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第89話「愚者のハンドワーク⑧」

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  五月二十九日(日)十五時五分 池袋駅・五番線ホーム

「おっ、見つかったみてーだぞ。」
 科嘸囲雄図はカメラを下ろした。
「資格有する者たちか……。ならば手筈通りのポイントに移るぞ。」
 逆撫偕楽の指示を受け、科嘸囲雄図は共に五番線ホームの階段を駆け上がる。
「どこで気付いたんだろうな?」
 楽し気に走る科嘸囲雄図。
 逆撫偕楽は並走する彼を横目で見る。
「どこで、か……。そこはさして重要ではないな。どこで、ではない。誰が・・気付いたか、だ。」

  五月二十九日(日)十五時六分 池袋駅・一番線ホーム

「走るぞ!」
 神室秀青は叫び、走り出した。
 木梨鈴に群がっていたはずの男たちがいつの間にか消えている。
 嵐山楓も、木梨鈴も、迷わず彼の後を追った。
 三人は階段を駆け上がり、駅構内をひた走る。
「……敵はこっちにいんのか?」
 神室秀青の左後ろから、嵐山楓が訊く。
「わかんね。」
「はぁ⁉ じゃあ俺たちどこに向かってんだよ!」
 即答する神室秀青に嵐山楓は食って掛かる。
 神室秀青は、それに対して冷静に返した。
「俺はわかんないけど、木梨さんなら敵の位置わかるんじゃない?」
 神室秀青がちらりと木梨鈴を見る。
 木梨鈴は小さく頷いた。
「…うん。さっきしっかり視たから、もう敵のエーラは肌で感じるけど……」
「オッケ。じゃあ、木梨さん、俺らを導いてってよ。」
 神室秀青は微笑むと、速度を落として木梨鈴の後ろにつく。
 必然的に並走する形となった神室秀青を、嵐山楓は神妙な面持ちで見ていた。
 そして、再び口を開く。
「そういや下田先生と心音は?」
 神室秀青は「ああ。」と、前方やや上方向に視線を向けた。
「二人なら、虚言ジジイと一緒に車掌室に連れてかれてった。」
 虚言ジジイ。
 下田従士が痴漢を行う様を見たと主張した男性だ。
「付いてかなくてよかったのかよ?」
 自然と・・・、不自然に責めるような口調になってしまう嵐山楓。
 神室秀青は特に気にも留めずに答える。
「俺もそうしたかったけど、「こっちは大丈夫だから、嵐山君の方へ行ってあげて」って先生に言われてさ。」
「そうか……。」
 僅かに俯いた後、嵐山楓は再び神室秀青に顔を向けた。
「なぁ、お前、あの撮り鉄軍団が何なのかわかったんだよな? 急に現れたと思ったらいつの間にか消えちまってた。なんだったんだ? あいつら。」
「ああ。えぇっと…嵐山、逆に訊くけど、お前を撃ってきた狙撃手。あれはなんだったと思う?」
 神室秀青は横目で嵐山楓を見た。
 嵐山楓は走りつつも顎に手を置く。
「……痴漢野郎の“性癖スキル”で操られた人間が撃ってきたと思ったが……。」
「違ったんだよ、嵐山。」
 神室秀青が前に視線を戻す。」
「違った?」
「そう。狙撃手は、痴漢野郎に操られてなんかいなかったんだ。……俺も最初はそう思ったんだけど、よくよく考えるとそれはおかしかった。“性癖スキル”って結構自由なものじゃないだろ? どの“性癖スキル”にも自分の性癖に寄った制限がそれぞれかけられる。だから、撮り鉄ならともかく狙撃手はおかしい。電車も痴漢も最早関係ないからな。」
 少しの間をおいて、神室秀青は目を尖らせた。
「敵は最低でも二人いたんだよ。それが一番自然な考えだ。」
「私が見たのも二人組だったねっ。」
 木梨鈴が後ろを向く。
 嵐山楓も木梨鈴を見た。
「……普通に考えたら、確かにそうなるな。」
 (焦ってたのか…視野が狭くなってたな。)
「そこに行き着いた時、撮り鉄も別の奴の“性癖(スキル)”かもしれないって思って……そう考えた時には、あいつらが撮り鉄じゃない・・・・・・・ってわかったんだ。」
 神室秀青が二人を交互に見た。
「撮り鉄じゃ、ない?」
 嵐山楓が神室秀青の顔を覗くようにする。
「ああ。ほんのちょっとだけど、あいつらが撮り鉄っていうのになんか違和感あってさ。よくよく考えたら二つ、おかしなことに気付いたんだ。」
「おかしなこと?」
 今度は、木梨鈴が神室秀青を見た。
「撮り鉄。電車や新幹線、そのフォルムに憧憬を抱き、コレクションとして、多種多様な種類の車両を様々な状況下で写真に収めんとする人たち。……だったら、あの時、今にも車両が通過するという場面で、カメラを構え、線路付近で待機していないのはおかしい。」
「それは俺を足止めするよう操られていたからだろ?」
 そう言ったのは嵐山楓。
「俺もそう思った。思ったけど、そうすると二つ目の不自然な点が出てくる。操られている撮り鉄ならば、三脚を用意していないのはおかしいって点だ。」
「三脚?」
 こっちは木梨鈴。
「そう。三脚。車両のフォルム、その美しさを綺麗に収めるためには、カメラを三脚で固定しないといけない。車両の撮影が目的のはずなのに、あいつらは三脚を持ち歩いていなかった。撮り鉄としては失格だね。」
「お前はどこ目線なんだよ。」
 冷静なツッコミ。
 言うまでもなく、嵐山楓のもの。
「しかも、急に現れたって嵐山は言ってた。ってことは、他者干渉系能力に操られてるんじゃなくて、物質創造系能力によって創り出された、実際の人物ではない可能性が高い。でもそうなると、撮り鉄を創り出して、カメラまで創造したのに、三脚は持たせなかったってことになる。これはいよいよ、能力者も能力も、撮り鉄とか一切関係ないものにしか思えなくなる。」
 木梨鈴が曲がり角を折れ、二人もそれに続いた。
「じゃあ、あの人たちは結局なんだったの?」
「あいつらの正体はわからない。どんな性癖のどんな“性癖スキル”によって創られた存在なのか。そこはわからなくても、でも、カメラを持ち歩いている奴の心理ならわかる。常日頃カメラを持ち歩いている人間。それは、重度のコレクターだ。コレクターは、希少価値を最も重視する。普段、日常では決して出会うことのない奇跡。そういった非日常を収めるために、いついかなる時もカメラの準備だけはかかさない。だから、そういった奇跡を再現すれば、体現すれば、あいつらは必ず食いついてくると思ったんだ。」
「……なるほど。だから、あの時俺に木梨のスカートをめくらせたんだな。」
「そういうことー。」
 神室秀青が両人差し指で嵐山楓を指した。
「こんな美少女がありえないくらいのミニスカートを風にめくられる。しかも、ミニスカートにもかかわらず、パンツが見えるか見えないかの極限ライン、究極のチラリズムを発揮しているんだ。これで写真を撮ろうとしない奴はコレクター失格だね。」
「だから、お前はどこ目線なんだよ。…つーか、それ普通に犯罪じゃねぇか。」
 嵐山楓、冷静なツッコミパート2。
 しかし、嵐山楓の内心は、決して冷静なそれではなかった。
「あいつらが食いついたら、あとは敵の位置を探るだけ。能力が発動しているってことは、近くに能力者がいる確率は高い。そうでなくても、あんな“性癖スキル”を持ってるなら、木梨さんの姿を直に見ようと必ず思うはず。だから、木梨さんに探ってもらったんだ。俺たち二人よりもエーラの探知に長けてるらしいからね。」
「うん、確かに。」
 木梨鈴が走りながら頷く。
「私が周囲を見回した時、目が合った人はみんな目を逸らした。多分、下心を隠す為に。でも、五番線にいたあの二人。あいつらだけは絶えずこっちを見続けてた。っていうか、カメラ向けられっぱなしだったし。」
 当時を思い出し、木梨鈴の顔がじわじわと紅潮していった。
「っていうか! あれ、すっごい恥ずかしかったんだけどっ! せめて事前に説明してよっ! 覚悟決まんないでしょっ!」
 声を大にする木梨鈴。
 周りの一般客が次々と三人を見始め、神室秀青は慌てて謝る。
「ごめんごめん。あんまり時間無かったし。それにさ、木梨さんのスカートめくられっぷり、」

