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第52話「性的欲求の発露に伴う直接的、あるいは間接的身体接触についての授業①」

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  五月二十二日(日)九時零分 真希老獪人間心理専門学校・一年教室

 真希老獪人間心理専門学校。
 様々な特殊性癖の持ち主が、多様な性癖について学ぶこの学校で、ついに俺の初授業が始まる。
 一体どんな授業が展開されるというのか。
 チャイムが鳴り止み、下田先生は手にしていたファイル握ったままを教卓に置くと、声高らかに授業開始の声を上げた。
「じゃあ、今日一発目の授業を始めようかー。 一限目のテーマは“直接的、もしくは間接的な身体接触によって発生する性的衝動について”だ。」
「……んん?」
 身体接触?
 なんか、思ってたよりも普通だな?
「せんせーっ」
 跳ねるような声で、木梨さんが片手を上げる。
「なんか今日のテーマ、聞いた感じ普通っていうか、随分初歩的・・・な話じゃないですかぁ?」
 先生は木梨さんの質問を受け、笑顔で頷く。
「今日は神室君にとって初授業だからねー。普段どんな授業を行っているのか知ってもらう意味で、テーマを軽め・・のものにしたんだー。」
「なるほどーっ」
 納得して、木梨さんは引き下がる。
 なるほど、気を遣ってもらっちゃってるわけか。
 ってことは、普段はもっと過激な内容の授業をおこなっているのか。
 それはちょっと、今後が楽しみだ。
「それで、先生。身体接触による性的衝動ってなんなんですか?」
 今度は後金が手を上げる。
 先生はまた笑顔で頷くと、一呼吸おいて説明を始めた。
「そのまんまの意味だよー。身体的な接触。たとえば、手を繋いだり、抱きしめ合ったりで得られる性的な衝動、快楽についてさ。」
「………。」
 人差し指を立てる先生の話に、俺は不意に昨日の夢を思い出す。
 まりあさん(?)に抱きしめられ、起き上がったあの夢。
「……あ。」
 無意識のうちに横目で見ていたまりあさん(?)と目が合う。
 まりあさん(?)は穏やかな雰囲気を纏った静かな笑みを浮かべると、囁くような小さな声で話しかけてくれた。
「そういえば、昨日はあの後、大丈夫だった? 体はもう、痛くないのかな?」
「へ?」
 前屈みに、俺を覗き込むような姿勢のまりあさん(?」に、素っ頓狂な声を出してしまう。
 このタイミング、あの後という言葉、もしかしてというかやはりというか、昨日の出来事は夢ではなかった……?
「神室君、心音こころねさん、どうしたのー?」
 慌てふためいた俺に気付いたのか、先生が俺たちを見る。
 ココロネさん?
「あ、すみません。」
 まりあさん(?)が姿勢を正し、先生に向き直る。
「彼、昨日寝込んでいたものですから、心配になっちゃって。」
 心配。
 そう言ったまりあさん(?)の横顔は、天井に設置されている蛍光灯の光を反射して、神秘的なまでに美しかった。
 心臓が跳ね上がる。
 先生が片手を広げる。
「ああ、倒れてた神室君を見つけてくれたの、君だもんねー。」
「え?」
 そ、そうだったのか。
 まりあさん(?)は再び俺に向くと、嫌みの一切含まれない、素敵な笑みを見せてくれた。
 またもや心臓が跳ね上がる。
「あ……そ、そうとは知らず、これは、た、大変な失礼を……」
 なぜか、しどろもどろになってしまう。
「お礼なんていいよ。」
 小首を傾げて笑むまりあさん(?)。
 眩しい。
「それよりも、体はもう大丈夫?」
「へっ? あ、ああ、はい。もう全然至ってまともにへっちゃらですよ。ま、まりあ…さん?」
「よかった。」
 まりあさん(?)は、何度も何度も俺に笑顔を向けてくれる。
「でも、あまり無理しちゃ駄目だよ? 昨日、あんなに辛そうだったんだから。あ、自己紹介が遅れちゃったね。私、心音まりあ。まりあって呼んでね、シュウ君。」
「しゅっ」
 シュウ君?
