黄昏に縋るは妖異の闇夜

影臣

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 酒呑童子編

 紅蓮

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『知ってますか紅蓮、……紅蓮の名の中に蓮の文字が含まれている事に』
『知ってます兄上、私の名前ですよ』

『蓮の花は泥の中であっても美しい花を咲かせます。どんなに罪にまみれようと、厳しく辛い環境であろうと、いいえ……だからこそ闇の中に生まれた聖なる花は希望の光となり得るのです』
『む……難しいです兄上』
 
『子供は泥だらけになるまで遊びます。汚れるのは当然でしょう。大人は成長していく過程で、過ちを起こしながら正していくものでしょう?汚れていない者などこの世に一人もいません。誰に何を言われても、咲き続ければいい。それが貴女を形作る花の姿なのでしょう?』
『さっ、咲かせます!咲かせてみせます!私だけの花を』
『フッ、約束ですよ』
『約束です、兄上』

伸ばされる子供達の幼き手。
絡み合う小指。
絡まる紫紺と紅蓮の糸が…………。


(夢……ずいぶん古いヤツだったな。私は少し、寝てたのか)


光が決して射し込まぬようにと締め切ったカーテン。
そんな部屋の中は穴蔵のように暗い。
それも当然だ。鬼童丸の配下が一人、女郎蜘蛛の紅蓮は領主より命じられた仕事を終えた後、仲間の配下達と言葉を交わす事も無く部屋に籠っていた。
今でこそ土蜘蛛は、蜘蛛の姿をとる妖怪として書物に記載されているが遥か昔は……まだ、人であった。当時の土蜘蛛は天皇への恭順を表明しない土着の豪傑・豪族・賊魁などに対する蔑称として用いられていた。土蜘蛛という名称は土隠つちごもりに由来していると考えられており、該当する土豪の一族などが横穴のような住居で暮らし、穴に籠る様子から付けられたものであろうとされていたが……歴史の闇に呑み込まれ、その存在が埋もれ、それでも死にたくないと生にしがみつき、人を止めてまで手にしたかった望み、土蜘蛛としての居場所を掴み取った憐れな妖怪元人間

(ハハハ、これでは兄を笑えないな)

いつ頃からだろう、こうして部屋に籠りきりになったのは。誰かを守るために行った自分の行動が、大人になるにつれて過ちであった事実を突き付けられた時、何故自分が西の領土で仕える事を許されていたのか理解した。

(殻に籠っていれば傷付かない、誰も傷付ける事はない。もう誰も──ん?)

「失礼します!」

悪い方に考えてばかりいれば扉を叩くノックもせず、いきなりマスターキーを使用し、扉を開け放つ者がいた。紅蓮は毛布を頭からすっぽりと被っていたが、周囲に張り巡らされていた紅蓮の糸に触れた振動から誰かが此方に向かってきていたことには気付いていたが、マスターキーを持参してまで乱入して来るとは思っていなかった。驚いた拍子に少し捲れ上がった毛布の隙間から恐る恐る侵入者を確認してみれば、入ってきたのは鬼の面を付けた一人の小間使いだった。

「紅蓮様ですよね!ね!」
「……そうだが」

素直に答えるのもどうかと思うが自分のペースを崩され、うっかり鬼面のペースに呑まれていた紅蓮は流されていた。

「探しましたよ。貴女に縫ってもらいたい品があるんです」
「裁縫は小間使いの仕事だろう。何を破いたと言うんだ。こう言った事は配下である我々にではなく、他の同僚を当たれ」

「いえ、である紅蓮様だからこそ、御頼みしたい品なのです」

「──ッ、誰から聞いた」

そう問い返せば小間使いは、食い付いたと声を震わせ小声で囁いた。

「私はその件から手を引いた。もう糸は操らん」
「犬塚様には縫って差し上げたのに?」
「その話をどこで!?」
「本人から。仲良くなったらポロッと話してくれましたよ」
「あれは……まだ依頼を受けていた頃に一度」
「それは罪人になる前だから出来た?今は罪人だからもう出来ない?」

(どこまで知って……まさか、一族の手の者か。連れ戻される前に口封じを……)

「ところで話は変わりますけど、紅蓮様はゲジゲジって分かります?」
「……え、ああ、知っているが?」

殺めねばと考え事をしていた為、若干反応が遅れたが不自然に会話が途切れぬように返事を返した。

「ゲジゲジって百足やヤスデに似てますが全く別物なんですよ。何故かって言うとゲジゲジは攻撃性が低くて、積極的に人を刺咬することはないんですよ。噛まれたとしてもヤスデや百足よりかは毒が弱くて、人間にとって基本的には無害な生物で、ゴキブリなんかの害虫を捕食する虫であるという点では益虫なんです。しかしその異様な外見や、意外なほど速く走り回る姿に嫌悪感を持つ人が多くて、餌となる虫や快適な越冬場所などを求めて家屋に侵入してくることもあることから、不快害虫の扱いを受けることもあって」
「確かに見た目がアレだからな」
「まあ、例えが下手かもしれませんが何が言いたいかって言うと、それは本当に貴女にとっての罪なんですか。一人の幸せが皆の幸せになるなんて都合のいい考えなんて世の中存在しないんですよ。貴女の正義や生き様が時として、誰かの悲しみや不快感に繋がるんです。自分の行動がどう思われるかは善悪と関係ないと思うんです。だから──始めにも言いましたが、その他諸々の諸事情とか関係なく、私は貴女だから頼んでいるんです」
 
(兄と全く同じことを言うのだな)

あの夢はこの事を暗示してたのかと考え始めた紅蓮が、改めて鬼面の姿を見ればその指の先に、繋がる紫の……が、

「……引き受けよう」

気付けば紅蓮はそう答えていた。裏切られ、疎まれ、ぞんざいに扱われて来た一族だからこそ自分の目にしたモノしか信じない。ならば見覚えのあるアレの、兄の存在を信じるのなら、この者は信用できる存在であると確信したから。

「助かります。この事は内密に御願いしますね」
「ああ、それにしても口がうまいな」
「まさか、私の言葉ではありませんよ。先程話した内容は小説の一文です。私の言葉には重みがない……感情すらも」
「だが、最後に言った言葉はお前自身の言葉だろう。それくらい分かる」

この者になら自分の過去を話してみても良いのではないか……たった一言の言葉は確実に紅蓮の心の内にある罪悪感を揺らがせた。

(たった今、会ったばかりだと言うのに)

「そう言って貰えて嬉しいのですが、話を戻しますね。こちらが御願いしたい品になります」

「──っ!!これは……アレか」

何処に隠し持っていたのか大きな包みを取り出した小間使いはそれを広げて見せた。予想と異なる品を見せられた紅蓮は、思わず顔をひきつらせた。

(い、胃が痛くなりそうだ)

作業が終わる頃には、胃薬を常備する猿渡に幾つか分けてもらう必要がありそうだ──紅蓮は依頼を受けた事を早まったかも知れぬと数分前の発言を悔やんだ。



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