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第54話「性的欲求の発露に伴う直接的、あるいは間接的身体接触についての授業③」

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「色々な間接接触が出たねー。」
 先生が間接的身体接触の例を、次々と黒板に箇条書きしていく。
「嵐山君はさっきからだんまりだけれど、なにか、間接的な身体接触に興奮したことってないのー?」
 振り返った先生に話を振られ、嵐山は窓の外を眺めていた姿勢を正す。
「俺は、特にないですね。一回試しに、女子の体育中に更衣室に忍び込んで、スカートの匂いを嗅いでみたりとかしたんですけれど、そういった劣情とかはまったく感じませんでした。どうもやっぱり、あの形にしか反応できないみたいです。」
「はー。お前もなんだかんだやることやってんだなー。」
 目を伏せた話す嵐山に、後金は感心する。
「特定の形状に変化した、特定の物体にのみ欲情する君の性癖は本当に興味深いなぁ。」
 先生は再び黒板に向き直り、羅列した間接的身体接触の例を眺める。
「ふむ。本当に様々な例が出てきたけれど、しかし君たちもまだまだ青いねー。どれも究極の間接的身体接触には至らないレベルだ。」
「究極の……?」
「そう。究極の!」
 再度先生は俺たち生徒に体を向ける。
「今の君たちには想像すらもできないだろうが、世の中には間接技を極めし上級紳士にのみ使うことができると言われている究極の間接的身体というものがあるんだよ!」
「‼」
 な、なんだそれは⁉
 すげぇ強そうだけども!
「究極の間接的身体接触! それは!」
 先生が勢いよく両手を広げる。
「“性的対象が目の前で通過した空間を通過する”ことさ‼」
「……は?」
 教室中が静まり返る。
 驚く、というより唖然としてしまった。
「好きな人が歩いたところを同じように歩くってことですかー? それだけで気持ちよくなれる、と?」
 木梨さんが首をかしげる。
「その通り!」
 先生は勢いよく木梨さんを指さす。
「というか、君たちもしかしてこの技の素晴らしさに気付いていないのかい?」
 先生は呆れたように息をつく。
「いいかい? この技は、先ほど例に出たものを含めた、複数の技が複合されて高度に練り上げられた高尚な、いわば常時発動能力パッシブスキルなんだよ。性的対象が直前に通過した空間に、その者の香りや温もり、汗なんかの代謝物を感じ、更には我々三次元の住人が決して超えることのできない次元の壁、四次元空間を超越してバックからの挿入すらも疑似体験する究極奥義!」
 凄い勢いで熱く語り始めたな。
「次元の超越とか、マジだったらすげぇな。現代科学ですら遠く及ばない、超能力の域じゃん。」
 後金が茶化すように木梨さんに話しかける。
「いやいや、それでもこれは冗談抜きで本当に凄い技だと思うんだよー。なんせ、これをマスターした暁には、直接的な性交渉を抜きに好みの相手で己の欲求を満たすことができるようになる。相手の意志とは別に被害を与えることもなくセックスができるってことは、言ってしまえば、この技を全員が習得すれば強姦なんかの犯罪もなくなるってことだからねー。」
「変態行為が犯罪行為の抑止になるってことですか?」
「極論、だけどねー。」
 先生は指を立てる。
「実際は机上の空論ですらない話なんだよ。物事はそう上手くいくようにはできていないんだ。自分でいっといてなんだけれどねー。」
「性の対象が人対人・・・とは限らないですもんねー。」
 と、木梨さん。
「その通り。世の中の多種多様な性癖の共存を目指すのならば、こういった縛りですら否定になってしまう性癖も少なからず存在する。この案を現実的なものにするには、もう少し必要な要素を固めていかなければいけな。まぁ、これ以上話すと今回のテーマとかけ離れていってしまうから、続きは別の機会にしよう。それで、」
 先生が教卓の上に両手を置く。
「複合だとか犯罪だとかで思い出したんだけれど、こういった高度な技なら、少し前に話題になったものがもう一つあったよねー。」
「話題になった技ですか?」
 後金がメガネの位置を直す。
「うん。とある学校の男性教師が深夜、女生徒の体操着を着たまま忍び込んだ体育館のど真ん中でオナニーをしたって話、知らない?」
「あー。」
 今度は教室中から理解の声が響く。
「そういえばそんな事件ありましたね。」
 数年前に起こった事件だ。
教師の名前も晒されてたな。
「個人的には、これもさっきの空間通過技と似た技術のものだったと思ってるんだよー。女生徒の体操着に染み付いた汗や匂いを動力源に、その体操着が実際に使われていた体育館でその状況を反芻しながら自慰行為に耽る。欲張りセットだよねー。」
「状況を反芻、っていうのはわからないでもないですけれど……。まぁ、成人男性が本来は保護すべき未成年の女子に間接的にとはいえ手を出したんですから、バレたら捕まるっていうのは当然ですよねー。」
 笑う先生に、呆れたように木梨さんが頬杖をつく。
「正論だなぁ。でもまぁ、その通りでしかないか。」
 後金が机に全身を預ける。
