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第33話「嵐山は自身の能力に工夫を凝らす」

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  五月十四日(土)十二時四十一分 T県N市・とある廃墟

「ありがとう。大体わかったよ。」
 神代託人は座っていた椅子から立ち上がる。
「嵐山の『性癖スキル』は、風に関する能力ってことでいいのか?」
 その向かいで椅子に座っていた内水康太が、彼の動きを目で追う。
「いや、現時点では断言できないよ。」
 神代託人が内水康太に背を向ける。
「風の能力はブラフで、君の言う通り身体能力強化が本命の可能性もある。なんせ、あの時はビルを数名のエーラ持ちが取り囲んでいたからね。彼の仲間が潜んでいて、外側から彼をサポートしていた可能性は十分考えられる。まったく、」
 神代託人は口元に薄く笑みを浮かべる。
「やらしい手管だよ。選択するまで答えの出ない二択を常に迫ってくるんだ。」
 内水康太に振り返る。
「でも、これで彼らの中に最低一人は風の力を使う者がいることはわかった。それも踏まえた上で、今後の計画を練っていこうか。」
「……フェーズ2か。」
「康太も不満かい?」
 神代託人が内水康太の顔を覗き込む。
「いや、不満はないさ。あんたの考えだ。従うよ。」
 内水康太も椅子から立ち上がり、「自室へ戻る。」と一言言って歩き出した。
「………。」
 内水康太の自室は、姫百合真綾の部屋の隣に位置している、廃村の最端に配置されている。
 自室として利用している建物、その二階の片隅の部屋。
 そこに、風祭匁に取っていないと答えたモノが隠されていた。
 昨日の嵐山楓との戦闘時、彼に膝蹴りを食らわせた直後のタイミング。
 左腕で裏拳を放ったその時、反対に生えている右手が、彼に悟られぬようソレを回収していた。
 内水康太の『性癖スキル』発動に必要なモノ。
 彼は考える。
 コレの使い道を。
 自らの信念とリスクを天秤にかけ。
 さらにそこに、『パンドラの箱』の思想と彼ら専門学校の覚悟を加えて。
 内水康太はひたすら考える。

  五月十四日(土)十二時四十一分 旧・真希老獪人間心理専門学校(体育館)

 (エーラ、戻ってきたな…。)
 体育館隅の壁に腰掛け、膝を折り曲げ座る嵐山楓の手のひらに、小さなつむじ風が巻き起こった。
 彼の『性癖スキル』、『風さんのえっち!ウィンドウズ』は限定型・自然現象系に属する能力だ。
 自身が目視できる範囲内に風を発生させることができる。
 日々の努力により、風の規模や強さ、発生時間をある程度自由に調節することが可能となったが、それには相応のエーラを消費し、その時に置かれている環境(気候や自身の体調など)によっては思い通りの調節ができないこともある。
 また、彼が発生させた風は、より勢いのある流れ・・によってかき消されてしまうほど脆い側面を持つ。
 それが昨日の戦いで起こった彼の計算違いの一つ、屋上での黒煙の消滅であった。
 彼は煤を集め、それを風に乗せて『パンドラの箱』が潜伏するビルの屋上へと運び、そこからさらに渦巻き状の風を発生させ、上流から下流、そしてまた上流へと周回的な流れを作ることにより、火事発生時の現場を再現してみせた。
 しかし、神代託人がビル内部で起こった異常事態に思いの外早く気付き(ここもまた、彼の甘さからくる計算違いの一つだ)、風祭匁がビル上階へと急行。
 屋上に辿り着いた風祭匁は、すぐさま用意されていた消火器を使用した。
 この消火器より噴出された空気が、彼が発生させた風の勢いを局所的にだが上回り、結果、黒煙は消え失せる事態となった。
 戦闘時における総合的な出力の低さ。
 限定型の特徴だ。
 しかし、嵐山楓はそれを補うためにいくつかの工夫を凝らして戦闘に臨んでいる。
 その一つが能力を極力隠すこと。
 能力を見せず、フェイントやミスリードを多用することで相手の動きを意図的に制限する。
 普段からそれを意識し、癖づけをすることにより、戦闘時にもスムーズに織り交ぜることが可能となった。
 その徹底ぶりは、先ほどの神室秀青からの質問に対しても答えを渋ったほどだ。
 そして、それ以外に該当するのが、道具と格闘術だ。
 先の説明にも出た煤での黒煙再現により、通行人を野次馬へと扇動し、まんまとビル内部への侵入に成功した例や、神代託人含めた『パンドラの箱』メンバーの視界を一瞬にして奪い去った煙幕(正体はチョークの粉)のように、常日頃から風で拡散できる小道具を複数所持している。
また、近接での格闘戦においては、こまめな風の発生によって、自身の機動力の上昇、それに伴った攻撃力の向上を実現している。
 これも昨日の、対内水康太戦において、彼の能力を身体強化系の類であると誤認させることに成功していた。
 嵐山楓は、たとえその性格に能力が合っていなかろうが、一人で戦うことを決して諦めたりはしない。
「お、嵐山、お前、本当にエーラ出てるんだな。」
 トイレから戻ってきた神室秀青が嵐山楓に近づく。
「じゃあさ、さっき言ってた風を発生させるってヤツ、見せてよ。」
「嫌だ。」
 目を輝かせる神室秀青に、嵐山楓は即答で返す。
「えー! なんでだよ。見せてくれよ。かっこいいじゃん。」
 不満を発する神室秀青。
「うるさい。お前はさっさとエーラの制御を覚えろ。」
「そうだよ。これ以上美しい俺を待たせるな。」
 美神𨸶が神室秀青の肩を掴み、体育館の中央へと引っ張っていく。
 (さっさと覚えろ、か。)
 嵐山楓はそんな二人の姿を眺める。
「たっぷり出してきましたからね。さっきまでの俺とは一味違いますよ。」
 自信ありげに両肘を折り曲げ、全身に力を入れる神室秀青。
「ふぅ…んんんんんんっ!」
「いや、全然動いてないから。踏ん張ってるだけだから、それ。」
 美神𨸶は後頭部に手を置き、言い放つ。
 その二人の、否、神室秀青の姿に、嵐山楓は多少の苛立ちを覚える。
 (偉そうなことを言っておいて、俺だって課題をクリアできてない……)
 自身の手のひらを見つめ、眉をひそめる。
 嵐山楓に出された課題。
 エーラに対する理解の向上。
 (今だって、美神先輩のエーラが視えてないんだ。このままじゃ……)
「やってやる……」
 嵐山楓は視線を手から再び二人に移した。
 (あいつがエーラの制御を覚える前に、課題をクリアしてやる。)
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