10 / 32
酒呑童子編
雨宿り
しおりを挟む「い……ばッ、らき?」
か細い声でそう問えば黒目に赤い虹彩であった女性は、やがて白目に黒い虹彩と通常の色合いに変化し──言葉に反応し、次第に冷静を取り戻している様にも見えた。
茨木童子は酒呑童子が最も重要とした家来だ。源頼朝一行に討たれた際、逃げ延びたとされた鬼。
(主を救えず、一人取り残された鬼)
首を締め上げていた息苦しさが無くなり、息が整ってから汐莉は茨木童子に声をかけた。
「本当に茨木童子なんだ!いや~茨木童子は書物では女性だったり、男性として書かれている事もあるけど、現物はこんなに綺麗な女性だなんて思っても見なかったよ。胸も大きいし」
軽口を叩いてみたが、殺伐とした重苦しい空気が簡単に変わるハズもない。締め上げる力は多少緩んだものの、汐莉の細い首は未だ鬼の手の内にある。
「今は茨目藤治と名乗っています。御館様の為なら女であろうと、男であろうと望むままの姿をとる。あと、口を慎め。一言余計だ」
呆れたように見下ろしてくる黒い瞳を覗き返せば、何処までも引きずり込まれそうになる。青摺色の長い髪が揺れれば、雨粒が肌の上を滴り落ちる。
「もう一度問おう。何故、御館様の妖気を纏うている」
「自分も先程知ったばかりなんで、確証が無いんですが……自分、どうやら貴女の大切な御館様の首を隠した裏切り者の巫女の一族らしいです」
自分で言っておいてアレだが、こんな説明の仕方で相手に伝わっているのか不安になる。しかし茨木童子は理解できたらしい。
「そんな一族もいたな……死に絶えたと思っていたぞ。それがどう関係していると言うのだ?」
「どう関係しているか知りたいから、色々探してる途中だったんです!」
「今更だが、よくこんな状況で普通に会話してられるな」
「一度見た場景だったもので、つい」
さすがにこの説明だけでは相手に通じなかったらしい。
(でも夢だっていっても信じないだろうし)
「立ち話もアレですし、近くに小さなお社があるからそこで雨宿りでもしながら、ね?」
「おい、まて、引っ張るな!」
首にあてがわれていた鬼の手を引いて駆け出せば、見えてきたのは鈴と賽銭箱と神棚があるだけの小さなお社。扉は常に開放されており、誰でも気軽にお参りにこれる場所。本来ならば電球が付いているためスイッチ一つで明るくなるのだが、運悪く切れているらしい。茨木童子に話せば指をならして鬼火を出し、部屋を仄かに照らしてくれた。しかし暖房もないこの場所では少し堪える。
「へっ……クシュン。あ~寒いよ、人肌恋しいよ」
「こちらに来ますか」
「じゃあ、御言葉に甘えて」
わざとらしく催促すれば、面白いくらい予想通りの答えが返ってきた。待ってましたとばかりに汐莉は、鬼火を出して暖を取る準備をしていた茨木童子の側へ行き、懐に潜り込むとそのまま背に体を預けた。
(ぬくとまる~、柔こい胸もプラスされてなお最高)
(私は火の当たる場所に来るかとだけ聞いたんだが……まさか懐に潜り込んで来るとは。危機感は無いのでしょうか)
「それで、話の続きを御願いします」
「まず始めに酒呑童子の首は盗まれたと言われているけども、盗まれたんじゃないと思う。彼には行きたい場所があったんだ。でも首だけじゃ何処にもいけないからから、ウチの御先祖様に当たる巫女を利用したんだ」
そうでなければある方の供をしたと言う書物の内容に繋がらない。そうまでして首が行きたい場所……。
「初めて愛した人の子と、約束の場所で会う為に」
日記と思わしき紙切れに書かれていた。怪我が治ったらまた会えるように、言付けを頼んだと。他にも妻を気にかける文面から愛妻家のような一面がうかがえた。だが一般的に知れ渡っているのは暴れ回る極悪非道な鬼の君主としての酒呑童子。とても同一人物には思えない。
(これだけの変わり様だもの、何かが合ったんだ)
「確かに聞き及んでいます。私が御館様と出会う前──酒呑童子と名乗る前の事、妹背とした方がいたが裏切られたとか。それからは人が変わったかのように荒れ狂い、暴れた。酒呑童子と呼ばれ始めたのもこの頃だ。その荒々しさを含んだ危うさに我等は惚れ込んだ」
「つまり会えなかったと。だから荒れたんだね~。でも、確かめたくなったから旅したのかな?」
「それは御館様にしか分からない。で、可能性の話はここまでだ。次はお前がこの場にいた訳だ」
「ある人に真実を教えてもらう予定だったんです。ここに来たのもその人の指示で」
「其奴は何者だ」
「ん~言っても良いんですかね?」
「勿体振るな」
「多分見る人によって見方が違ってくると思うんですよ。そんな口振りでしたし。例えば、ある者には私と言う人間が主の首を奪った憎い人の一族としか見えません。しかし、ある者には私が首へと繋がる大切な手掛かりだと見えました。つまりそんな感じですよ。先入観は良くないと思うんで自分の目で確かめてください」
「そうしよう」
そうは言ってみたものの、あの者とのコンタクトの取り方が分からない。次にどの様に接触してくるかも……一難去ってまた一難、まさに今の状態にぴったりだ。
0
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。


会社の上司の妻との禁断の関係に溺れた男の物語
六角
恋愛
日本の大都市で働くサラリーマンが、偶然出会った上司の妻に一目惚れしてしまう。彼女に強く引き寄せられるように、彼女との禁断の関係に溺れていく。しかし、会社に知られてしまい、別れを余儀なくされる。彼女との別れに苦しみ、彼女を忘れることができずにいる。彼女との関係は、運命的なものであり、彼女との愛は一生忘れることができない。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる