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第26話「少年は与えられし四半刻で己が脅威を示す」
しおりを挟む五月十四日(土)十一時三十一分 T県N市・とある廃墟
「それがなんだ。……『鍵』は姫百合がしっかり連れてきただろ。目的なら達成したはずだ。」
風祭匁は内水康太を下から見上げる。
「あぁ、確かに『鍵』は連れてこられたよ——お前が取り逃した嵐山楓に奪われたがなぁ。」
内水康太の胸ぐらを掴む。
「負けっぱなしのまま帰ってきてんじゃねぇよ。腰抜け野郎が。」
内水康太は自身の胸ぐらに伸びる腕を掴み、引きはがす。
「その腰抜け野郎が取り逃した奴に『鍵』を奪われてんだろ? 自己の責任を棚上げにして他人を責めてんじゃねぇよ。」
「あぁ⁉」
二人の放つエーラが濃くなっていく。
「二人とも、いい加減にして。」
二人の様子を見かねて、神代託人が立ち上がる。
その声に、二人は睨み合いは一旦止まる。
「康太、匁は今苛立ってるんだ。察してあげてよ。匁も、いくらフェーズ2が納得いかないからって、人に当たり散らすのはよくないよ。」
神代託人が二人の顔を順番に見る。
「フェーズ2?」
内水康太が神代託人を見る。
「ああ、康太にはまだ説明していなかったね。」
神代託人は思い出したように言う。
「『神の贈り物計画』のフェーズ1は『鍵』こと神室秀青くんの登用失敗によって幕を閉じた。一時は危なかったけれど、十分誤差の範囲内。予定通りに終わった。だから、次のフェーズに計画を移行しよう、って話をみんなとしたんだ。…けれど、」
横目で風祭匁を見る。
「匁も真綾も納得してくれなくってね。」
神代託人は不満そうに目を瞑る。
風祭匁は手のひらを上げて物申す。
「当たり前だろぉ。そんなまどろっこしいことしてられっかよ。」
「一番の近道だと、俺は思うがね。」
今まで三人の様子を見ていた無精髭の男が、頭を掻きながら口を挟む。
「近道っていうより裏道なんだけどね。」
神代託人が皮肉めいた笑みを浮かべる。
「とにかく俺は反対だぁ。他にもやりようはあんだろ。内水ぃ、お前、ちゃんと取ってきたんだろうなぁ?」
風祭匁が内水康太を見る。
「いや、取れなかった。」
内水康太はうなじを掻きながら返す。
「そんな暇も与えてくれなかった。完敗だったよ。」
「………。」
神代託人が内水康太を見る。
「お前がスキルを使わせてもらえないなんて、よっぽどの強敵だったんだな、全開の嵐山楓は。」
無精髭の男も内水康太を見る。
内水康太は、目を合わせない。
「おいおいおいおい、勘弁してくれよぉ。」
風祭匁は苛立ち混じりに頭を掻きむしる。
「それじゃあ、お前はただ負けてきただけじゃねぇかよ。ふざけんなっての。」
「匁、少し落ち着いて。」
「落ち着けねぇし待てねぇよ!」
神代託人に反発して睨みつける。
「なんなら今から漆原に連絡して、俺一人ででも」
「匁。」
神代託人の目から、光が失われた。
闇色に染まったエーラが、風祭匁の頭にのしかかる。
「それは駄目だ。少しは待つことも覚えろ。」
「………っ!」
神代託人の声に、重圧に、風祭匁の膝が自然と折れ曲がっていく。
全身から汗が吹き出し、顔からはみるみる血の気が引いていく。
動けない風祭匁からエーラを離すと、神代託人は笑顔を見せた。
「君が納得いかないっていうのなら、お互いに納得がいくまで話そうよ。康太にも詳しく説明しなきゃいけないしね。」
笑顔で振り返る神代託人に、内水康太は少し戸惑う。
「……ちっ」
風祭匁は舌打ちをすると、立ち上がり、そのまま歩き出した。
「どこへ行くんだ?」
