黄昏に縋るは妖異の闇夜

影臣

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 酒呑童子編

 花に込められた想い

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「さて、首が眠る場所について種明かしをしましょう。読んでみて分かりましたが内容は本当に日記でした。重要なのは、羽衣草が咲き乱れる頃、約束の地にて孔雀草を携え妹背を待とう……この一文です」


汐莉は日記の内容が書き記された紙切れを卓上に広げ、ついでとばかりに植物図鑑から印刷してきた紙切れを取り出し、御丁寧に花の詳細が記されたモノも広げて見せた。


「あの日記の中で孔雀草と呼ばれていたのはハルシャギク、羽衣草と呼ばれていたのはノコギリソウと言う植物です。共に夏に咲く花の為季節は夏であるとすぐに分かります。あれらにはただ咲いた花の情景を記しただけでなく、花言葉が添えられていました」


有り難いことに印刷してきた植物図鑑には花言葉も記載されていた。汐莉はその場所を指差しながら説明を続けた。


「ノコギリソウの花言葉には戦い、治療、悲嘆を慰める、真心と言う意味が。ハルシャギクの花言葉の中には一目惚れと言う意味が。つまりあの一文には……夏、貴女が私を癒してくれた約束の場所で待ちます。貴女に一目惚れしたこの気持ちを伝えるために……と、ざっくり言うとこんなニュアンスですかね?まあ、解釈の仕方は人それぞれですし!」


話を聞いていた鬼童丸の様子を伺えば、彼の口許は少し引き攣っていた。そうだろう、そうだろう。まさか自分の父親がこんな乙女チックな思考の持ち主だとは思いたくないのだろう。気持ちは痛いほど分かる。だが、話は最後まで続けさせて貰うぞ。


「それではお聞きいたしましょう。夏になるとノコギリソウが咲き乱れる場所は何処ですか?」

「この辺だと、そうですね──***と呼ばれる場所、そこに風になびく羽衣草が見られます」


「そんなにも近い場所に?え、あったっけ?」
「お前が草花を気にかける様な質か?あっただろうが。お前がそう思って周りを見てないだけだろ」
「だって、腹の足しにもならないから」
「お前……そう言う所だぞ」


「でもその場所は陽菜様が掘り起こした場所のはずです」


猿渡と犬塚がヒソヒソと話し合っている最中、天狗の面をした小間使いはそう言って口を挟んだ。


「いいえ、そこではありません」


これは少しズルかも知れませんが、と言葉を付け加えながら汐莉が取り出したのは一冊の古びた書物。


「これは私達の先祖が書き記し、巫女と酒呑童子が共に旅をしたと言う内容……文月の半生がまとめられた日記帳です。書物には逃げるのをやめたと書かれていました。つまり巫女と酒呑童子は追っ手と立ち向かうことにしたのです。ならばどこへ向かったと思われます?」

「鬼ごっこを止め、立ち向かう……フッ、戻ったのか。全てを捨ててまで逃げ出した場所へと」

「ビンゴ、その通りです」


確かに──今回、骨女が自作自演の為に用意した偽物の骨が掘り起こされた場所もノコギリソウが群生している場所で間違いないし、逃げ延びた文月のご先祖様が最終的に根をおろし、隠れるように暮らしていた場所の周辺でもある。

しかし、菊月一族が暮らしていた地域周辺にもノコギリソウが群生している場所は存在していた。詳細は慈烏が鳥達から確認したので間違いないだろう。実際、汐莉が茨目と共に首を掘り起こしに行った場所もそこなのだから。


「文月の実家がある地域から、本家がある菊月の地域までかなりの距離がありました。移動手段がない昔は、この距離をご先祖様は徒歩で進んでいたのかと考えたら気が遠くなりかけましたが──見つけましたとも。ええ、そこにありましたよ酒呑童子様の首は。ぐっすり眠ってました!」

「で、父上は今どちらに」
「それは……」


汐莉は口ごもった。正直に話してもいいのだが、やらかしすぎた自覚があるので怒られるのは目に見えていた。ここは上手く誤魔化してくれと眼で訴えかけながら汐莉は茨木童子の袖を引く。しかし、無情にもその願いは聞き届けられなかった。


「この者は酒呑童子を目覚めさせるために持参したサンザシの酒を、あろうことか生首に頭からぶっかけました」
「ちょっ、話が、違っ」
「本当に?私の目を見て言えますか?」
「う、うう、だってサンザシ赤いし、血酒に似てるかなって」
「飲ませればよかったでしょうが!」
「でも首だけだよ!口から飲んでも体がないから垂れ流しだよ!勿体無いじゃん!どうせならお祝い事の時みたいにシャンパンぶっかける感じでさ」


汐莉は忘れていた、茨目はこう言う奴だと。仕える主に正直で嘘がつけない性格で、汐莉の扱いが雑であると。


(をさらけ出し過ぎた自覚あるけども、だって胸が大きかったからさ……そりゃあ、ね、触るよね。顔埋めたくもなるよね。ハッ、まさかこれは復讐なのか!?変態をさらけ出し過ぎた私への当て付けでもあるのか!?)


「まあ、方法は何であれ起きましたよ。酒に目がない方でしたし……代わりに髪がベタベタになりましたがね」
「その後ちゃんと綺麗に洗ってもらったよ。今は紅蓮さんの糸で体と首を縫ってもらってる所かな?」


今回、慈烏さんには烏を使っての情報収集や監視役に専念して頂きました。紅蓮さんには部屋まで突撃し、紅蓮の糸で首と胴とを縫い合わせる仕事をして頂きました。


「何だ……俺達だけが知らなかったのかよ」


そうですね。加減が出来ずに鋭い爪で切り裂いてしまう様な犬塚さんに、繊細な仕事は向いてないので今回は声をかけませんでした。常に仕事に追われている猿渡さんの負担を減らす為に、あえて仕事を割り振らなかったんですけど……。


「あぁ、それで。紅蓮の姿が見えないと思ったら……」


紅蓮さんの姿が見えなかったから、鬼童丸さんは彼女に化けてこの会場に紛れ込んでいたんですね。



「お話し中に失礼します。鬼童丸様、酒呑童子様をお連れしました」

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