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第20話「『パンドラの箱』と依代の少年」
しおりを挟む五月十四日(土)十時二十五分 〇×病院・駐車場
「どこから訊きたいか? 決まってますよ、そんなの。」
俺は一呼吸置くと、相手に質問を投げかける。
「さっき聞いた説明、本当にザックリだったんではじめから全部訊きたいんですよ。『パンドラの箱』ってなんなんです? 世界を終わらせるとか言ってましたけど、とても正気とは思えない。なんだって俺はそんな組織に狙われなくちゃいけないんですか? そもそも、あなたからも見えるんですが、光みたいなの出てるんですよ。体から。なんなんですか、それ。今までそんなの出してる人になんて会った試しがないですよ。なのに『パンドラの箱』の連中からは全員出てましたよ。一体全体意味がわからない。そんな連中から嵐山は命懸けで助けてくれたわけなんですが、そもそもなんでどうやって助けてくれたんです? 知ってたんですよね、俺が狙われてること。こうなるまで放置してたんですか? あなた方、何者なんですか? そういや、明らかにおかしい現象が起こったんですよ。俺の腕が切断されたんですよ。別に切断くらいだったらなにもおかしくはないんですけれど、いや、十分おかしいんですけれど、おかしいのはここからで、切断された腕がまたくっついたんですよ、綺麗さっぱり。しかもその間、血は出ないし痛みも感じない。ね、おかしいでしょう? いや、俺の頭がとかじゃなくて。それもその光に関係してるんですか? 関係ある? ない? あ、その前に、もっとおかしい奴がいるんですよ。神代託人とかいう少年でね。可愛い顔した。あの子は一体何者なんですか? 大体」
「あ、ごめん。やっぱり僕から順番で説明していくね。」
シモダさんが車を発進させた。
「お前、そんな喋るやつだったか?」
バックミラー越しの嵐山は呆れ顔だ。
「うるせぇな。こっちだってまだテンパってるんだよ! いきなりこんなわけわかんないことに巻き込まれて!」
「やー、そればっかりは本当に申し開きようもないんだよねー。」
シモダさんが謝罪をするが、依然、笑顔のままだ。
顔と台詞が一致していない。
車は駐車場を出てすぐに左折し、次の突き当りをまた左折した。
「えぇっと、じゃあまず、『パンドラの箱』について説明するねー。彼らはねー、簡単に言うと、よくあるテロリスト集団ってやつなんだ。」
「テロリスト集団……。」
よくはないと思うが。
それにしたって随分陳腐でチープな肩書だ。
「まぁ、肩書だけ聞くとただのヤバい奴らなんだけどさ、彼らの目的はヤバいなんてもんじゃないんだよねー。」
「“世界を終わらせる”。」
「あ、聞いてたんだねー。」
シモダさんがさらに目を細めて笑う。
「世界を終わらせ、そこに新しい世界を創り出す。しかもそれを、至極真面目に考え、行動している。ヤバいなんてもんじゃないよ、狂っているとしか思えない。」
車がインターチェンジを通過し、高速道路に入る。
「目的を聞いたんなら、こっちも聞いてるかもしれないけれど、彼らは少数派の集まりなんだ。」
——変態だよ。我々と同じね。
シモダさんは前を見たまま話す。
「『性的少数派』。その彼らが神代託人君の下に集まった組織。それがテロリスト集団『パンドラの箱』の正体なのさ。」
神代託人の下に集まった……?
ってことは、あの少年が『パンドラの箱』のリーダーってことか。
運転を続けるシモダさんに疑問をぶつける。
「その、『性的少数派』はいいとして、あそこにいた人たち、みんなそれなり社会的立場や責任がありそうな年齢の人たちだったんですけれど、あんな年端もいかないような少年に大の大人が付き従ってるってことですか?」
「いい質問だねー。」
シモダさんが人差し指を立てる。
癖なのか?
