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第31話「少年は更なる自慰を求めて性癖を拡張する」
しおりを挟む五月十四日(土)十二時二十九分 旧・真希老獪人間心理専門学校(廊下)
白い鉄製の大きな扉の前で、ミカミさんは足を止めた。
「ここなら広いから、エーラの訓練に集中できるはずだ。」
ミカミさんが扉を開く。
そこに広がっていたのは、ワックスがかけられた木製の床、バスケットのゴールに大きな舞台。
まごうことなき体育館だった。
「……当たり前ですけど、広いですね。」
「講義でも使ってたみたいだからな。俺が入学する前の話だから、詳しくは知らないが……。」
ミカミさんは体育館のど真ん中に立つ。
「さて、さっきの話の続きだ。『変態性』を大別する三つの種類。」
限定型と傾倒型、そして。
……万能型!
俺!
万能型イズ、俺!
口元が自然と緩む。
「この三種類は、性癖の限定度によって区別される。まずは基本の限定型。」
限定型。
嵐山の“スカートふわり”か。
「限定型は、他人からは理解され難い行為、もしくは対象からのみ性的興奮や性的快楽を得る人間が属しやすいタイプだ。傾倒型や万能型に比べて属する人数が最も多いと言われている。」
確かに、“スカートふわり”は俺でも理解が難しいフェティシズムだ。
嵐山と目が合い、睨まれる。
「次に傾倒型。これは、言ってしまえば限定型の進化系。いや、退化系と呼ぶべきか——限定型の理解され難い性癖に加え、対象の範囲やシチュエーションに強いこだわりを持つ人間が属することが多いタイプだ。限定型と比べると、その人数は少なくなるとされている。」
限定型の退化系、か。
シモダさんや、このミカミさんが属しているタイプだ。
「最後に、万能型。」
来た!
「これは、他の二つとは正反対のタイプだな。限定型ほどではないが、理解者の少ないコアな性癖を複数所持、もしくは多方面の性癖に繋がるようなフェティシズムの持ち主が属するタイプ。限定型の進化系と呼ぶに相応しいのはこっちのタイプかもしれないな。」
「性癖を複数…っていうのはわかりますけど、多方面の性癖に繋がるようなフェティシズムっていうのは、どういうものなんですか?」
「いい質問だ。」と、ミカミさんは最早お馴染みのポーズを取る。
「例えば、足裏フェチの男がいたとする。理解者はそこそこのコアなフェチだ。そいつは、足裏を見るでも触るでも、とにかくその存在自体に性的興奮を覚える。つまり、足裏から万能的に性的快楽を得られるんだ。さらに、その足裏が収められていた靴や靴下にも、性的に興奮するようになる。足裏が触れていたであろう靴から発せられる臭い、そしてその形。ソックスが足裏を包み込んでいた証たる温もり、肌触り。とね。こんな具合に、派生的に性癖を発展させていくことができるのが万能型の最も大きな特徴であり、強みだな。」
なにが強みなのかは置いといて、なるほど。
「オナニーの探究者たる俺は、まさにその典型例ってことですね。」
「その通り。」
ミカミさんは顔に手を添える。
「自慰を繰り返し、より快楽を得られる視覚的刺激を求め続けた君は、多くのコアな性癖にも精通してるだろう。故の万能型だ。」
万能型は嬉しいけど、それはあまり嬉しくない。
「だが、万能型は他二つに比べてその欲求を処理しやすい傾向にある。性癖が多岐に渡れば、当然自慰に必要な物や理解者も見つかりやすいだろうからな。だから、限定型や傾倒型に比べて万能型に属する人間は極端に少ない。」
言われているでもされているでもなく、少ない、か。
「その希少性は、君が『パンドラの箱』に狙われている原因とは決して無関係だとは言えないな。」
「………。」
テロリスト集団『パンドラの箱』。
世界の終わりを目論む神代託人。
そんな危険な存在から俺を守ってくれた嵐山やシモダさん。
これ以上、迷惑はかけたくない。
その為には。
「エーラの制御を、早いところ覚えないと。」
「当然だ。」
知らない間に漏れていた心の声に、ミカミさんが返してくる。
「そして、安心しろ。この俺が直接指導してやるんだ。すぐにでもエーラを留めることが出来るようになる。」
そして、片目を瞑って指をさしてくる。
「だが、覚悟しろよ。俺の指導は厳しいぜ?」
「はい!」
「いい返事だ。」
ミカミさんは前髪を掻き上げる。
「じゃあ、面倒くさい説明はこの辺にして、早速特訓に移ろう。まずは、上の服を脱げ。」
「はい?」
五月十四日(土)十三時五十三分 神室家
神室秀青の住まう家屋は、クリーム色に染められた平均的な一般住宅だ。
その住宅の駐車場に一台のレガシィが停まった。
その中から、下田従士が降りてくる。
下田従士は建物をしばらく見上げると、ポケットから鍵を取り出し、玄関の錠に差し込み、回した。
やや重い開錠の音が聞こえ、扉が開かれる。
「両親は海外赴任。神室君はかれこれ三年は一人で暮らしてるんだったっけ。」
下田従士は独り言を呟き、靴を脱いで玄関を上がる。
中はやや散らかっており、読みかけの漫画が開かれたまま床に置かれていたり、衣服がその辺に脱ぎ散らかされていたり、食器なんかも洗わないで放置されているものが台所に積み重なっている。
(高校生とはいえ、男の一人暮らしとなるとこうなっちゃうよねー。)
下田従士は苦笑すると、階段を上り、二階へと移動する。
二階に入って、真っ直ぐ先にある部屋。
そこだけ、生活臭がした。
(ここが神室君の部屋、かな?)
下田従士はやや躊躇ってから、部屋のドアノブを回し、扉を開ける。
「汚な……」
思わず声に出す。
それほど、部屋は散らかり放題だった。
漫画や携帯ゲーム機、衣服などが散乱しすぎている。
一階の比ではない。
(一階にも漫画は散らかっていた。いくら自室とはいえ、完全な生活の中心となっているわけではなさそうだ。にもかかわらず、この部屋の異様なまでの汚れっぷりはなんだ? 一階はまだ片付いていたのに。)
下田従士は覚悟を決め、部屋へと足を伸ばす。
が、すぐに足を引っ込める。
(待てよ。この部屋、こんなにも散らかっているのに、肝心のアレがない?)
下田従士は部屋中を見渡すが、探しているものはやはり見つからなかった。
(この部屋になくてはならないものがない。そして、異様なまでの散らかりよう……)
しばらく顎に手を当て、考える。
(もしかしたら、彼の『変態性』は……。だとしたら、残酷なことだよ。肯定と否定が共存することによって存在しているだなんて。)
下田従士は今度こそ部屋に足を踏み入れる。
(この部屋も、相当なブラックボックスだな……。)
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