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第50話「真希老獪人間心理専門学校高等部一年生」

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真希老獪人間心理専門学校うちは高等部と大人部に分かれていてねー。」
 下田先生は片手を広げて笑う。
 しかし随分斬新かつ狭い区分けだ。
「君が通うのは高等部一年の教室。ちなみに一年の子は君含めて八人だ。」
 両手で「八」を示す下田先生。
「それじゃあ、全校生徒の半分近くが一年生なんですね。」
 前に全校生徒は二十人いないくらいと言っていた。
「エーラ持ちは希少な上に発生条件の関係もあるからねー。どうしても偏りが出ちゃうんだー。しかも、個人趣味・・・・がたたって休みがちな人も多くてねー。今日、登校してる一年は君以外に四人だけなんだー。」
 三人も休んでるのか。
個人趣味・・・・って、たとえばどんなですか?」
「カンガルーの袋の中の匂いを嗅ごうとしてボッコボコにされて、ただいま入院中とか。」
「どんなだっ⁉」
 なんてエキセントリックな趣味だ。

  五月二十二日(日)八時四十五分 真希老獪人間心理専門学校・一年教室

「じゃあ、みんなの事あんまり待たせちゃ悪いから、早速中に入ろっかー。」
 下田先生がファイルを片手に扉に手をかける。
「あ、ちょっともう少し待ってください。まだ心の準備が……」
「えー、またー?」
 俺の制止の下田先生は振り返る。
「平気だよ。ここの子たちは優しくていい子たちばかりだから。」
「その台詞が信用ならないことは三日前に証明されました。」
「なんで? 学長、僕が言った通りの人だったじゃん。最終的に。」
「最終的にはそうでしたけどもっ!」
 初っ端フルボッコにされたし。
「……じゃあ、僕が入りやすい場を作るから、そうしたら入っておいでよ。」
「えー……」
 いまいち信用ならないなぁ。
「大丈夫大丈夫。先生に任せなさい。」
 下田先生はそんなことを言って扉を開け、中に入っていってしまった。
 大丈夫かなぁ……。
 開かれた扉の向こうで、下田先生が教卓に着くのが見える。
 先生は教卓に手を置き、にこやかに挨拶をした。
「みんな、おはよー!」
「おっはよー!」
 それに反応して、女の子の元気な声が聞こえてくる。
「急な話なんだけれど、今からみんなに紹介したい人がいるんだー。」
「新しい生徒ですよね⁉」
「おぉっと、流石に耳が早いねー。その通りだよー。」
「耳が早いって……、先生から聞いたんですけど。」
 少し高めの、男の子の声も聞こえてきた。
「あらら、そうだったっけ? まぁ、それは置いておくとしてー。」
 置いとくな。
「今から君たちにその新生徒を紹介するわけなんだけれども、驚かないで聞いてほしい。実はね、その新しい仲間というのは———」
 先生は僅かに間を置くと、次に驚愕の一言を繰り出した。

