黄昏に縋るは妖異の闇夜

影臣

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 酒呑童子編

 真朱

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人は異質なモノを拒絶する。
人は異なるモノを信じない。

「ウチは鬼や」

今回も正体を明かした瞬間、ころっと態度を変えて喚いたり、泣いたりするだろうと真朱は高を括っていた。しかし、いくら待てども変化がない。聞こえなかったのかと思っていれば、仕舞いには泣く所かニコニコと笑い始めた。

「鬼や」
「鬼だね」  
「鬼やよ?」
「そだね、角生えてるし」
おっかなく怖くないん?」
「まぁ、ビックリはしたけど妖怪大好きだし。天使や悪魔、幻獣とかモンスターとか、偏見や抵抗ないし興味あるよ。大歓迎。それより名前教えてよ、ウチは汐莉って言うの」

相手が人でなく鬼と分かった瞬間から、汐莉は無意識の内に言葉遣いが変化していた。先程までの目上の人を敬うような言葉遣いは、いったい何処にいってしまったんだ。

真朱しんしゅ、呼ばれとる」
「しんしゅ、しんしゅ……しん……じゃあ、しんちゃんって呼ぶね」
「──しんちゃん」

ほぼ初対面の相手に、あだ名呼び……そこまで許し合った仲ではないと思うのだが。

「ウチの汐莉って名前はね、夕日が水面に光るような優しい人に、人を和ませて癒してくれる様な温かい人になって欲しいって意味が込められてるの。しんちゃんも何か意味あるの?」
「さぁ、両親に聞いてみたこと無いから」

問い掛けられた何気無い質問内容を噛み締めながら、自分の真朱と言う名は的を得た表現だと真朱は思っていた。黒みの強い赤色を指し示す色、人間の黒髪と酒呑の赤髪が混ざり合った名前通りの色。

(意味を込めて貰うほど、愛された記憶も無いと言うのに)

「それより本当におっかなくないん?」
「全然」

それより角に触ってみても良いかと手を伸ばしてくる始末だ。

(変わったコだと思ぉとったけど、ここまでとはねぇ~)

初めて墓場で合間見えた時──酒呑童子八岐大蛇の妖気を僅かだが感じ取った。酒呑童子は八岐大蛇の子であるのだから、その妖気が感じられてもさほど可笑しくはなかった。そのため始めは酒呑童子と名乗っていた頃に何処ぞの誰かとの間にこしらえたコの一人かと考えたが、その割には血から妖力が一切感じ取れなかった。人間と交わる内に血が薄まったのかとも考えたが、帰って書物をひっくり返してみれば、文月の家が妖怪と契りを交わしたと言う記述はなかった。裏付けを取っても同じ結果で、文月の家の者からは妖力が一切感じ取れなかった……ただ妖気を纏っていると言うだけで。考えられる事はただ一つ。酒呑童子と接触を図ったことがある者だけだ。

(有名な噺が、酒呑童子の最期に関与した者)

真意を確かめたいが、居場所がわからない。試しに探し出せぬかと、狗に妖気を辿らせてみた。自分と同じ……いや、それ以上の──他種族との交配によって薄まった自分の妖気よりも、直接酒呑童子の妖気をそのまま注がれたより濃厚な妖気を。案の定、狗は辿って探し当てて見せた。探索中も分かりやすくて助かるなど軽口を叩きながら。

(探し人が、こない近くにいるとは思わんかった。香りを纏って無かったら、気付かんかったわ)

「ねえ、何で巫女の分家と思うの。日記読めたから?」
「妖気……まぁ、匂いの事やと思うといて」
「におい?え、私汗臭いの?」
「そないないけど……溢れ出とるな。私の香を分けてやるかぇ?その妖気は知る者にはすぐ悟られる。柔な者が当てられると、毒のようなモノよの。隠しておきんしゃい」

真朱は懐から匂袋を取り出すと、汐莉の手に握らせた。元は隠しきれぬ己の、半端者の妖気が纏わり付いたこの身体を誤魔化したくて、花の香りを込め始めた物だ。使い方は異なるが、多少は薄れるだろう。

(上手く花の香りと、ウチの人と交わった半端者の妖気とが、混ざり合って誤魔化してくれると良いんやけど)

せっかくの手掛かりだ。鼻が良い他の者に見つかれば奪われてしまう可能性もある。せめて何かしら掴めるまでは隠し通しておきたい。

「──話戻すけど、ご先祖さまが神社とかに隠されてた酒呑童子の首を持ち出して、また隠したと。その話が子孫に受け継がれてないかと。まあ、ざっくりと話をまとめて……つまり、手がかりが欲しいと!」

この者は先程述べた事を一言一句、繰り返し口にせねば理解出来ないおつむを持っているのだろうか。しかし何も口にはしまい。口を挟んで、やる気が削がれてしまう事だけは避けたい。ここは温かく見守っていくことにしようと真朱は思い止まった。

「そうや」
「じゃあ私が首に繋がる手がかりを探すから、代わりに本家の巫女について調べてよ。ウチだと本当に本家がいたのかって思うくらい話が皆無だから」

(見返りを求めると、対等な関係だと、そう思うとぅの?)

此方が手を凪ぎ払えば、鋭い爪が首を掻き切ると言うのに。手を伸ばせば、細い首など簡単に手折ってしまえると言うのに。人と妖怪にどれ程力の差があるか、本当に理解しているのだろうか。

(あぁ、虫酸が走る。これだから人間弱者は)

「ええで、御先祖の事やもんな。知りたいとおもぉて当然や。ほな、一度解散して情報が集まり次第また会おか。そう言うことでまた後でな。狗、帰るで」

「はーい」

声を掛ければ返ってきたのは、ワンと言う犬の鳴き声でなく返事であった。

「ん、あれ……犬は!」

(あぁ、狗の悪い癖がでた)

「犬は犬でも山犬だし。もっと言えば犬じゃなくて大神だ。そんな事も知らんのか」

安易に人前で姿を曝すなと何度真朱が仕付けても、狗の悪い癖は直る気配すら見せない。人を脅し、少しでも成功率を上げようとする狗の余計な癖が。

「真朱の役に立てる事、誇りに思うがいいさ人間よ!」
「へー君も妖怪だったんだね。全然気付かなかった」
「人間に気付かれるようなへまなんかしないさ!お前は目が無さそうだからな、分かりやすいように変化を解いてやったんだ」
「なるほど……親切にどうも」
「もし投げ出して途中で逃げ出そうモノなら、追い掛けて噛み砕いてやんよ。もう匂いは覚えたからな」
「投げないよ~面白そうだし、最後までやるよ?」

私の利益となる情報が入る事は、狗にとっても自分のことのように喜ばしいことだと話していたのを真朱は思い出した。数百年の間、あれだけ探してきたのに、全く掴めなかった手掛かり。それが自分の方から飛び込んできた。

(今度こそ真実が暴かれるんかの)

本当にその時が訪れたのなら自分はどうするのだろう──そんな心の声にソッと蓋をして見ないふりをした。
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