 まったく悪意の含まれない笑顔で、そんなことを言うまりあさん。
 急速に加速する心臓の脈打ち。
 教室中に響いてるんじゃないかというほどにうるさい。
「……ふーん。」
 いつの間にか、後金と木梨さんが俺に注目していた。
 こっちは嫌みたっぷりの笑顔を向けてくる。
 な、なに見てんだよ。
「それで、」
 先生の声に、一同は視線を同じくする。
「なんでそれを今思い出したのかなー?」
 怒っている風でもない、ただの疑問を提示する先生。
 それに対して、まりあさんは照れるでもなく答える。
「えぇっと…、あの時、シュウ君があまりにも辛そうだったから、何が原因なんだろうと思って・・・・・・・・・・・・・、ぎゅーっとしたんです。」
 やはりあれは夢じゃなかったのか。
 悲痛な表情を浮かべるまりあさん。
 まりあさんは、この人は本気で人を想うことができるのか。
 なんて、素敵なことなんだろう。
「なるほどなるほど。で、神室君はその時どう思った?」
「あいっ」
 ボーっとしてた時に話を振られたもんだから、またもや変な声を上げてしまう。
「え、えーっと……なんというか、その……、とても、安心しました……」
 多分、俺は照れが全面に出た顔をしてるんだろうな。
 まりあさんに見られたくない、と思うのはなんでなんだろう。
 ほとんど反射的にまりあさんから顔を背けた先で、嵐山の至極冷静な視線と遭遇。
 まったくもって温かみのない、冷たい目だ。
 まりあさんとは大違いだな。
「うん。それが身体接触によって発生する感情の一つだねー。」
 先生が話を授業に戻す。
「身体接触———とりわけ、親しい間柄や、信頼のおける者とのソレでは、安心感や癒しなどといった精神的、心理的にポジティヴな作用が伴う。両親や親族、愛玩動物との触れ合いが一例だねー。」
 先生は片手を広げて話を展開する。
「とりわけ、幼少期の頃の他者との触れ合いはその後の健全な人格形成に重要な影響をもたらす。たとえば、異性の親から身体的接触によって愛情を受けて育った者は、成長後、愛する者に対して同じように愛情を示すことになる。そしてそれは、種の繁栄、子孫を残すという生物的本能によって思春期に獲得する性的欲求と混ざり合い、身体的性接触へと発展する。ザックリ言うと、これがセックスだねー。」
 授業中に普通にセックスって単語が出てきた。
 ワクワクが止まらねぇぜ。
「さて、」と、先生は目を伏せて授業を続ける。
「この身体的接触には、大まかに分けて二種類の手段が存在する。———直接によるものと間接によるものだ。」
 先生は人差し指鵜を立てる。
「まず直接によるもの。幼少期には、親から頭を撫でてもらう、抱きしめてもらう、なんかが含まれる。そしてその子が成長した後は、同様に愛する者の頭を撫でたり、抱きしめたり、手を繋いだり、そこから発展して、胸を揉んだり、おしりを触ったり、キスをしたりなんかも直接的な身体接触に含まれるねー。」
「足を舐めたり、腋を舐めたり…とかもですか?」
 後金がメガネの位置を直しつつ質問する。
「勿論だよー。」
 先生は笑顔でそれに答える。
「ただし、今回の内容に沿うのは特定の人物に対してのみそう思う場合だね。不特定多数の腋や足に対してそういった感情を抱くのは、フェティシズムと言って、今回のテーマとはまた違ったケースだよ。そこに愛があることには変わりないんだけれど、それはまた別の機会に話そう。」
 先生が、後金に向けていた視線を戻す。
「そして、これら直接的接触と対をなす二つ目の身体的接触。それが、間接的身体接触だ。次は、これについて話そうかー。」
 言って、先生は人差し指と中指を立てた。
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