立て直さざるを得なかった。
故に、彼の刹那の長考を許してしまった。
故に、気付かれた。
(わかったぞ…あいつの“性癖”。あとは……実行に移すだけだ。)
極限状態の神室秀青は、ついに逆撫偕楽の“性癖”の解答に辿り着いた。
神室秀青ⅤS“八分儀”逆撫偕楽
怒りと共に立ち上がった神室秀青。
体全体が熱く、腸が煮えくり返るのを感じる。
しかし却って、彼の思考は至極冷静なものとなっていた。
「許さねぇ……だと?」
対して、逆撫偕楽は当初の冷静さを失いつつあった。
格下と相対している優位な戦況。
興奮と快楽。
そして、未だ立ち上がる相手。
苛立ち。
逆上。
「てめぇが許さねぇからなんだってんだよっ!」
大きく地面を蹴る逆撫偕楽。
敵からの接近に、神室秀青は手にしていたものを投げた。
立ち上がった折りに、握りしめた拳。
拾い上げた、二つの小さな石。
石つぶて。
「っ‼」
直線的に機動していた逆撫偕楽の体が横に逸れる。
反射的に避けた石つぶてに目を奪われていた一瞬。
その一瞬で、神室秀青は履いていた靴を蹴り飛ばした。
小さく弧を描き、飛んでいく靴。
その軌道上には、逆撫偕楽。
人間は、無意識の内に右足に重心を傾けている。
咄嗟に避ける際は、左に移動する。
先ほど逆撫偕楽が証明したこのセオリーを、神室秀青は知らない。
ただ、感覚。
自身が受けた攻撃を、感覚で再現していた。
不意を突いた飛び道具。
靴。
エーラに覆われている体。
ダメージなどほとんど受けつけない。
しかし、それでも彼は避ける。
不意を突かれた故に、避ける。
数多の修羅場を潜ってきた経験。
生き残ってきた者ほど、反射で動く。
頭を下げ、上体を落として靴を躱す逆撫偕楽。
彼の目前に、神室秀青が迫っていた。
「⁉」
神室秀青の左脚。
蹴り上げ。
彼が気付いた時には、視界いっぱいに神室秀青の靴が広がっていた。
防御不能。
回避不可能。
(これでわかるはずだ。体術か…“性癖”か…!)
「無駄なんだよ。」
案の定、空を裂く蹴り。
背後からの声。
やはり——消えた。
瞬時に体をひねり、神室秀青は飛んできた鉄棒の一撃を左腕で防いだ。
殺し切れなかった衝撃に、体は宙を浮き、後方へと跳ね跳ぶ。
樹に衝突し、おぼつかない足取りでしっかりと着地。
(確定。“性癖”。)
樹に片手で寄り掛かり、神室秀青は逆撫偕楽を見据えた。
(……防いだ?)
逆撫偕楽は、特殊警棒で軽く肩を叩く。
(見た。目の前で消えた。瞬間移動みたいな能力だ。……けど、なんだろう。まだ違和感が……)
ここで、逆撫偕楽が動いた。
再び、神室秀青目掛けて真っ直ぐ走る。
それを受けて、神室秀青も突っ込んだ。
思考は未だ纏まらないものの、ここでの待ちは、精神的に押されることを意味していた。
(とにかくあいつの“性癖”を攻略しないと。…あいつは後ろを取ってくる。だったら———)
まず仕掛けたのは逆撫で偕楽だった。
神室秀青よりも長い腕に加えて、持っている特殊警棒。
獲得したリーチの差で、先手を仕掛ける。
しかし、冷静さを取り戻した神室秀青。
慎重に相手の攻撃をいなし、確実に接近する。
攻撃をいなされ、僅かな隙が生じた逆撫偕楽。
だが、彼にとって接近戦でのこの隙は、隙とは言えない。
そのことを、両者が理解していた。
理解しつつも、左腕を振るう神室秀青。
凌がれるとわかっている一撃を振るう理由。
次への布石。
梶消事との特訓。
格上相手の戦闘経験は、少ないながらも彼にもあった。
当然、彼の思った通り、この一撃は届かない。
だから素早く、体を回転。
後ろを取る動きに合わせ、初めから後ろを狙っての一撃。
振り向き様の、本命の右ストレート。
しかし。
「浅い攻撃が見え見えなんだよ。」
彼の後方。
先程までの前方からの挑発。
直後の、鋭い一撃。
逆撫偕楽は、”性癖”を発動していなかった。
「———つあっ!」
反応しきれず、防御しきれず。
無防備に投げ出される体。
跳ね終えた体を起こそうと、腕が震える。
意識が飛ぶのを抑えるのに精一杯だ。
「てめぇ、俺の“性癖”を探ってやがんな?」
「っ!」
体を揺らし、ようやくの思いで立ち上がった神室秀青に下される、一言。
「お前じゃ無理だ。知る前に死ぬ。」
無論、逆撫偕楽に『鍵』は殺せない。
しかし、それでもこの一言は神室秀青の精神を確実に削っていた。
(狙いを見抜かれてる……くそっ。認めたくねぇけど…やっぱこいつ強い……)
ふらふらと揺れる体。
全身全霊の力を足に込めて。
「……うあああああああああああああああ‼」
神室秀青は走り出した。
(手加減してたんじゃ、“性癖”すら使われない! だったら———)
神室秀青の接近に合わせ、逆撫偕楽は特殊警棒を振るう。
神室秀青はそれを左手でいなし、右手に渾身の力を込める。
(だったら、全部本気の攻撃だ!)