「本郷〇多なんだ!」

 なっ……!
「えぇっ⁉」
 教室中のざわめきが伝わってくる。
「本郷〇多⁉ 私、超ファンなんですけどっ⁉ なんですけどっ⁉」
 勢いよく椅子が動く音と共に、元気な女の子の驚愕と歓喜に満ちた叫びが聞こえる。
 や、やりやがったなー……。
「落ち着きたまへ皆の衆! 話で聞くよりも、実物を見てもらった方が早い! 本郷〇多の入場だ! さぁ、大きな拍手で迎えなさい!」
 屈託のない笑顔でこちらに手を差し出す先生。
 一斉に鳴り響く拍手。
 ここまで入りたくない教室がかつてあっただろうか?
 いや、ない。
 けど、入らないわけにもいかないし……。
 こうなったら、あえてこの冗談に乗っかってウケを狙うしかない。
「ふぅー……」
 覚悟を決め、頭を掻きながら笑顔を浮かべて教室に入る。
「ど、どうもー、本郷〇多でーす。あははー。」
「………。」
 一斉に鳴り止む拍手。
 まず目に入ったのは、椅子から立ち上がった姿勢のまま、光を失った目で俺を見て固まる、キャップを斜めに被った茶髪の女子。
 そして次に、目元まで伸ばした黒髪キノコカットのメガネ男子が無表情で俺を見ているのを発見。
 その向かって斜め左後ろで、嵐山が口元を抑えて震えているのが見える。
 ふざけんなこの野郎。
 横目に先生が親指を立てているのが見える。
 なに、やった顔してんだ。
 やっちまってるんだよ、これ。
 親指へし折るぞ。
 最悪の空気、声を出す事すら恐ろしい。
 が、この空気を長引かせるのは悪手。
 ここは即座に冗談を流して、無難なあいさつでこの空気を一掃する。
「……と、いうのは勿論冗談で、はじめまして、神室秀青と言います。右も左もわからないですが、みなさん、ご指導ご鞭撻のほど、どうかよろしくお願いします。」
 深々と頭を下げる。
 どうだ、この無難・オブ・無難なあいさつは。
 これには無難な反応を返すしかなかろうて。
 究極に白けた空気を、ちょっと白けてるかなー…くらいに緩和することで、相対的に状況を改善しようという試みである。
 企みの成功を祈り、ゆっくりと頭を上げる。
「………。」
 えーーーっ⁉
 祈りは虚しくも届かず、教室の空気は良好に向かうどころか悪化の一途をたどっていた。
 キャップの女子は力なく椅子に座り、開けたままの口で俺を見続けているし、メガネの男子は相変わらず無表情だし、嵐山までなぜか無表情に戻ってるし……。
 なんだこれ?
 なんで俺はこんな公開処刑みたいな目に遭ってるんだ?
 いや、落ち着け。
 まだ手は残ってる。
 ここは特殊な性癖の持ち主が集まる、いわば俺にとっても本拠地ホーム
 ならば、相手の土俵に上がったうえで、更なる衝撃を与えて空気を上塗りする!
「言い忘れてましたが、趣味はオナニー、特技はセンズリです。ちなみに最後に使ったオカズは、女怪人に扮した女性が戦隊ヒーローを凌辱するシチュエーションのAⅤです。」
 言い終わり、恐怖から目を閉じる。
 よくよく考えたら、この手の発言で俺は過去に二回も自己紹介を失敗している。
 なんで一週間に三回も自己紹介で嫌な気分になんなくちゃいけないんだ。
 心臓が嫌な鼓動の上げ方をする。
 汗が背中と服をくっつける。
 いろいろな考えが頭を過り、おそるおそる片目を開ける。
 すると……。
「……あれ?」
 凍てついていた空気は一変、和やかな雰囲気に教室は包まれていた。
「オナニーとセンズリって、どっちも一緒じゃねーか!」
 メガネ男子が俺を指さし爆笑する。
「良い感じにニッチなもの観てるんだねーっ!」
 キャップ少女も元気を取り戻し大笑い。
「………。」
 嵐山は案の定、無表情を貫いているものの、それでも、それでも初めて自己紹介に笑顔で応えてもらった。
 嬉しさのあまり涙が込み上げてくる。
 先ほどまでの印象から百八十度回転し、俺は心の底から思う。
 ……この学校に、この教室に入って本当に良かった。
「さすが神室君。とってもいい自己紹介だったよー。」
 先生が笑顔で拍手する。
 なにわろとんねん。
「それじゃあ、あいさつも終わったところで、神室君は空いてる席に座っちゃってー。」
 先生が机の並ぶ方向に片手を広げる。
 机は、縦二列、横四列に並んでいる。
 その中で空いてるのは、入り口側の縦二列と、前方に座るメガネ男子の向かって右の席、そして。
 俺は、迷うことなく最後の空いている席、嵐山の向かって左隣の席に移動した。
 人見知りの激しい性格故に、知っている人間の隣でないと落ち着けないのだ。
 露骨に嫌な表情を浮かべる嵐山はこの際無視。
 椅子を引き、ゆっくりと腰掛けると、「よろしくね。」と右から声が聞こえた。
 そういえば今日は四人の一年生が登校してるんだったな。
キャップ少女の影に隠れて見えなかったけど、もう一人生徒が来ていたのだ。
「あ、よろしく……」
 声の主に振り向き、にこやかにあいさつを返そうとしたところで、固まる。
「めっ……」
 そこに座っていたのは、ショートのポニーテールをぶら下げた、眩しすぎる笑顔の少女。
昨日見た夢のような夢に現れた聖母のような天使の如き女神だった。
「め?」
 女神は可愛らしく小首をかしげる。
「あ、いや……」
 な、なんだ?
 昨日のは夢じゃなかったのか?
 それとも、これも夢なのか?
 心臓が、今度は不快じゃない鼓動の増し方をする。
 口角が上がるのを必死に抑える。
「よ、よろしくお願いします……」
 なぜだか、とても楽しい日々が過ごせそうだ。
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