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第37話「少年は自慰を制限するために就寝を試みる」

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  五月十四日(土)十九時四十一分 旧・真希老獪人間心理専門学校(一階教室)

「明日の修行は八時から開始するから、それまでは好きに休んでなよ。」
 ミカミさんが振り向きざまにそう言う。
「わかりました。」
「あ、勿論オナニーは駄目だよー。さっきもしようとしてたでしょ?」
 ミカミさんの向かいに座ってるシモダさんが釘をさしてくる。
 げ、バレてる。
「み、未遂に終わったからいいじゃないですか。」
 まったく大丈夫じゃない言い訳をしつつ、俺は逃げるように教室を去った。
 起きててもオナニーしちゃうし、さっさと寝よう。



「……本当に大丈夫なんですかね?」
 神室秀青が教室を去ったのを認め、美神𨸶が下田従士に向き直った。
「神室君のオナ禁?」
「そっちもですが、そうじゃなくて。」
 美神𨸶は椅子に座り直す。
「ここ、本校舎と違って『パンドラの箱』に場所、割れてるんですよね? こんな悠長に修行なんてしてて大丈夫なのかと思って。」
「あはは。嵐山君にも今日似たようなこと訊かれたな。」
 下田従士がペットボトルに口をつける。
「まぁ、今僕たちがどこで何をやっているのかは筒抜けだろうねー。」
 そう言って、ペットボトルの中身を一気に飲み干す。
「でも、大丈夫だよ。彼らがここに襲い掛かってくることはない、と思う。」
「思う、ですか…。根拠は?」
 美神𨸶が頬杖をついて下田従士を覗き込むようにする。
「神代託人の性格だよ。」
 下田従士がペットボトルのキャップを締め、机の上に置く。
「本気で神室君を奪う気なら、今日にでも『パンドラの箱』のメンバーをここに送り込んでいたはずだよ。彼らの方が圧倒的に人数も上だしねー。それに、昨日の戦い。」
 ペットボトルからラベルをはがし始める。
 美神𨸶も、話を聞きながらペットボトルに口をつけた。
「日本各地で『パンドラの箱』のメンバーを暴れさせた。結果的に、僕たちも神室君の保護と並行して彼らの抑制も行わざるをえなくなったんだけれど……。」
 ラベルを綺麗にはがし終えると、下田従士は美神𨸶の目を見た。
「作戦としちゃあよく出来てると思うよ。僕たちの戦力を分散させて、神室君の保護に向かうメンバーを絞らせる。でも、さっきも言ったけれど、人数は『パンドラの箱』の方が圧倒的に多い。全メンバーを集結させて神室君を拉致、ビル周辺を固められたら、僕たちはなにもできなかった。そっちに方が神室君篭絡作戦としては単純だけど確実だ。」
「本気で神室君を支配下に置く気はなかったと?」
 美神𨸶も下田従士の目を見返す。
「多分、ね。あの作戦は僕たちに本気っぽく思わせるだけのもので、本当の狙いは別のところにあるのかもしれない。たとえば、今のこの状況。」
 下田従士が美神𨸶に片手を向ける。
「僕たちが神室君にエーラの制御を覚えさせている、この状況こそが神代託人の狙いかもしれない。そういう意味では、なにも大丈夫じゃないよねー。」
「じゃあ、彼の修行は……」
「いや、明日も予定通り行うよー。」
 下田従士は目を瞑る。
「たとえ今現在の僕たちの動きが神代託人の描く筋書き通りだったとしても、神室君の修行は続行しなければならない。今後のことも考えてね。」
「それも、神代託人の性格を考慮したうえでの予想、ですか?」
 美神𨸶は頬杖を解いて座り直す。
「カリスマ性の塊、とは聞いていますけれど、実際どんな性格なんですか? 『パンドラの箱』のリーダーは。」
「うーん、なんて言っていいのか、ちょっと難しいんだけれど……」
 下田従士は顎に手を当てて少し考える。
「とにかく思慮深い。十三、四歳の子供とは思えない程、先を読んで行動することに長けているね。そして、目的の為なら手段を選ばない。かといって、暴君然としているわけでもない。」
「確固たる信念のもとに他を犠牲にして仲間を導く……。」
 美神𨸶の言葉に下田従士は頷く。
「そう、まさにそんな感じ。」
 「だとしたら、」と、美神𨸶は前髪を掻き上げる。
「相当厄介ですよね。悪のカリスマ、先導者。」
「良いも悪いもないのかもしれないよ。」
 下田従士が人差し指をくるくる回す。
「何が正義で何が悪かなんて、その時その人その状況で変わってきちゃうものだからねー。だから、僕たちは彼らとの対話を忘れてはならないんだよ。」
 下田従士は手を下ろし、「僕たちの信じる正義を貫くために、ね。」と続けた。

  五月十四日(土)二十時二分 旧・真希老獪人間心理専門学校(二階教室)

 しかしさっきは迂闊だったとしか言いようがないな。
 二階の、こことは別の教室で休んでいた嵐山に用意してもらった布団。
 その白い布団の上で大の字に寝転がりながら、さっきの失態を思い返す。
 体育館の更衣室、そこに設置されていた棚に、俺のもの以外の着替えが置かれていたというのに、まったく気づきもしなかった。
 目の前の性欲に周りが見えなくなっていたのだ。
 自慰を我慢できずに、俺は今まで数々の失敗を繰り返してきた。
 学校には遅刻するし、テストで赤点は取るし。
 そして、今回の失敗。
 現場を、同級生に目撃される。
「……はぁー」
 思わず溜息。
 そういや、昨日も見られてたんだっけか。
 今日が初めてじゃない。
 思い返すだけで、ちんこが萎え縮む。
 はずが。
「……あー、もう。」
 自慰の誘惑に完全に支配されてると思うと、金玉の芯から興奮が押し寄せてきた。
 履いているスウェット生地のズボンを突き抜けんと膨張する我が愛し子。
 布が突き刺さるような感覚に僅かな痛みを感じる。
 だが、その痛みすらも気持ちいい。
「………。」
 無意識に、自然に右手が股間へ伸びる。
「———だから駄目だって!」
 寸前で、左手が右手を掴んで股間から引き離す。
「あぁ……」
 しかし、この焦らされてる感覚が性欲をもう一ステージ上のものへと進化させる。
 右手を伸ばしては離し、伸ばしては離し。
 その快感に味を占めた俺は、そんなことを延々繰り返し、気が付けば三時間も経っていた。
「くっそ、駄目だ。こんなんじゃ……」
 即座に布団から起き上がり、教室を出る。
 理性で抑えられぬほどの強い性欲。
 精神が駄目なら、肉体でなんとかするしかない。
 意を決し、向かいに並ぶ教室、嵐山の就寝スペースの扉をノックする。
「………。」
 反応はない。
「嵐山、起きてるか?」
「………。」
「起きろっ!」
 数秒待っても返事が返ってこなかったところで、俺は容赦なく引き戸を開けた。
「……なんだよ、こんな夜中に。」
 俺の叫びに目を覚ましたのか、嵐山は不機嫌さを隠さずに布団の上で目をこする。
「緊急事態だ。」
「……なんだ。」
「今すぐ俺を縄かなんかで拘束してくれ。」
「なにがどうしてそうなるんだよ。」
「オナニー我慢できなくて寝らんねぇんだよ! 察しろよ殺すぞ!」
 膨張した股間が、嵐山を突き刺すが如く真っ直ぐ伸びている。
「いや、こっちが殺すぞ。」
 嵐山の殺意満点な視線が俺を突き刺してきた。
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