無精髭の男が風祭匁の後ろ姿に声をかける。
「少しその辺、歩いてくるだけだ。」
風祭匁は一言そう言うと、そのまま廃墟を出て行った。
三人はしばらくその姿を見ていたが、内水康太がふと思い出して訊く。
「そういや、姫百合も反対したとか言ってたが、あいつは今どこにいるんだ?」
「部屋に戻った。」
無精髭の男が答えた。
『パンドラの箱』が根城としているこの廃墟は、元々とある集落の一部だった。
人口減少に伴った村人の引っ越しが相次ぎ、今となっては無人の集落。
建物取り壊しの工事すらも放棄され、世界から存在を忘れられた土地。
当然、この廃墟の周りにも複数の住居がそのまま放置されており、『パンドラの箱』のメンバーはみな、そこに自室を設けていた。
姫百合真綾の自室は、メンバーが集まる廃墟より五軒離れた廃屋。
薄汚れた青色のベニヤ板の屋根が目印の住居。
その建物の、玄関から入ってすぐの階段を上った先にある左手の部屋。
その部屋の角で、姫百合真綾は一人、うずくまっていた。
膝を曲げ、肩を抱き、一枚の写真を見ていた。
写真には、恐らく中学生の頃の姫百合真綾と、もう一人の少女が映っていた。
少女は姫百合真綾の腕に抱きつき、笑顔でピースサインを決めていた。
「………。」
姫百合真綾の手に、さらに力がこもった。
五月十四日(土)十一時五十六分 旧・真希老獪人間心理専門学校(玄関)
下田従士が腕時計を見る。
「さて、三十分経ったし、神室君のところにそろそろ行こうか。」
嵐山楓が、落ち着かない様子で周囲を見ていた。
「……こんなことって、あるんですね。」
「僕も正直面食らってるんだけどねー。でも、目の前にあるのは紛れもない真実だよ。これで、彼は『パンドラの箱』が僕たちを欺くために用意したミスリードだっていう線は完全に消えたよねー。」
下田従士が玄関を開け、嵐山と共に中へと入る。
校内は、重厚なエーラで満たされていた。
その圧に、二人は頬に汗を垂らす。
「やー。しかし、ここまで露骨とはねー。嵐山君、君は一日彼と共に学問を享受していて気付かなかったのかい?」
「さっき言った通りですよ。」
「だよねー。」
下田従士が三十分ほど前に出て行った教室の扉を開ける。
そこに立っていたのは、そのエーラの持ち主。
神室秀青。
「シモダさん。この『魔法の鏡号』のⅮⅤⅮ、ノイズ入って途中で止まっちゃったんですけれど。」
ⅮⅤⅮ片手に立っている彼から発せられるエーラは、近づけば近づくほど圧力を増していく爆発寸前のものであった。
「ごめんごめん、不良品が混じってたかー。」
下田従士が片手を広げて謝る。
自慰行為には、絶頂と共に無我の境地へと至る神秘の幕引きが用意されている。
そして後に待つのは激しい虚無感——『賢者モード』。
男の場合は特にそれが顕著で、平均的な男性であれば、『賢者モード』を味わった後一日は自慰を行わない程である。
この『賢者モード』中は、その者のエーラが一切消えてなくなる。
しかし。
(しかし、神室君の場合は、自慰を終える度にエーラがその強さを増していってる。それも三十分という短時間に、エーラの動きから考えて三回も。)
たとえばそれは先天的に備わった特異体質からくるものなのか。
はたまた、後天的に備わった尋常ならざる性欲の強さからなのか。
そしてこれは、人類にとって希望となるか絶望となるか。
どちらにせよ。
(彼の過去に何かしらの何かがあった事には変わりない、か。)
どちらにせよ、この力が本質的に危険極まりないものであることだけは確かだった。
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