「うーん。こういう年齢差によってより激しさを増す世論っていうのはあるよねー。三十代の男性が三十代の女性の服で同じことをしたところで、結果は同じだったんだろうけれども、まずあの事件ほどの世間の注目や反発はなかったと思う。未成年っていうのがやっぱり大きかったんだろうね。」
「っつってもよぉ。」
 後金は起き上がり、片手を広げる。
「つい数十年前までは十三、四歳の女の子と結婚できるような時代だったわけじゃん。ある意味で正常なそういう反応をいきなり変えれっかって話だよなぁ。急に法律で「人間は一日二食しか食べちゃいけません。三食食べた人間は懲役三十年です。」っていうようなもんじゃね?」
「まぁ、言いたいことはわかるけれど、法を順守するのは社会的動物たる我々人間に与えられた使命でもあるからねー。それを守れない人間は獣と同じだ、っていう意見には、ひとまず僕も同意かなー。」
 先生が頭の後ろで手を組む。
「じゃあ、もしもその行為が犯罪にならなかったとするなら、それはどういった状況でしょうか?」
「!」
 まりあさんが手を上げた。
 透き通るような美しい声だ。
「うーん……。難しいねー。」
 先生が手を顎に当てる。
「たとえば、本人の許可を得たとして、それはやはり法律上未成年の許可になるだろうし、口約束だけじゃなく文書で残っていたところで、裁判上なんの参考にもならないと思う。かといって、保護者からの許可をもらうだなんて、ノーリターンのハイリスクだ。実行前に捕まるだろうね。」
「捕まりたくなければ、やらない。結局のところ、それが一番ってことですか?」
 今度は俺。
 先生の同時に、横目でまりあさんが俺を見たことに、僅かに胸が高鳴った。
「まぁ、そうなっちゃうねー。当然といえば当然な話なんだけれど、自己の欲求にはどうしても抗えない場合もあるし、そういう時は、我慢する時間を設定するのが有効だと思うねー。」
「我慢する時間?」
「たとえば、その女生徒に対する気持ちが、単なる性欲以上のものだった場合、それを真摯に本人に伝えて、せめてその子が卒業するまで待つ、とかねー。」
「それでも結構グレーゾーンですよね。」
 木梨さんが帽子を被り直す。
 一瞬、綺麗な栗毛の頭頂部が見えた。
「確かにねー。」
 先生は笑う。
「でも、あくまでも法を守ったうえで、自らの変態的欲求と折り合いをつけて上手く付き合っていく、っていうのは避けては通れない道なんだよ。特に、我々みたいな人種にはねー。」
 口調こそ明るく軽いものがあるが、先生の表情は至って真剣だった。
 でも確かに、実際その通りだと思う。
 この間、実行した女子トイレでのオナニーだって先生の許可がなければ(使ってないとはいえ)普通に犯罪そのものだ。
 許可があっても犯罪スレスレではあるけれど。
 それに、そういった法を率先して守る意思がなければ、俺だって今よりも所かまわずオナニーしまくってただろうし、そんな光景は誰も見たくはないだろう。
 相手の気持ちを考え、法を優先する。
 俺たちみたいな変態には、とても必要なことだ。
 その後も授業は展開されていき、時計をチェックした先生が頃合いを見計らって話のまとめに入った。
「———とまぁ、今日のテーマを軽くまとめると、直接的な身体接触と間接的な身体接触には、共通する要素があるってことだねー。それは、対象に対する好奇心や興味、即ち関心だってことだ。大多数の人間は直接的な身体接触によって関心のある存在をより知ろうとする。しかし、間接的な身体接触のみでしかそれを実行に移せない人も世の中には存在する。なぜそうなったのか。」
 先生がチョークで黒板に今回のテーマの要所要所を書き出す。
「それは、恐らく過去のトラウマからきている。対人恐怖症、異性恐怖症、更に言うと、醜形恐怖症や自己臭恐怖症なんかの、過去に負った心的外傷によって、自身の関心を上手く相手に伝えられないという部分から、間接的な身体接触によって代替する行動に出ているんだろうねー。」
 「どんな変態性にも、それを持ち得る要因となった原因はあるわけだし。」と続けながら、先生は黒板を埋めていく。
 変態性の、理由か。
「大切なのは、こういった変態性の背景にあるものをしっかりと理解し、徒に迫害してはいけない、ということだねー。」
 先生はそう言って手を止めると、今度は俺を見る。
「と、まぁ、こんな感じに理解の少ない性に関してみんなで深く掘り下げていこうっていうのが僕たちの授業の目的なわけなんだけれど、神室君的にはどう思った?」
「えっ」
 そういう感じの質問あるのか。
 全然考えていなかった。
 先生の言葉に、周りも一斉に俺を見てくる。
 まりあさんからの温かい視線が妙に心地いい。
 じゃ、ねぇや。
 何を言ったものか、考えないと。
「えぇっとー。」
 時間もあまりない。
 頑張って言葉を捻り出さねば。
「とても、大切な事が学べる授業だと思いました。は、初めはこの学校大丈夫か? なんて思ったんですけれど……」
 周りや先生からの視線が気になって、言葉が全然出てこない。
 もう、正直に本音を言うしかないか。
「いや、本当にこの学校大丈夫なんですかね?」
「お前が言うなよ……」
 嵐山が即座に冷たいツッコミを放つ。
「あ、やっぱり?」
 同時に、授業終了を告げるチャイムが鳴った。
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