黄昏に縋るは妖異の闇夜

影臣

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 酒呑童子編

 雨宿り

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「い……ばッ、らき?」

か細い声でそう問えば黒目に赤い虹彩であった女性は、やがて白目に黒い虹彩と通常の色合いに変化し──言葉に反応し、次第に冷静を取り戻している様にも見えた。

茨木童子は酒呑童子が最も重要とした家来だ。源頼朝一行に討たれた際、逃げ延びたとされた鬼。

(主を救えず、一人取り残された鬼)

首を締め上げていた息苦しさが無くなり、息が整ってから汐莉は茨木童子に声をかけた。

「本当に茨木童子なんだ!いや~茨木童子は書物では女性だったり、男性として書かれている事もあるけど、現物はこんなに綺麗な女性だなんて思っても見なかったよ。胸も大きいし」

軽口を叩いてみたが、殺伐とした重苦しい空気が簡単に変わるハズもない。締め上げる力は多少緩んだものの、汐莉の細い首は未だ鬼の手の内にある。

「今は茨目藤治いばらめとうじと名乗っています。御館様の為なら女であろうと、男であろうと望むままの姿をとる。あと、口を慎め。一言余計だ」

呆れたように見下ろしてくる黒い瞳を覗き返せば、何処までも引きずり込まれそうになる。青摺あおずり色の長い髪が揺れれば、雨粒が肌の上を滴り落ちる。

「もう一度問おう。何故、御館様の妖気を纏うている」
「自分も先程知ったばかりなんで、確証が無いんですが……自分、どうやら貴女の大切な御館様の首を隠した裏切り者の巫女の一族らしいです」

自分で言っておいてアレだが、こんな説明の仕方で相手に伝わっているのか不安になる。しかし茨木童子は理解できたらしい。

「そんな一族もいたな……死に絶えたと思っていたぞ。それがどう関係していると言うのだ?」
「どう関係しているか知りたいから、色々探してる途中だったんです!」
「今更だが、よくこんな状況で普通に会話してられるな」
だったもので、つい」

さすがにこの説明だけでは相手に通じなかったらしい。

(でも夢だっていっても信じないだろうし)

「立ち話もアレですし、近くに小さなお社があるからそこで雨宿りでもしながら、ね?」
「おい、まて、引っ張るな!」

首にあてがわれていた鬼の手を引いて駆け出せば、見えてきたのは鈴と賽銭箱と神棚があるだけの小さなお社。扉は常に開放されており、誰でも気軽にお参りにこれる場所。本来ならば電球が付いているためスイッチ一つで明るくなるのだが、運悪く切れているらしい。茨木童子に話せば指をならして鬼火を出し、部屋を仄かに照らしてくれた。しかし暖房もないこの場所では少し堪える。

「へっ……クシュン。あ~寒いよ、人肌恋しいよ」
「こちらに来ますか」
「じゃあ、御言葉に甘えて」

わざとらしく催促すれば、面白いくらい予想通りの答えが返ってきた。待ってましたとばかりに汐莉は、鬼火を出して暖を取る準備をしていた茨木童子の側へ行き、懐に潜り込むとそのまま背に体を預けた。

(ぬくとまる温まる~、柔こい胸もプラスされてなお最高)

(私は火の当たる場所こちらに来るかとだけ聞いたんだが……まさか懐に潜り込んで来るとは。危機感は無いのでしょうか)

「それで、話の続きを御願いします」
「まず始めに酒呑童子の首は盗まれたと言われているけども、盗まれたんじゃないと思う。彼には行きたい場所があったんだ。でも首だけじゃ何処にもいけないからから、ウチの御先祖様に当たる巫女を利用したんだ」

そうでなければある方の供をしたと言う書物の内容に繋がらない。そうまでして首が行きたい場所……。

「初めて愛した人の子と、約束の場所で会う為に」

日記と思わしき紙切れに書かれていた。怪我が治ったらまた会えるように、言付けを頼んだと。他にも妻を気にかける文面から愛妻家のような一面がうかがえた。だが一般的に知れ渡っているのは暴れ回る極悪非道な鬼の君主としての酒呑童子。とても同一人物には思えない。

(これだけの変わり様だもの、何かが合ったんだ)

「確かに聞き及んでいます。私が御館様と出会う前──酒呑童子と名乗る前の事、妹背とした方がいたが裏切られたとか。それからは人が変わったかのように荒れ狂い、暴れた。酒呑童子と呼ばれ始めたのもこの頃だ。その荒々しさを含んだ危うさに我等は惚れ込んだ」
「つまり会えなかったと。だから荒れたんだね~。でも、確かめたくなったから旅したのかな?」
「それは御館様にしか分からない。で、可能性の話はここまでだ。次はお前がこの場にいた訳だ」
「ある人に真実を教えてもらう予定だったんです。ここに来たのもその人の指示で」
「其奴は何者だ」
「ん~言っても良いんですかね?」
「勿体振るな」
「多分見る人によって見方が違ってくると思うんですよ。そんな口振りでしたし。例えば、ある者には私と言う人間が主の首を奪った憎い人の一族としか見えません。しかし、ある者には私が首へと繋がる大切な手掛かりだと見えました。つまりそんな感じですよ。先入観は良くないと思うんで自分の目で確かめてください」
「そうしよう」

そうは言ってみたものの、あの者とのコンタクトの取り方が分からない。次にどの様に接触してくるかも……一難去ってまた一難、まさに今の状態にぴったりだ。

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