躱される右フック。
背中を打つ重い一撃。
反応が遅れ、投げ出される体。
素早く立ち上がる神室秀青。
そして再び猛進する。
「あああああああああああっ‼」
(こ、こいつ……)
そんな神室秀青の様子に、逆撫偕楽は僅かに震えた。
(ちょっと前までただの高校生だったんだろ? なのに…どうして……)
神室秀青が何をどう狙っているのか。
わからない逆撫偕楽ではない。
それでも、理解できないものがあった。
(どうしてこんなに躊躇がねぇ⁉)
彼の覚悟が、理解できなかった。
「ちっ」
一直線に突っ込んでくる神室秀青に、逆撫偕楽は土を蹴り上げた。
逆撫偕楽の真似をした神室秀青、の真似をした逆撫偕楽。
舞い上がる土と木の葉。
止まることなく神室秀青はそこへ突っ込み、視界を奪われる。
が、それでも彼は止まらない。
両腕を交差させるように振り回した。
無軌道に。
無鉄砲に。
その攻撃は、まぐれにもそのタイミングで接近した逆撫偕楽に直撃——する直前に、“性癖”を発動させて回避。
彼の背後に回り込んだ。
神室秀青は、気配を察知したわけでもなく、反射のみで振り返る。
しかし、次の一手が遅かった。
中途半端に振り向いたが故に、逆撫偕楽からの攻撃を、左頬に受けてしまった。
例の如く飛ぶ体。
脳を大きく揺すられ、宙に浮いてる間も、着地後も、自分がどこに存在しているのかさえわからなくなっていた。
そして、立ち上がりかけた神室秀青は激しく嘔吐した。
「随分具合悪そうだなぁ。いい加減諦めたらどうだ?」
僅かに気圧されつつあった逆撫偕楽の提案。
「馬鹿言えよ。」
背を向け、口元を拭う神室秀青。
震える声、震える体で振り返った彼は———
笑っていた。
ランナーズ・ハイ。
このタイミングで、神室秀青は苦しみから解放された。
「ちっ」
己が感じた恐怖を振り払うように舌打ちし、逆撫偕楽は再び攻撃に移った。
倒れそうな体を気力で支え、神室秀青も迎え撃つ構えを取る。
元いた遊歩道からどんどん離れていき、樹々の隙間を縫うように、樹林の中で繰り広げられる攻防。
何度も打たれ、殴られ、立ち上がる神室秀青。
確実に攻撃を躱しつつも、至極ゆっくりと、しかし次第に確実に、背後への攻撃に対応されつつある逆撫偕楽。
肉体的、精神的な限界を超えようとする神室秀青と、どういうわけか精神的に追い詰められつつある逆撫偕楽の激闘は、既に三十分を超えようとしていた。
同じような風景が広がる樹々の中、どんどんと気持ちよくなっていく神室秀青に、逆撫偕楽は苛立ちと嫌悪と恐怖を持って対する。
(いい加減倒れろよ、くそっ! ……やっぱエーラ量か。)
神室秀青の後頭部を打撃した逆撫偕楽は、冷静と委縮の狭間にいた。
彼は知らない。
神室秀青の固有“性癖”、『独り善がりの絶倫』を。
僅かな間も置かずに、神室秀青は彼に突っ込む。
「………。」
幾度となく振り下ろしてきた鉄の棒を持ち上げ、振り下ろす。
神室秀青は同様に、左手でいなしにかかる。
「それはもう飽きてんだよっ!」
瞬間、軌道を変えた特殊警棒が神室秀青の左手を叩き落とした。
そして、振り上げられる一閃。
「——っ⁉」
顎を打たれ、視界が白く、星たちが瞬き始めた神室秀青が、踵から崩れ落ち、倒れこむ———のを、堪えた。
「はぁっ⁉」
「ぁああああっ‼」
一瞬の思考の停止。
神室秀青は決して見逃さず、彼に飛び掛かった。
「——ぐぅっ……」
ここで、逆撫偕楽の“性癖”が発動した。
再三消える彼の体。
宙に抱きつき、落ちる神室秀青の体。
着地し、そして、神室秀青は転んだ。
しかし、この転倒が神室秀青に気付きを与える。
幾度となく倒れた地面の感触が急に変わった。
樹々の根っこを包み込むやわらかい土ではない。
固く舗装されたアスファルト。
樹林を抜けた……?
いつの間にか、そんなに移動してたのか。
今倒れたのは、足に力が入らなくなったからか——否、何かにつまずいて倒れたんだ。
では、何につまずいたのか。
足に引っかかって、絡みついているこれか?
纏わりつくものの正体、それは。
シャツ。
最初に投げられた、痴漢野郎のシャツに似ている、いや、同じシャツだ。
元いた場所まで戻ってきたのか?
似たような風景の中で何度も背後を打たれて、方向感覚が狂ってるからわからなかった。
……しかし、なんだ?
何かが変だ。
おかしい。
あいつの“性癖”に気付いた時の違和感。
もしも、もしも全てが逆なんだとしたら。
充分ありえる。
生み出された痴漢冤罪。
狙われた下田先生。
痴漢野郎の能力は———
この間、僅か0.8秒。
命のやり取り。
極限状態の中、神室秀青の思考は圧縮され、脳は今までにないほどの回転を見せた。
逆撫偕楽は、咄嗟に“性癖”を使用したために、攻撃に転ぜず、体勢を立て直さざるを得なかった。
故に、彼の刹那の長考を許してしまった。
故に、気付かれた。
(わかったぞ…あいつの“性癖”。あとは……実行に移すだけだ。)
極限状態の神室秀青は、ついに逆撫偕楽の“性癖”の解答に辿り着いた。
0
お気に入りに追加
34
あなたにおすすめの小説
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる