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第39話「少年の修行は次なる段階へと進む」
しおりを挟む五月十五日(日)六時三十分 旧・真希老獪人間心理専門学校(体育館)
「左鳩尾にエーラを流し込むイメージ……」
神室秀青が目を閉じ、両肩から力を抜くと、彼を取り巻くエーラが凝縮され、彼よりも一回り大きいだけの球体となった。
「そこまでエーラを集められたらもう一息。次は、コップに並々と注がれた水をイメージして。表面張力によって突っ張った水が、コップから零れないような、そんなイメージで“生理的収束領域”にエーラを留めるんだ。」
「コップの水……。こんな、感じですか?」
美神𨸶の言葉を受けた神室秀青のエーラが、さらにもう一回り小さな球体となった。
エーラを体内に留める段階としては、完全な状態となった。
「昨日までとはまるで別人だね……」
誰に言うでもなく、美神𨸶はそう呟く。
「僕もびっくりしちゃったよー。君が降りてくるちょっと前に、神室君が降りてきて体育館に向かうのが見えてね。こっそり覗き見してたら、この通り。」
美神𨸶の独り言に、下田従士が反応する。
「すっかりエーラの制御が身についてきてるんだもん。一体何があったんだい?」
「俺もよくわかりませんよ……。寝る前までは確かにエーラが視えてなかったんですけれど、起きた時にはもう……あぁ……」
下田従士の問いかけに反応した神室秀青のエーラが再び校舎を覆いつくした。
「うーん。まだまだ持続力には難ありだねー。」
下田従士が微笑む。
「寝てる間に何かがあったってことかい?」
エーラを集約せんと、再度構えた神室秀青に美神𨸶が問いかける。
「なにもなかったと思うんですけどね……。あ、でもなんか変な夢は見ましたよ。」
「夢?」
美神𨸶が首をかしげる。
「はい。どんな夢だったかは忘れちゃいましたけど。」
そう言って、再び神室秀青はエーラの球体を縮めていく。
その二人のやりとりを、ただ無言で眺める嵐山楓。
「………。」
そして無言のまま、体育館を去っていった。
その姿を見て、下田従士も「あ、そろそろ朝食の用意してくるねー。」と言って体育館を出て行った。
「この状態……この状態を維持……」
神室秀青のエーラが再び彼の体に留まる。
そんな彼の姿を見て、美神𨸶は静かに微笑む。
(理由はわからないけれど、これで神室君は流れに乗った。この勢いのままいければ、すぐにでもエーラを無意識の内に纏うことができるようになるな……。)
「あ……」
神室秀青が声を上げると、三度そのエーラが校舎を覆いつくした。
五月十五日(日)六時四十二分 旧・真希老獪人間心理専門学校(一階教室)
シモダさんが次々と料理を運んでくる。
ホカホカのご飯が盛られた茶碗に、目玉焼きとウィンナー、軽いサラダが盛りつけられた皿、そして味噌汁。
どれもこれも美味そうだ。
「さ、みんな食べて食べてー。」
「いただきまーす。」
シモダさんが椅子に座ると、四人それぞれバラバラの声量で食事を開始する。
「嵐山は目玉焼き、固ゆで派?」
目玉焼きにしょうゆをかける嵐山に訊く。
「……固ゆで派。」
嵐山は短く答えて俺にしょうゆを渡す。
「えー。目玉焼きは半熟じゃね?」
「固ゆで派。」
目玉焼きにしょうゆをかける俺に、面倒くさそうに同じ言葉を繰り返す嵐山。
「ま、どっちでもいっかー。」
言い出しといてなんだが、別に目玉焼きの焼き加減に特別なこだわりがあるわけでもなかった。
しょうゆを置き、いよいよ箸を目玉焼きに伸ばす。
ちゃんとした手料理って、何気に久しぶりかもしれない。
早く食物をよこせと唸る腹に急かされつつ、目玉焼きに箸を突き刺した時。
「あ、食べる前にちょっと待って、神室君。」
シモダさんに手を止められてしまった。
なんだなんだ?
「今ここでエーラを留めてみてー。」
にっこりと笑うシモダさん。
「ここで、ですか?」
俺は箸を一旦置くと、ゆっくりと息を吐き出す。
エーラを周回させ、左鳩尾に流し込む。
そして、コップの水のように表面に張るイメージ……。
校舎を覆うエーラが、徐々に体内へと戻ってくる。
その感覚を、体全体で感じる。
そして徐々に、左鳩尾のあたりが熱くなってくる。
「よしよし。上手くできてるねー。じゃあ、」
シモダさんが人差し指を立てる。
「その状態を維持したままご飯を食べてよ。」
「こ、このままでですか? あ……」
体内に集まっていたエーラが広がっていくのがわかる。
「勿論だよー。君には最終的に常時エーラを纏ってもらうんだから、これからは日常のありとあらゆる面でエーラを抑えながら行動してもらうよー。」
げ、まじかよ。
でも、確かにそうなるのか……?
シモダさんが片手を広げて続ける。
「ご飯の時も、お風呂の時も、トイレの時も、勿論、オナニーの時もね。」
「え?」
「ぶっ」
味噌汁をすすっていた嵐山が吹き出す。
けど、そんなことどうでもいいくらいに嬉しい言葉が聞こえた。
「下田先生、今食事中なんですけれ」
「ってことはオナニー解禁ですか⁉」
嵐山の苦情を遮って、シモダさんの言葉に食いつく。
「うん。エーラを体内に留める感覚は掴んだみたいだし、これから一生オナニーしないで生きていくわけにもいかないだろ? だったらエーラの総量の変動にも慣れてもらわなきゃいけないし、これからは自由にオナニーしてもらっていいよー。」
「やったー‼」
両手放しで大喜び。
「お前っ、食事中にいきなり立つなよ。」
嵐山が体だけ俺から距離を取る。
「いやいやいや! だってオナ禁解禁だぞ! オナ禁解禁!」
オナ禁解禁って語呂がいいな。
「連呼すんな。そもそもお前、一日も我慢してねぇだろ。」
「俺は誇り高きオナニストとして常にオナニー道を貫き通さねばいけないのだよ。」
「意味わかんねぇよ。」
「まぁまぁ、二人とも落ち着きなよ。神室君も、嬉しいのはわかるけどお行儀が悪いよ。」
シモダさんにも言われ、大人しく席に座る。
「美しくないね。」
ミカミさんはその隣で、一人優雅に朝食を摂っていた。
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