「そこが彼の異常なところでさー。それに関しては君はもう体験、もとい体感してると思うよー……あ、ごめん、ちょっと飛ばすから掴まってて。」
「げ。」
嵐山が露骨に嫌悪的な声を出す。
シモダさんが座り直すと、右車線に車を移動させ、思いっきりアクセルを踏んだ。
車が低い唸り声を上げ、急速に加速する。
体に重力的な負荷がかかり、シートに押し付けられる。
「ちょっ……飛ばしすぎっ……」
先ほどまで前を走っていた車が、もう豆粒のようになっていった。
「始まったよ、もう!」
嵐山の文句に、シモダさんが反応する。
「ごめんごめん。後つけられてる可能性も考えなきゃだからさー。」
穏やかな口調とは裏腹に運転はさらに荒さを増していく。
ギアハンドルをこまめに操作しながら、左へ右へと車を移動させ、次々と前方の車を追い越していく。
その度に全身が重力にもっていかれ、胃の内容物が出てきそうだ。
この人も十分狂ってるんじゃないか?
「で、彼の異常なところっていうのはねー。」
続けるのかよ!
シモダさんは至って涼しげに話を続ける。
「彼の圧倒的なまでの人心掌握体質なんだよねー。」
人心掌握体質?
「神室君さー。君、彼——神代託人君と話してて何か違和感とかなかった?」
バリバリある。
というより。
「違和感がない、という違和感を感じました。明らかにおかしな状況に置かれていたのに、違和感を全く覚えないというか、まるではじめからそうであったかのように、ごく自然に気付かないうちに、彼の虜になっていました。はじめにあった疑問もいつの間にか消え去って、いつの間にか彼を守らなければ、という強迫観念に囚われていました。」
「お前がゲイなんじゃねぇか。」
「違うわっ!」
嵐山が一歩引いた目で俺を見ていた。
「うん。いい線いってるねー。その、違和感を持たせない、というのが彼の異常性なのさ。」
違和感を持たせない異常性……。
ふと、窓の外を見ると、土曜日の高速道路だというのに周りから車が消え去っていた。
みんなこの車にビビッて減速したんだろう。
シモダさんが横目で俺を見る。
「どうしたんだい?」
「いえ、なんでも……。で、その異常性っていうのは?」
シモダさんは視線を前に戻す。
「『1/fゆらぎ』って、聞いたことあるー?」
『1/fゆらぎ』?
「……ないですね。」
「まぁ、あんまり聞かない言葉だよねー。」
シモダさんの運転が徐々に落ち着いていく。
「『1/fゆらぎ』っていうのはねー、人々の心に安らぎを与える特定の波長のことを言うんだよ。」
「特定の波長……?」
「そう。」と、シモダさんは頷く。
「例えばろうそくの火の揺らめきを見て妙に落ち着いたりとか、川のせせらぎを聞いて心が洗い流されたり、木漏れ日を見て新鮮な気持ちになったりなんて経験、あるよねー?」
ある。
「これらには人の神経細胞から発せられる電気信号の発射間隔、それと同じリズムのゆらぎが含まれているんだ。そのゆらぎには、人間の自律神経を整え、精神を安定させる力がある。それが『1/fゆらぎ』さ。要は、そのゆらぎを感じた人は、とても気持ちよーくなれるってことだね。」
シモダさんがまた人差し指を立てる。
やはり癖なのだろう。
「そしてこの『1/fゆらぎ』なんだけどね、実は人間の声や動作にも含まれていることがあるんだよねー。有名どころでいえば、美風ひばりや宇田山ヒカルなんかの歌手の歌声、西友の花澤茉奈の声にもこの『1/fゆらぎ』が含まれてると言われている。人々を気持ちよくさせる声で歌を歌ったりキャラクターを演じる。だからこそ、人々は夢中になり、彼女たちを熱狂的に応援するのさ。」
ああ、そういうことか。
「つまり、神代託人、あの子にはその『1/fゆらぎ』が備わっていて、俺はあの子の声を聴いて気持ちよくなっていたと……。」
「そういうこと。ただ、彼の場合は声だけじゃなく、手足の動きや表情、匂いに至るまでの自身という存在全てに『1/fゆらぎ』を持っている、と言われている。」
「⁉」
存在全てが人を気持ちよくさせる……。
「極端な話、彼は目を合わせただけで人を殺せるだろうね。」
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