「最高だったぜ。」

 神室秀青と嵐山楓。
 二人は声を揃えて木梨鈴を称賛した。
「二人揃って親指立てるなっ!」
 木梨鈴は両手を挙げて叫んだ。

 一見和やかなこのやり取り。
 しかし内面では、嵐山楓はまるで違うことを考えていた。
 (心理学校に通い始めてまだ一週間。授業だってそんなに出席していない。……いないのに、なんだ、この性癖に対する理解度の高さは? いや、性癖だけじゃない。戦闘面においての、状況判断の早さ。適材適所。……万能型。全ての性癖に目覚め得る可能性を秘めた器、か……。)


  五月二十九日(日)十五時十五分 池袋駅・いけふくろう前

 逆撫偕楽、科嘸囲雄図、鰯腹拓実。
 三人は、池袋駅の名物、観光名所の待ち合わせ場所、いけふくろうの前で待ち構えていた。
 そして、彼らがついに辿り着いた。
 神室秀青、嵐山楓、木梨鈴。
 真希老獪人間心理専門学校の生徒三人が、『パンドラの箱』の精鋭三人と対峙する。
「よぉ、待ってたぜ。」
 逆撫偕楽がゆっくりと口を開く。
「それじゃあ、ちょっくらトークとしゃれこもうぜ。」
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